初春菓子狂騒
「僕が…信頼しているしもべから、この食物について教えてもらったんだ…
でも、僕らが構造物として発現させるのは…効果が…薄れる気がして」
農耕の神は頬を赤らめ、ちらりと機械の神を見遣った。
マニが視線を外していたので、慌ててジュアの顔を見つめ返す。
「効果?」
「…そう。チョコレートには、心を癒したり、高めたり…
記憶を活性化させたりする力が、ほんの僅かだけども、あるらしい」
「その不思議なお菓子を…好きな人にあげる日が近いんだって」
そこで、クミロミの瞳に揺らぎが見えた。ジュアは思う。
クミロミの愛しい者、幸運の神エヘカトル。
彼女が突然の幼児退行を起こし、かつての記憶が失われてしまってのちずっと、
クミロミはエヘカトルのかたわらで兄のように、時には母のように付き従ってきた。
彼らの間に、またエヘカトルに何が起こったのか知る由も無いが、
クミロミの、痛みの混じる暗い瞳には、その理由を問う事を拒絶する光があった。
ジュアはあえて踏み込んだりはしない。他の神々も。
しかし、定命の者は、その命の短さ故に、時に思わぬ大胆な提言をするものである。
大抵の言葉は聞き流すものだが、今回は、彼の琴線に触れるものがあったのだろうか。
「そう、それでその、チョコレートを、…渡したいのね?」
目の前の幼姿は、ぎこちなくはにかみながら、こくり、と頷いた。
ずっと動かずに佇んでいる機械の神を見ると、無表情にこちらを見返して来る。
…この機械が、「チョコレート」を製造するために作動しているものだと
いう事は理解出来たが、やはりマニは苦手だ。しかし…
「わ、私も手伝うわ!」
え、と小さく声を上げ、クミロミが顔を上げた。みるみる喜色が広がる。
ジュアはふい、とそっぽを向き、早とちりした自分の頬が赤くなっているのを
出来るだけ無視しようと努力しながら続けた。
「バカ、お菓子作りの事なら、どうして私に相談しないのよ!
材料は…十分過ぎるほどあるみたいだし、これから私が、
おいしくするためのアドバイスをしてあげるわ…ま、任せなさい!」
「ありがとう…ありがとう…ジュア」
それから一ヶ月ほど掛け、アピの実から「チョコレート」を再現することに
四苦八苦した神々であったが、
定命の者たちの間では、エウダーナ産の新種の豆から
かつての「チョコレート」に限りなく近い菓子を製作する事に成功し、
信者達から、某日大量に捧げられたその菓子を持ってジュアに会いに来た
風の神ルルウィが、アピ油臭いマニを追い出したのち、
顛末を知って脱力したクミロミ、ジュアと共に
高級ザッハトルテでのお茶会をしたという。
また、チョコレートにローストしたアピの実を載せた、
クミロミが腕によりをかけて作ったケーキは、
「お魚じゃない!きらい!」
と、幸運の神に嫌がられてしまい、
落ち込んでしまったクミロミを慰めるため、仲の悪かったマニとジュアが、
結託して珍魚を釣り上げたというのはまた別のお話。
-了-