Family complex -少し未来のはなし-
PM5:20
「…あの、エリザベータさん、そろそろ帰らなくて宜しいのですか…?」
コンサート会場の近くにある喫茶店で、ブレンドを一口飲んだ菊が恐る恐るといった様子でエリザベータの顔を見る。
イタリア料理の店で食事をした後は、ローデリヒの用意したチケットでピアノのコンサートを楽しむ手筈になっていて、今はそれを終えて一休みしているところだった。
「えっ…あ、ええ、まだ大丈夫よ」
菊はそわそわと時間を気にしている。おそらくは家のことが気になるのだろう。
敢えて食事のことだけ告げて連れ出したのだが、裏目に出てしまったのだろうか。
しかしたまの外出だというのに、1度の夕飯でこれほど菊が気にかけるとは、エリザベータの愚弟はよほど彼に世話を焼かせているらしい。
つくづくいい人だと思う。あの問題児の弟には勿体ないと常々思っているのだが。
「も、もう少しいいじゃない、菊さん、ね?」
「そうですよ、まだ5時ではありませんか」
ローデリヒも慌てて取りなすように言った。
「ですが…」
実際は、いつもエリザベータが帰宅する5時を過ぎているのだから菊の心配も尤もだ。
エリザベータは苛々と、未だ着信のない携帯電話を見遣った。
(ったく、いつまでかかってんのよ!)
準備が出来次第、メールをくれることになっている。予定では18時ということになっているが、このまま時間通りに帰っていいのだろうか。
「あっそうそう、ここってケーキが美味しいのよね!折角だから食べちゃおうかしら」
エリザベータは内心の動揺を隠すように笑みを作りながら、メニューをもらおうと店員に声を掛けた。
PM5:22
「ギル兄ちゃん、折り紙足りないよ!」
困り顔で台所を覗き込んだフェリシアーノの声に、ガス台の前にいたギルベルトが慌てて振り返った。
「げっ、マジかよ!もう買ってねえよな…」
「袋にはなかったぞ。兄さん、どうする? 買ってこようか?」
後ろからルートヴィッヒも心配そうに見上げてくる。
部屋から財布を持ってきたギルベルトは、何枚か紙幣を取り出すとそれをルートヴィッヒに預けた。
「悪いなルッツ、ひとっ走り行って買ってきてくれ。あと、帰りに何か好きな菓子とジュースも買ってきていいぜ」
「うん、じゃあ行って来る」
「俺も行くよルーイ!」
PM6:40
家の前に停められた車を降りた菊は、中の夫妻に会釈をすると我が家を見上げた。
すでに日が落ちて、もう夜になっている。
夕方までには帰ってこれると思っていたのに、いつの間にかこんな時間になってしまった。
さぞお腹を空かせているだろうな、と思いながら急いで門を開けると、思いのほかに家にはたくさんの明かりが煌々と灯っている。
そればかりか賑やかな声まで漏れ聞こえて来て、菊は目を丸くした。
ギルベルトだけでなく、他にも誰か家にいるのだろうか。
訝しげに思いながら玄関の戸を開けようとすると、後ろから「ま、待って!」という声がした。
見ると、エリザベータが携帯を手にそこに立っている。ローデリヒも一緒だ。
「エリザベータさん?」
「も、もう少しだけ待って頂けませんか」
誤摩化すように笑うローデリヒがそう言って、玄関の戸から菊の手を外させる。そして、開けるのを防ぐかのように自分の手を戸へ置いた。
「…?あの?」
首を傾げている菊の後ろで、エリザベータが携帯を耳に当てて、「ちょっと、いいの?もういいのね?」と言っている。
「…お待たせしました、菊さん、どうぞ」
そう言ったエリザベータの目配せで、ローデリヒも手を外す。
「もう開けてよろしいのですか?」
困惑気味の菊が後ろを振り返ると、エリザベータは苦笑いを浮かべながら「どうぞ」と言った。
一体何があるのかと菊が恐る恐る戸を開く。すると、パンという小気味よい音と紙吹雪が顔の前を舞った。
「ハッピーバースデー!!菊、おめでとう!!」
Fin.
作品名:Family complex -少し未来のはなし- 作家名:青乃まち