【米英】冬生活
窓の外の白く反射する雪のまぶしさに、俺は目を細めた。朝になると、雪は積もったままだが、予想外に晴天だった。輝く太陽が、嬉しそうに雪を照らしている。俺はソファでくるまっているアメリカを振り返った。
「アメリカ、そろそろ起きろよ。昼飯何にする?冷凍ピザでもあっためるか?」
しかし、俺の振り返った先にアメリカはいなかった。
「アメリカ?」
「呼んだかい?」
真後ろから声がして、俺は慌てて振り返る。スッキリした顔で、いつの間にか着替えていた。
「な、なんだ…まだ寝てるかと思ったのに」
「そんなわけないだろう?」
アメリカはくすくす笑って、俺の寝癖のついた髪をつまんだ。
「俺が、君みたいなお寝坊さんなわけないだろ?」
「ど、どっちがだよ!」
言い返す俺を無視して、アメリカは窓の外の雪に目をやる。
「今日は外で昼食とろうよ!」
「え?おまえ、昨日はあんなに、家から出ないって…」
「そうだっけ?」
俺の言葉に、アメリカは調子よく首をかしげる。この顔は、覚えているのにとぼけている顔だ。
「まぁ、嫌なら俺はいいんだけどね?」
アメリカは得意げに言って、わざとらしい独り言を言う。
「あーあ、雪のオープンカフェ、きっと綺麗なんだろうなぁ…どこかのだれかさんはロマンチストだから、きっと好きに違いないのになぁ」
「わ、わかった!行くって!」
俺はボサボサの髪をなでつけ、慌てて着替えを探す。アメリカは腕組みして満足げにうなずき、
「そこまで言うなら、付き合ってあげるんだぞ」
と言った。もはや突っ込む元気もなかった。もうどうだっていい。いちいち言い返していたから、こっちが疲れるだけなのだから。それより、アメリカの機嫌がいいうちに出かけた方がいいに決まっている。
「あ、そうだ」
「なんだよ、まだ支度できてねーぞ」
シャツのボタンをとめながら、俺はぶっきらぼうに返す。アメリカは上機嫌で俺の前に立ち、じっと俺の目を見た。薄くて透き通った青い瞳に、俺が映る。アメリカは俺の肩をつかみ、ゆっくりと顔を近付けた。俺は思わず目を閉じた。
そして、そのまま―――やわらかな唇が、触れ合った。
「な、なんだよ、いきなり…」
「仕返し」
アメリカはウィンクして、うーんとのびをする。
「なんの仕返しだよ」
昨日、とアメリカは小さく笑う。なんのことだろう、と俺はシャ
ツのボタンをとめるのも忘れて考える。アメリカは意地悪な笑み
を浮かべ、自分の頬を指差した。俺はハッと気付き、次の瞬間に
は沸騰したやかんみたいに顔が熱くなっていた。
「き、昨日!起きてたのかよ!」
「誰も寝てたなんて、言ってないよ」
でも、気持ちよさそうに寝息を立てていた。誰があれを、狸寝入りだなんて思うだろうか。
「これだからエロの親善大使様は、困ったもんだよ」
「ばっ、ばか、違う、あれはっ…その…」
「何が違うんだい?」
再び肩をつかまれて、引き寄せられる。アメリカの唇が至近距離にある。心臓が飛び出しそうになる。思わず目をそらすと、アメリカはふっと笑う。
「だから仕返し」
「ばか…」
まぁでも、とアメリカは俺から離れる。
「この年になって、ほっぺにちゅーはないよなぁ」
「う、うるせぇ!」
「おやすみのキスのつもりかい?」
古臭いんだよ!と、アメリカは捨て台詞を吐き、リビングを飛び出した。
もう、あいつは!あいつは!あいつは!
羞恥心で真っ赤になった顔で、俺は歯を食いしばる。
「おーい、早く行こうよ。ランチタイムが終わっちゃうんだぞ」
「わーってる!」
俺はトレンチコートを羽織り、玄関へ向かう。スニーカーをつっかけたアメリカは、外の景色にはしゃいでいる。その姿は、いつか見た、幼い頃のアメリカとまったく変わっていなかった。俺はつい、笑みをこぼしてしまう。
「おまえなんか、ほっぺにちゅーで十分だ」
「え?何か言ったかい?ハンバーガー?」
「ちげぇよ!」
大きな口を開けて笑い、俺はアメリカの腕に自分の腕をからめる。ふわふわの雪の上に、俺とアメリカの足跡が混ざって残っていく。
「早く行こうぜ、腹減ったんだよ」
「なんだいそれ、照れ隠しのつもりかい?」
ほんの少しだけ背の高いアメリカの顔を見上げると、自信満々の余裕の顔だったので、俺はほんの少し考えてから、
「そうだよ」
と、言ってやった。少し驚いた顔をしたアメリカが、一瞬そっぽを向いてから、冗談はその眉毛だけにしてくれよ、とこぼした。いつもなら怒るところなんだが、代わりにさっきよりも強く腕につかまってやる。
「はぁ…こんなことなら、家にいればよかったよ」
「そうか?」
ブーツで雪を蹴飛ばすように歩きながら、俺はアメリカを見る。
アメリカはゆっくりと白い息を吐き、
「冗談だよ」
と言った。
「でもこれじゃ、歩きにくいんだぞ」
アメリカは俺の腕をほどき、代わりにすっと手を差し出した。一瞬理解できなくて俺はかたまったが、照れているアメリカの顔を見て、俺はその手をぎゅっと握り返した。
「しょうがねぇなぁ」
「どっちがだい!」
俺たちは顔を見合わせる。真剣なふたりの顔。それから、こらえきれなくなって、そのまま、くっくっく、と声を殺して笑う。
「早く行って、早く帰ろうぜ」
「それには賛成だよ、毛布が恋しくなってきたんだぞ」
「どんだけ毛布が好きなんだよ」
「君よりも好きかな」
「それは、どーも」
「…ほめてないけど?」
「うるせーよ」
君がいる。
ただなんとなく一緒にいる。
それだけで、暖かい。
それが、俺の、俺たちの、冬生活。