【米英】冬生活
「さっむい!寒い寒い!」
玄関のドアを開けたかと思うと、大袈裟に手をこすり合わせて、子どもみたいに大きな足音を立てて、アメリカはリビングへ走る。アメリカは買い出しの紙袋を乱暴にソファに置いて、エアコンのスイッチを押す。ブウン、と音がしたのを確認したかと思うと、今度はホットカーペットの電源を入れる。出かける前にくるまっていた毛布を引っ張ってきて、まだ買ってきたものも片付けていないのに、毛布にくるまってテレビをつけた。俺はテーブルに紙袋を置いて、溜息をついてみせる。
「アメリカ、コート脱いで、買ってきたもの片付けてからにしろ」
「寒くて動けないよ!あったまったらやるからさ」
アメリカはそう言いながら、買ってきたばかりのコーラのペットボトルに手を伸ばし、テレビから目を離さない。ちなみに、コーラのペットボトルはもちろん2リットルだ。
「何が寒くて動けない、だよ…こんなんだからおまえは…」
俺がくどくどと説教を始めようとするが、アメリカの耳にはこれっぽっちも届いていないようで、コーラとテレビに夢中だ。そもそも、寒くて動けないのにコーラっておかしいだろ。そんなんだから、メタボになるんだ。
俺はアメリカを説得するのを諦めて、冷たくなったマフラーと手袋を外す。アメリカと長期間一緒にいられることは、多くはない。今回は偶然、お互いの予定がうまく重なったので、数日は一緒にいられる。とはいっても、アメリカのことだ。
(無茶なこと言って、無理矢理休みとったんじゃなきゃいいけど)
後から日本かフランスあたりに、苦情を言われる気がする。あぁ、もしかしたらカナダかも。どっちにしても、あいつはいつも自由過ぎる。
(まぁ、いいか)
どんな形であろうと、一緒にいられる時間があるのは嬉しい。口には絶対、出さないけれど。普通の人が見れば軽く十日分はある食料を、紙袋から出しては冷蔵庫へ入れていく。コーラ、スナック菓子、冷凍ピザ、アイスクリーム、それから少しの酒。ほとんどがアメリカの胃の中におさまることだろう。現に、アメリカはコーラの中身を空っぽにするところだった。もう一度言うが、2リットルのペットボトルだ。
本当は、どこかに出かけるのもいいかなとも、俺は思ったのだが、アメリカがあの調子だから、どうしようもない。冬の間は絶対に外に出ない、と断固として言うあいつの顔を思い出したら、つい口元が緩んでしまったのだ。夏が好きな、あいつらしい。
「お、雪だ」
紙袋をまるめてゴミ箱に捨てながら、俺は気温差で曇った窓を指でこする。ひんやりとした温度が、俺の人差し指の先を濡らす。
「なぁ、アメリカ、雪だぜ。見てみろよ」
毛布のかたまりに声をかけると、面倒くさそうにそれは寝返りを打つ。
「どうりで寒いわけだよ!」
「寒くても、雪なら綺麗だからいいじゃないか」
なぜか怒った口調のアメリカに、俺は唇をとがらせて反論する。指でこすった窓ガラスの向こうには、早くも雪が積もり始めている。一時間もすれば、あっという間に真っ白になるだろう。
「君ってさ、変なところでロマンチストだよね」
「紳士って言えよ」
「きもちわる」
アメリカはカタツムリのように、毛布の中に頭をひっこめてしまう。俺もいい加減、手足が冷えてきた。暖かい紅茶でも沸かして、ホットカーペットに移動しよう。手をすり合わせながらキッチンでやかんを火にかけていると、後ろから視線を感じる。振り返ると、カタツムリ化したアメリカが、頭を出してこっちを見ている。
「おまえも紅茶飲むか?」
「飲まない」
きっと飲まないだろうとは思っていても、即答されるとイラッとするものだ。それはあえて口に出さず、じゃあなんだ?と、聞いてやる。
「イギリス、寒いだろう?」
「あー寒い寒い」
わざとらしく、肩を縮こませる。アメリカは上半身を起こして、にかっと笑う。
「イギリス」
「ん?」
「こっち、おいで」
ここに入っておいでよ、とばかりに、毛布の片側を開けてアメリカは笑う。俺は目を見開いて、そのまま動かなかった。それから、嬉しさと恥ずかしさで耳が熱くなるのを感じた。口元が緩みそうになるのを懸命に抑えて、俺が一歩アメリカのほうへ近付こうとする。
「なーんてね」
「…は?」
アメリカは白い歯を見せて楽しそうに笑い、再び毛布をぐるぐる巻きにして、絨毯の上に寝転がる。
「この毛布は俺のものだ!イギリスには渡さないんだぞ!」
「お、おまえが誘ったんだろ!」
俺が真っ赤になって返すと、アメリカは頭だけ出して、呆れた顔をしてみせる。
「誘った?本当、自意識過剰なエロ大国は嫌になっちゃうね」
「だ、誰がっ…!」
俺はさらに真っ赤になって反撃するが、言葉が出てこない。別にそういうことを期待してたんじゃない。けど、アメリカが呼んでくれたのが嬉しかっただけだ。いや、これだって十分恥ずかしい。
「べ、別に毛布なんかいらねーよ…」
アメリカに背中を向けて、小さな声でつぶやくのが精一杯だった。あいつ、どんな顔してるだろう。きっといらずらっこみたいな顔で、嬉しそうにしているに違いない。と、その時、ふとアメリカの違和感に気付いて、俺は再びアメリカの方を振り返る。
「おまえな!まだ耳あてもコートもつけたままかよ!」
「え?だって脱ぐの面倒くさいし」
あっけらかんと言うとアメリカに、もう溜息しか出てこない。
「いい加減に外せよ」
「全く、イギリスは昔っから口うるさいんだから…」
ようやくアメリカは、つけていたものを外す。急に寒くなったらしく、身震いなんてしている。これじゃ、こっちだって口うるさくもなる。アメリカがもっとしっかりしていれば、こんな風に言うことなんてなくなるだろう。いつまでたっても、アメリカは子どもだ。そんなことを考えていると、やかんが音を立てて、お湯が沸いたことを知らせた。
「イギリス、俺も紅茶が飲みたいんだぞ」
「え?あ、あぁ…そうか、わかった」
俺は湯気の上るやかんを見つめる。
(あいつ、さっきいらないって言ったよな?)
一人分しか、お湯はない。
「もう一度、沸かす…か」
独り言を呟いて、俺はやかんに水を足す。それからアメリカのマグカップを戸棚から取り出し、自分のものと並べた。小さな幸せの光景に、俺の顔には自然に笑みが浮かぶ。
「イーギーリース!まだかい?」
「まだだ!さっさと着替えろバカ!」
玄関のドアを開けたかと思うと、大袈裟に手をこすり合わせて、子どもみたいに大きな足音を立てて、アメリカはリビングへ走る。アメリカは買い出しの紙袋を乱暴にソファに置いて、エアコンのスイッチを押す。ブウン、と音がしたのを確認したかと思うと、今度はホットカーペットの電源を入れる。出かける前にくるまっていた毛布を引っ張ってきて、まだ買ってきたものも片付けていないのに、毛布にくるまってテレビをつけた。俺はテーブルに紙袋を置いて、溜息をついてみせる。
「アメリカ、コート脱いで、買ってきたもの片付けてからにしろ」
「寒くて動けないよ!あったまったらやるからさ」
アメリカはそう言いながら、買ってきたばかりのコーラのペットボトルに手を伸ばし、テレビから目を離さない。ちなみに、コーラのペットボトルはもちろん2リットルだ。
「何が寒くて動けない、だよ…こんなんだからおまえは…」
俺がくどくどと説教を始めようとするが、アメリカの耳にはこれっぽっちも届いていないようで、コーラとテレビに夢中だ。そもそも、寒くて動けないのにコーラっておかしいだろ。そんなんだから、メタボになるんだ。
俺はアメリカを説得するのを諦めて、冷たくなったマフラーと手袋を外す。アメリカと長期間一緒にいられることは、多くはない。今回は偶然、お互いの予定がうまく重なったので、数日は一緒にいられる。とはいっても、アメリカのことだ。
(無茶なこと言って、無理矢理休みとったんじゃなきゃいいけど)
後から日本かフランスあたりに、苦情を言われる気がする。あぁ、もしかしたらカナダかも。どっちにしても、あいつはいつも自由過ぎる。
(まぁ、いいか)
どんな形であろうと、一緒にいられる時間があるのは嬉しい。口には絶対、出さないけれど。普通の人が見れば軽く十日分はある食料を、紙袋から出しては冷蔵庫へ入れていく。コーラ、スナック菓子、冷凍ピザ、アイスクリーム、それから少しの酒。ほとんどがアメリカの胃の中におさまることだろう。現に、アメリカはコーラの中身を空っぽにするところだった。もう一度言うが、2リットルのペットボトルだ。
本当は、どこかに出かけるのもいいかなとも、俺は思ったのだが、アメリカがあの調子だから、どうしようもない。冬の間は絶対に外に出ない、と断固として言うあいつの顔を思い出したら、つい口元が緩んでしまったのだ。夏が好きな、あいつらしい。
「お、雪だ」
紙袋をまるめてゴミ箱に捨てながら、俺は気温差で曇った窓を指でこする。ひんやりとした温度が、俺の人差し指の先を濡らす。
「なぁ、アメリカ、雪だぜ。見てみろよ」
毛布のかたまりに声をかけると、面倒くさそうにそれは寝返りを打つ。
「どうりで寒いわけだよ!」
「寒くても、雪なら綺麗だからいいじゃないか」
なぜか怒った口調のアメリカに、俺は唇をとがらせて反論する。指でこすった窓ガラスの向こうには、早くも雪が積もり始めている。一時間もすれば、あっという間に真っ白になるだろう。
「君ってさ、変なところでロマンチストだよね」
「紳士って言えよ」
「きもちわる」
アメリカはカタツムリのように、毛布の中に頭をひっこめてしまう。俺もいい加減、手足が冷えてきた。暖かい紅茶でも沸かして、ホットカーペットに移動しよう。手をすり合わせながらキッチンでやかんを火にかけていると、後ろから視線を感じる。振り返ると、カタツムリ化したアメリカが、頭を出してこっちを見ている。
「おまえも紅茶飲むか?」
「飲まない」
きっと飲まないだろうとは思っていても、即答されるとイラッとするものだ。それはあえて口に出さず、じゃあなんだ?と、聞いてやる。
「イギリス、寒いだろう?」
「あー寒い寒い」
わざとらしく、肩を縮こませる。アメリカは上半身を起こして、にかっと笑う。
「イギリス」
「ん?」
「こっち、おいで」
ここに入っておいでよ、とばかりに、毛布の片側を開けてアメリカは笑う。俺は目を見開いて、そのまま動かなかった。それから、嬉しさと恥ずかしさで耳が熱くなるのを感じた。口元が緩みそうになるのを懸命に抑えて、俺が一歩アメリカのほうへ近付こうとする。
「なーんてね」
「…は?」
アメリカは白い歯を見せて楽しそうに笑い、再び毛布をぐるぐる巻きにして、絨毯の上に寝転がる。
「この毛布は俺のものだ!イギリスには渡さないんだぞ!」
「お、おまえが誘ったんだろ!」
俺が真っ赤になって返すと、アメリカは頭だけ出して、呆れた顔をしてみせる。
「誘った?本当、自意識過剰なエロ大国は嫌になっちゃうね」
「だ、誰がっ…!」
俺はさらに真っ赤になって反撃するが、言葉が出てこない。別にそういうことを期待してたんじゃない。けど、アメリカが呼んでくれたのが嬉しかっただけだ。いや、これだって十分恥ずかしい。
「べ、別に毛布なんかいらねーよ…」
アメリカに背中を向けて、小さな声でつぶやくのが精一杯だった。あいつ、どんな顔してるだろう。きっといらずらっこみたいな顔で、嬉しそうにしているに違いない。と、その時、ふとアメリカの違和感に気付いて、俺は再びアメリカの方を振り返る。
「おまえな!まだ耳あてもコートもつけたままかよ!」
「え?だって脱ぐの面倒くさいし」
あっけらかんと言うとアメリカに、もう溜息しか出てこない。
「いい加減に外せよ」
「全く、イギリスは昔っから口うるさいんだから…」
ようやくアメリカは、つけていたものを外す。急に寒くなったらしく、身震いなんてしている。これじゃ、こっちだって口うるさくもなる。アメリカがもっとしっかりしていれば、こんな風に言うことなんてなくなるだろう。いつまでたっても、アメリカは子どもだ。そんなことを考えていると、やかんが音を立てて、お湯が沸いたことを知らせた。
「イギリス、俺も紅茶が飲みたいんだぞ」
「え?あ、あぁ…そうか、わかった」
俺は湯気の上るやかんを見つめる。
(あいつ、さっきいらないって言ったよな?)
一人分しか、お湯はない。
「もう一度、沸かす…か」
独り言を呟いて、俺はやかんに水を足す。それからアメリカのマグカップを戸棚から取り出し、自分のものと並べた。小さな幸せの光景に、俺の顔には自然に笑みが浮かぶ。
「イーギーリース!まだかい?」
「まだだ!さっさと着替えろバカ!」