【米英】遭難日記
遭難した。
打ち上げられた砂浜で、水平線の向こうをじっと見つめる。
陸はどこにも見えない。
ジャングルのように生い茂ったこの島には、民家らしきものも見えない。
いわゆる、無人島だろう。
今この島には、俺と、あいつしかいない。
「はは、最悪」
アメリカは笑って、びしょ濡れになった上着を脱いで、雑巾のように絞った。
ボタボタと落ちる水滴を見ながら、それはこっちの台詞だ、と俺はつぶやいた。
アメリカは聞こえなかったのか、聞こえないフリをしているのか、手かざして辺りをキョロキョロしている。
「うーん、船もなんにも見えないなぁ」
「そうすぐには来ねぇよ」
俺がそう言うと、アメリカはわかりやすく顔をしかめる。
気に食わない。
お互い、心の中で思っていることはきっと同じだ。
なんでこいつとなんだろう。
じゃあ誰がよかったのかと聞かれると、誰の顔も浮かばないけれど。
でも、こいつは、こいつだけは嫌だったんだ。
俺は太陽が輝くまぶしい青空を仰ぎ、思い切り睨みつけた。
* * *
遭難五日目。
食料と水だけ分けあい、あとはお互い干渉しないことにした俺たちは、別々に行動していた。
その方が気持ちが落ち着いたし、あいつのせいで無駄な体力を使うこともなかった。
救助がきたときだけ、連絡をとることにしていた。
俺は打ち上げられた最初の砂浜にいたのだが、アメリカはどこにいるのか全く不明だった。
「どーせ、好き勝手やってるんだろうな…」
遭難直前、俺とアメリカはくだらないことで喧嘩をしていた。
内容は、もう五日もたってしまったから忘れてしまった。
いつだったか、前にもこんなことがあった気がする。
「あの時は…」
あの時も同じだった。
あいつはあいつで勝手にやっていて、気付いたら巻き込まれていて。
そしたら、救助がきたんだったっけ。
今回もどうせそんなところだろう。
「ったく、好き勝手しやがって…」
そこまで考えて、その時、ともに一晩を過ごしたことをふと思い出してしまった。
あの時は、確か、そう…確か。
背中も髪も砂だらけにして、俺たちは体を重ねた。
俺は慌てて首を振る。
何を考えているんだ。
波打ち際に座り込み、アメリカは今頃何をしているだろうかと、ぼんやり考えた。
「あの時は、くだらねぇ喧嘩なんか、してなかったな」
* * *
遭難十日目。
十日目には、食料と水の半分以上が消えていた。
「はーあ、君に分け与える食料なかったのにさ」
十日目、アメリカは初めて俺に接触しに来た。
顔や腕には泥がついていて、遭難者というよりは、遊んでいた観光客みたいないでたちだった。
「俺だって、てめぇにやる水なんかねぇ」
俺はアメリカを睨みつける。
アメリカは比較的食料を、俺は比較的水を多く持っていた。
だが、両方ないと人は生きられない。
俺たちが人かと聞かれるとなんとも言えないが、飲み食いしなければ瀕死状態になるのは間違いない。
「それより、何しにきたんだよ」
俺の質問に、アメリカは答えない。
少し疲れているせいだろうか、太陽の眩しさでアメリカがぼやけて見えた。
「ねぇイギリス」
「なんだよ」
「君、どこで寝てるんだい?」
どこって、と俺が首を傾げる。
「ここだけど?」
「こんなところでかい?」
アメリカは、大袈裟に両手を広げて驚いてみせる。
いつだってこいつはオーバーリアクションだが、腹が減っているせいか、妙にカチンときた。
「俺、とっておきの寝床を見つけたんだけど」
「ふーん、よかったな」
俺はぶっきらぼうに言い、その場に座り込む。
今晩のために、薪を用意したりしなければならない。
「あったかいし、風よけもあるんだ」
「はいはい、よかったな」
アメリカの言葉を背に、俺は黙々と渇いた木を探す。
すると、アメリカは突然後ろで怒った声を出す。
「心配してるのに、そんな言い方はないだろう!」
心配?と、思わず聞きかえす。
苛立ちで顔を赤くしたアメリカと真正面から目が合い、俺はつい目をそらしてしまった。
その瞳が、あまりにまっすぐだったから。
(なんだ、今の…)
また、アメリカを怒らせてしまった。
* * *
遭難二週間目。
その日は、嵐だった。
遭難した日から、ずっと晴れていたのに。
「あ…くそっ…!」
大切に食べていた菓子類は、湿気て泥だらけになってしまった。
それでも、二週間も助けもこない不安から、それを捨てずに鞄に詰め込む。
さすがに砂浜にいるわけにもいかず、こんな日に船なんてこないだろうと思い、俺は砂浜を去った。
「寝床、か」
数日前、アメリカが言っていたことをふと思い出す。
あんな顔してつっかかってきて、なんだったのだろう。
俺は森の中に入り、無意識にアメリカを探す。
「イギリス!」
足を止めて振り返ると、アメリカが手招きしている。
「ははは、生きていたとはね」
「くたばってた方がよかったか?」
俺がにやりと笑うと、
「そりゃ、もちろん」
と、アメリカは笑って肩をすくめた。
それから俺の手を引き、駆け出した。
「お、おいっ…あぶな…」
「速く走ってくれよ!あんまり濡れたくないんだ」
アメリカはそれだけ言って、前を向いて全速力で走る。
俺は無言で、その後ろをついていく。
雨に濡れているのに、アメリカの手は暖かかった。
打ち上げられた砂浜で、水平線の向こうをじっと見つめる。
陸はどこにも見えない。
ジャングルのように生い茂ったこの島には、民家らしきものも見えない。
いわゆる、無人島だろう。
今この島には、俺と、あいつしかいない。
「はは、最悪」
アメリカは笑って、びしょ濡れになった上着を脱いで、雑巾のように絞った。
ボタボタと落ちる水滴を見ながら、それはこっちの台詞だ、と俺はつぶやいた。
アメリカは聞こえなかったのか、聞こえないフリをしているのか、手かざして辺りをキョロキョロしている。
「うーん、船もなんにも見えないなぁ」
「そうすぐには来ねぇよ」
俺がそう言うと、アメリカはわかりやすく顔をしかめる。
気に食わない。
お互い、心の中で思っていることはきっと同じだ。
なんでこいつとなんだろう。
じゃあ誰がよかったのかと聞かれると、誰の顔も浮かばないけれど。
でも、こいつは、こいつだけは嫌だったんだ。
俺は太陽が輝くまぶしい青空を仰ぎ、思い切り睨みつけた。
* * *
遭難五日目。
食料と水だけ分けあい、あとはお互い干渉しないことにした俺たちは、別々に行動していた。
その方が気持ちが落ち着いたし、あいつのせいで無駄な体力を使うこともなかった。
救助がきたときだけ、連絡をとることにしていた。
俺は打ち上げられた最初の砂浜にいたのだが、アメリカはどこにいるのか全く不明だった。
「どーせ、好き勝手やってるんだろうな…」
遭難直前、俺とアメリカはくだらないことで喧嘩をしていた。
内容は、もう五日もたってしまったから忘れてしまった。
いつだったか、前にもこんなことがあった気がする。
「あの時は…」
あの時も同じだった。
あいつはあいつで勝手にやっていて、気付いたら巻き込まれていて。
そしたら、救助がきたんだったっけ。
今回もどうせそんなところだろう。
「ったく、好き勝手しやがって…」
そこまで考えて、その時、ともに一晩を過ごしたことをふと思い出してしまった。
あの時は、確か、そう…確か。
背中も髪も砂だらけにして、俺たちは体を重ねた。
俺は慌てて首を振る。
何を考えているんだ。
波打ち際に座り込み、アメリカは今頃何をしているだろうかと、ぼんやり考えた。
「あの時は、くだらねぇ喧嘩なんか、してなかったな」
* * *
遭難十日目。
十日目には、食料と水の半分以上が消えていた。
「はーあ、君に分け与える食料なかったのにさ」
十日目、アメリカは初めて俺に接触しに来た。
顔や腕には泥がついていて、遭難者というよりは、遊んでいた観光客みたいないでたちだった。
「俺だって、てめぇにやる水なんかねぇ」
俺はアメリカを睨みつける。
アメリカは比較的食料を、俺は比較的水を多く持っていた。
だが、両方ないと人は生きられない。
俺たちが人かと聞かれるとなんとも言えないが、飲み食いしなければ瀕死状態になるのは間違いない。
「それより、何しにきたんだよ」
俺の質問に、アメリカは答えない。
少し疲れているせいだろうか、太陽の眩しさでアメリカがぼやけて見えた。
「ねぇイギリス」
「なんだよ」
「君、どこで寝てるんだい?」
どこって、と俺が首を傾げる。
「ここだけど?」
「こんなところでかい?」
アメリカは、大袈裟に両手を広げて驚いてみせる。
いつだってこいつはオーバーリアクションだが、腹が減っているせいか、妙にカチンときた。
「俺、とっておきの寝床を見つけたんだけど」
「ふーん、よかったな」
俺はぶっきらぼうに言い、その場に座り込む。
今晩のために、薪を用意したりしなければならない。
「あったかいし、風よけもあるんだ」
「はいはい、よかったな」
アメリカの言葉を背に、俺は黙々と渇いた木を探す。
すると、アメリカは突然後ろで怒った声を出す。
「心配してるのに、そんな言い方はないだろう!」
心配?と、思わず聞きかえす。
苛立ちで顔を赤くしたアメリカと真正面から目が合い、俺はつい目をそらしてしまった。
その瞳が、あまりにまっすぐだったから。
(なんだ、今の…)
また、アメリカを怒らせてしまった。
* * *
遭難二週間目。
その日は、嵐だった。
遭難した日から、ずっと晴れていたのに。
「あ…くそっ…!」
大切に食べていた菓子類は、湿気て泥だらけになってしまった。
それでも、二週間も助けもこない不安から、それを捨てずに鞄に詰め込む。
さすがに砂浜にいるわけにもいかず、こんな日に船なんてこないだろうと思い、俺は砂浜を去った。
「寝床、か」
数日前、アメリカが言っていたことをふと思い出す。
あんな顔してつっかかってきて、なんだったのだろう。
俺は森の中に入り、無意識にアメリカを探す。
「イギリス!」
足を止めて振り返ると、アメリカが手招きしている。
「ははは、生きていたとはね」
「くたばってた方がよかったか?」
俺がにやりと笑うと、
「そりゃ、もちろん」
と、アメリカは笑って肩をすくめた。
それから俺の手を引き、駆け出した。
「お、おいっ…あぶな…」
「速く走ってくれよ!あんまり濡れたくないんだ」
アメリカはそれだけ言って、前を向いて全速力で走る。
俺は無言で、その後ろをついていく。
雨に濡れているのに、アメリカの手は暖かかった。