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それは、沈黙という名の会話

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彼がその口に自然と錠をかけるようになったのは、父方の歳若い叔母の言葉が切っ掛けだった。

「言葉は、時に魔物になるわ」

 それを生み出した原因がなんだったのかは分からない。他にも何か言っていたような気もするが、忘れてしまった。
 そのときの彼はまだ幼く、本当に発した言葉が異形となるのだと思った。おかげで随分と無口になり、父はともかく、母を困らせた。
 それでも物心がつくと、叔母の台詞の意味が多少なりとも分かるようにはなったのだが、その頃には極力話さないで生活をする術を、彼は身につけていた。
 是正しようと思わないわけではなかったが、あのときの叔母の表情を思い出すと、無理をしてまで雄弁なる気にはなれなかった。
 周囲の評価も既に固定し、それなりの対応もされていたので、益々彼の口は食事以外の仕事をする頻度が下がっていった。



 帝国暦四九九年。その新たなる年を、帝国軍の名立たる提督達の殆どは首都星オーディン以外の場所で迎えていた。
 銀河帝国軍大将エルンスト・フォン・アイゼナッハ。彼もその一人である。
 アイゼナッハは、帝国軍宰相にして宇宙艦隊司令長官であるラインハルト・フォン・ローエングラム元帥と同じく、旧自治領である惑星フェザーンでその時を迎えていた。自由惑星同盟の終焉の幕を下ろす、旅路のために。
 新年となって一時間とせぬうちに、第一陣を率いるウォルフガング・ミッターマイヤー上級大将と、第二陣のナイトハルト・ミュラー大将は、祝賀会の会場を後にしている。
 新時代の風に吹かれ、常勝の天才に付き従うものたちは誰も勝利を疑ってはいない。新年の祝賀会というより、勝利の前祝いといった雰囲気がその場には満ちている。
 アイゼナッハとて帝国軍の――ローエングラム元帥の勝利を疑ってはいないが、獲物を狙っている最中に、その獲物を売って得た金をなにに使おうかなどと考える類の楽観主義者ではなかったので、やや冷めた視線で賑わう宴を見つめていた。

 宴の始まりから数時間。もう座を外しても礼を失することにならぬだろうと、アイゼナッハはローエングラム元帥に一礼ののち、大広間を後にする。
 寝酒ぐらいは静かに飲みたい。そう思った彼は琥珀の酒の入った小壜を胸ポケットに入れ、祝賀会場からやや離れた位置にある中庭へと向った。
 胸に心地よい重さを感じながら、アイゼナッハは人工庭園へと足を踏み入れようとする。
 今は建物内部からの明かりしか照らすもののない、その場所。見なれぬ星座と静寂を一人占めにできる筈のそこには、だが先客がいた。
 長身揃いの提督達の中でも更に目を引く上背。軍人としては細い感が否めないものの、脆弱さは全く感じない体躯。年齢の割には随分と白いものの多い黒髪をしたその男は、宇宙艦隊総参謀長パウル・フォン・オーベルシュタイン上級大将であった。
 彼は新年の乾杯が済んですぐ、ミッターマイヤーらよりも先に、まだ検討すべき案件があるからと、会場をあとにしていた。その傍に、副官などの姿はない。


 オーベルシュタインという名を耳にしたとき、明るい表情をするものはまずいない。その姿を直接目にしたときは尚更である。
 非常な策士。矜持を解せぬ卑怯者。平地に乱を起こす男。彼に睨まれては、例え双璧とてその足元が安泰ではない。
 彼に関してそんな流言が飛び交っていたが、アイゼナッハはその殆どに共感を示す気持ちがない。別にオーベルシュタインという男を好いているわけではなく、忌避する理由が見つからないのである。
 感情的にどうであれ、彼のような存在は必要だ。何故なら、アイゼナッハ自身は政略や謀略に手を染めるつもりがないから。つまりは、それを行う人間が他にいてくれた方がありがたいからである。
 他の提督と違い、アイゼナッハは自分の思想や理想を口に出すことはなかったので、彼が如何なる価値観の持ち主かを知る人間は軍内部にいなかったが、実のところ、彼はかなりな合理主義者であった。
 補給や揚陸支援など、地味な任務を不満とも思わず着実こなし、武勲を立ててきたのは、それらが戦いにおいて必要、かつ重要なことだと理解しているためである。
 華々しく敵と対峙することも、後方でそれを支援することも、戦いという同じパズルの一ピースに過ぎない。ならば、己が着実にはめることができるピースを各々が取ればいいだけの話で、あれがいい、これは嫌だと騒ぐ必要はないではないか、と。強大な敵と戦うことこそ本懐と考える軍事浪漫主義者を鼻白ませるような価値観が、アイゼナッハの中にはあった。
 そういう彼だからこそ、オーベルシュタインに対しても然したる悪感情を抱かないわけであるが、かといって進んで友誼を持ちたいとは思わない。


 それ以上歩を進めることなく、アイゼナッハは義眼の参謀長の横顔を見つめる。幸いと言っていいのか、オーベルシュタインの方はまだ彼の存在に気づいていないようだ。
 こんなところで何をしているのか。誰かを待っているというような、そんな雰囲気ではない。オーベルシュタインは、ただ上を向いて立っている。夜空を、星を見上げているのだ。
 鋭利さを感じさせる顔は相変わらずの無表情だが、何処となくいつもの緊張感が鳴りを潜めているように感じる。
 もしかして、自分は随分と稀有なものを見ているのだろうか、と。アイゼナッハは胸元から琥珀の酒が入った小瓶を取り出す。
 視線を前に向けたまま蓋を開けようとしたそのとき、アイゼナッハの紫暗の瞳は、庭園の茂み奥から音もなく飛び出してくる影を捉えた。

「・・・っ」

 緩やかな弧を描いて飛んだそれは、正体不明の影の肩を微かに掠った。そのまま落下し、砕け散る瓶。辺りにはウイスキーの香りが棚引く。
 その音――ではなく、静寂を破った空気の動きで、オーベルシュタインは振り向くと同時に一歩を引き、身構えた。
 つい先程まで彼のいたその場所を死の残像が切り裂いたのは、僅か半瞬後だった。
 夜に紛れる色合いの戦闘服を纏った、まさに影というに相応しい相手は、間髪をいれず、オーベルシュタインへと闇色に染めた刃を繰り出す。続けざまに放たれるそれを紙一重のところで避けながら、オーベルシュタインは間合いを計る。
 彼らよりやや離れた位置では、アイゼナッハが別の”影”と対峙していた。
 打撃を腕で受け止め、弾き返す。体勢を崩した相手の腹部へと、アイゼナッハの蹴りがまともに入った。
 アイゼナッハが相手をしていた”影”が倒れこむのと同時に、オーベルシュタインへ向っていたそれも、低い呻きを上げて崩れ落ちる。
 オーベルシュタインの手には、いつのまにか細い小刀が握られていた。だが彼も、彼の足元へ倒れている”影”も、血を流してはいない。
 全てを見ていたわけではないので想像するしかないが、恐らくあの小刀で”影”の繰り出す刃を弾き、拳か蹴りを叩き込んだのだろう。
 ―――人は見かけに寄らないとは、まさにその通りだ。
 小刀を慣れた手つきで袖口に隠していたナイフ・ホルダーへ戻している総参謀長を見やりながら、アイゼナッハは口元へ僅かな苦笑を浮かべる。

「閣下!」