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みそっかす
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novelistID. 19254
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何ができる?

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 もぞりと動く気配がして、閉じていた目を開く。部屋の隅から布団の傍に行けば、床の主が目を覚ました。
『おはよう、露草』
 ぱくぱくと、空気を求める魚か餌をねだる雛鳥のように動く口。そこから声が出ることはなく、時おりひゅうと息の通る音がするだけだ。
「おはよ」
 挨拶を返してやれば寝起きでいまだ蕩けた眼が柔らかく細められた。それを見ると自身の眦も緩む。無理に喋ろうとするなと言いつけるのも忘れないが。
「具合はどうだ?」
『昨日よりも良いみたい』
 声は出さず、唇だけが言葉をかたどる。唇の動きを読み理解するのにさして時間は掛からなかった。声が出ないくせに喋ろうとするのだから、鴇よりも先にこちらが折れたのだ。
 額に乗せられている濡れた手拭いを代えるついでに、湿って張り付いた前髪をどかしながらその額に指の背で触れる。確かに熱は昨日よりも下がったようだ。それに僅かに安堵しながらついでにくしゃりと頭を撫でる。
「無理はするなよ」
 そう言うといつだってくすぐったそうに鴇は笑う。
 いつだって、誰にだって。
 それが、少しばかり気に食わない。
「おはようさん、鴇。調子はどうだ?」
 水を入れた桶を抱えながら平八がひょこりと顔を覗かせた。半身を起こそうとする鴇を支えてやりながら上着をその肩に掛けてやる。夏とはいえ朝方、しかも病人に寒さは良くないだろう。
「今、紺が朝飯作ってるからな。もうちょっと待ってろよ」
 微笑みながらこくりと鴇は頷くが、まだ起き上がるには体が追いついていないのだろう。ずるりと肩から上着が落ち、こちらに寄りかかってくる。
「まだ寝てろ。そうじゃねぇとまた熱が上がる」
 肩に掛けていた上着に袖を通させ、そのまま横にさせる。こちらが口うるさく世話をしなければ、弱いくせにすぐに無茶をする。目が離せず手がかかる。振り回されることに慣れたのはいつからか。
『うん……』
 すでに意識が朦朧としているのか、左右の色が違う瞳を瞼が覆う。
 ここ数日は鴇はこんな風に夢と現を行ったり来たりを繰り返している。今のようにはっきりと目が覚めることもあれば、夢に片足を突っ込んでいることもある。妖そのもののような黒煙に突っ込み、あまつさえ犬神に咽喉元を喰いちぎられかけた。毒にあてられ致命傷になりかけた傷を負った身体は休息を求める。それが本人の意思と反していても、だ。
「ちゃんと見ててやるから心配すんな。何かあったら起こしてやるから」
『ん……、ありがと』
 すぅ、とこぼれる吐息は確かに安堵を含んでいた。眠るというよりも意識をなくすというのが正しい状態に僅かに眉を顰めるも何も言わない。言えない。これ以上、鴇の負担になるようなことはどんな些細なものでもない方が良いのだから。
「鴇、まだ駄目か?」
 平八が不安そうに尋ねてくる。いつもは威勢の良い眉もしんなりとした八の字だ。
「大丈夫だろ。案外神経図太いからな」
 平八が持ってきた桶を受け取り今まで使っていたものと交換する。手拭いを水に浸せば、汲んできたばかりなのだろう、やけに冷たく感じた。
「露草もあんまり無理するなよ。お前が倒れたら元も子もないからな」
 鴇の看病して寝てないんだろ? と心配そうな声に苦い笑顔で答える。
「大丈夫だ」
 妖は人間よりも丈夫だ。人間のように毎日寝なくとも平気だし、傷の治りも遥かに早い。つきっきりで看病できる身体であることが有り難い。
「鴇、起きてるか?」
 引き戸から顔を覗かせたのは決して目つきが良いとは言えない男。
 篠ノ女紺。鴇の友人。そして、おそらく鴇の心を大きく締めている、ひとり。
「まだ体が追いついてねぇみたいで、また寝た。しばらく起きねぇだろ」
「そうか」
 飯はまたあとにするかと言いながら、足音を忍ばせ床に近付くと、眠る鴇の頬にそっと触れた。
「おい、起きるだろうが」
「悪ィ。まだ血の気がねぇな。少し血の巡りを良くする食い物増やすか」
 骨張った指が青白い頬を撫でる。まるでぬくもりを分け与えるかの様にも見えて、
 ――鴇に、触れるな。
 ぎりりと奥歯で噛み殺した。



 陽が空のてっぺんに昇った頃、鴇は目覚めた。よく眠ったおかげかふらつくことなく身を起こし、用意された飯をゆっくりと食べていく。その様はようやく物を食べることを覚えた幼い動物のようで、どこか不器用だった。そして、時を同じくして陰陽寮の人間もやってきた。
「六合さん、今日は冷やし飴を持ってきやしたよ。大丈夫、ちゃあんと藍鼠さんからも許しは貰ってやすから」
 うさんくさい笑みを浮かべ、琥珀色の水が波打つ湯飲みを鴇に持たせる使役師。
 この男とは何かにつけて衝突している。ふざけた口調、食えない笑み、ここまで腹立たしい人間に出会うことになろうとは。すべては能天気な笑みを浮かべて湯飲みを受け取るこいつのせいだ。
『ありがとうございます、くろとびさん』
 鴇は読唇ができない相手には、その掌に文字を綴って言葉を伝える。湯飲みを傍らに置き、自分の手よりも一回りは大きい手をとって文字を綴れば、男の笑みはさらに深まる。
「いえいえ。いくら昼行灯とはいえ薬問屋の倅ですからねぇ。土産くらいは持ってきやすよ」
 むしろ土産持ってくるしか役に立ちそうなこともありやせんしねぇ、遠慮しねぇでくだせぇ。穏やかな声と優しそうな笑顔で言われれば、鴇はくすぐったそうにはにかんでまた指を走らせる。
『くろとびさんは、たよりになりますよ。せわをやいてくれるし、やっぱり“おにいさん”なんだなぁっておもいます』
 おみやげ、いつものどにいいものばかりくれるでしょう? そう鴇が問えば今度は男の方がくすぐったそうに眉を下げる。
「いやぁ、馬鹿の一つ覚えみてぇでお恥ずかしい。何とかばれねぇようにしてたんですがねぇ」
 ここ数日、男が土産として持ってきたものは越中から届いた咽喉に良い飴や花梨の蜂蜜漬け、精がつくようにと葱や卵を持ってきたこともあった。
「いやはや、やっぱり一筋縄じゃいきやせんねぇ。六合さんは」
 自身の手を取る鴇の手を取り、両手でそっと包み込むとやけに真剣な声色で男は言う。
「ねぇ、六合さん。起き上がれるようになったらうちに来やせんか?」
 鴇はあどけないとも言えるような表情でゆっくりと瞬いた。
「なに、陰陽寮じゃなくて、それこそ俺の家に来るんだって構いやせん。薬を商いにしてやすからねぇ、養生するのに不自由はさせやせんよ」
 にっこりと笑う男。その笑みに優しさや気遣い以外のものも含まれているような気がしてならないのは、この男とは心底相容れないと思っているせいだろうか。
「ハッ! お前みたいなうさんくさいところにやったら治るもんも治らねぇだろな」
「いいや? ぴーちくぱーちく鳴く雀が飛び回ってるとこよりは静かで良いと思うぜ」
 ばちり。
 鴇を挟んで対する。きっと鴇の目の前で目に見えぬ火花が散ったに違いない。鴇はくすくすと、けれども何処か困ったように笑うとこちらの服の裾を掴んで、「どうどう」と宥めてくる。犬猫と一緒にするなと言いたいがそれより先に鴇の手が離される。
 そしてその手は男の手を取り、よどみなく言葉を綴る。
『ありがとうございます。でも、おれはここがすきですから』
作品名:何ができる? 作家名:みそっかす