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Experiment failure

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 上京して2年目の冬を迎えた。
 今年も暖冬だとニュースキャスターは困り顔だが、僕の住むボロアパートは昨年も今年も日本の四季がきちんと巡っていると胸を張って答えるだろう。
 つまるところ去年も先月も昨日も大変冷える夜であった。
 学生とは古来より金に縁遠い生き物であるから、もちろん部屋に暖房器具は無い。昨冬は布団と実家から持ってきたはんてんでしのいだ。あまりに冷えた夜などは知人が見かねて泊まりにこいと連絡をよこす始末だ。都会の気まぐれな温かさに涙の滲む思いである。
 ところがその知人というのがまたやっかいな人で、どうにも学友と浅からぬ縁らしく、ずいぶんと嫌われている。しかし、老若男女から喜怒哀楽様々な視線と言の葉を受けてもただ優しげに目を細める超然とした美男子なのであった。彼の部屋にお世話になった事は両の手を使っても足りないほどなのだが、実を言うと未だに彼が一体何者なのか想像の域を出ない。
 折原臨也。自称情報屋の自称21歳。彼の事は興味本位で色々と聞いて回った。曰く、ファイナンシャル・プランナー、詐欺師、眉目秀麗、占い師、蚤虫、クズ、危ない人、神様。
 昨年の春にあった騒動から目をかけてもらっているのは自覚しているが、多分彼にとってはある種のルーチンワークでしかないのだろう。何せ彼は情報屋だと言うのだから。
 初めて会ったあの日、彼の後ろ手に握られていたナイフの白い光が、今でも視界の端で閃く時がある。彼の隣にいて危険に晒された事が一度ならずあるにも関わらず、彼の家で夜を過ごしてしまうのとパブロフは何か関わりがあるのだろうか。
 だが、今、ここで言うところの問題とは彼が謎に包まれているとかそう言う類の話ではない。
 「あ、おかえり帝人君」
 「……え……え?あれ?」
 我が城へと錆びた階段を上り鍵を回すと何故かドアが開かない。もう一度鍵を差し入れ冷たいドアノブを捻れば、折原臨也がこたつでくつろいでいた。
 いや、もっと端的にこの異常について形容しよう。家に帰ったら知人の男性が不法侵入していた。
 「寒いから早く閉めてくれる?ほら、早く」
 玄関前で茫然とする僕に非難を浴びせると、臨也さんはこたつ布団をめくって手招きした。
 「はい……い、いや、ちょっと、どうやって入ったんですか?鍵かかって」
 「うーん、その件については話せば長くなるんだよね。思うに、やっぱりもう少しセキュリティの面考えた方が良いんじゃない?」
 気だるげに頬づえをついた臨也さんは反対の手で何か銀色のものを弄んでいた。
 蛍光灯の明かりに反射した光が目に入る。
 僕は驚いてコートのポケットへ顔をやり、手で外側から押さえた。習慣で入れた金属の固い感触がして一瞬ほっとするが、それの意味する所に戦慄する。
 「臨也さん」
 「何かな?」
 「それ、返してください」
 「えー、駄目。だってこれ俺のだし」
 「勝手に合い鍵作らないでくださいっ」
 「問題はそこじゃないと思うなあ、帝人君。確かに俺は合い鍵使って入ったけど、こんな古い型の施錠じゃ、泥棒さんに是非来てくださいって言ってるようなもんだよ」
 「合い鍵使ったならやっぱりそこ問題じゃないですか!」
 あと、話全然長くなってません。



 どうせ鍋を囲むのなら、意中の彼女とお相伴にあずかりたいものだ。と考えてから、それは無理な話だと僕は現実を見た。園原さんと出会って春は二巡したが、彼女を未だに名前で呼ぶ事が出来ない。春の存在が甚だ疑わしく感じられた。
 そんな風に青春を浪費している僕の目の前には同級生どころか幾つも年の上な男性がいる。現実の、そのなんと残酷な事か。
 小さなこたつ机の上に臨也さんが持参したカセットコンロと土鍋と肉と野菜が並んでいた。缶ビールの6缶パックらしき物が彼の傍に置かれているが、もしかしてこの人は僕の家でこれを全部空ける気でいるのだろうか。
 「それしにしても急ですね…………」
 こたつに入ってそう切り出してみたものの、彼は神出鬼没だったと思い出し二の句が継げなくなった。
 「そうかな。いつもこんな感じじゃない?」
 臨也さんはカセットコンロの火加減を調節しながら言った。
 あ、自覚あるのか。いや、でも……
 「三ヶ月くらい音沙汰ありませんでしたから」
 それ以前は結構な頻度で遭遇していた気がする。大半が町で偶然会って世間話程度だったが。
 「色々、仕事が忙しくてね。身辺整理とか」
 「身辺…………ああ、情報屋って年末の大掃除時間かかりそうですよね」
 機密書類の処理ってどうやるのだろう。特にパソコンとか。あれは未だに物理以外の処理法が無かったと思うけれど……。
 僕は臨也さんがマンションのベランダからパソコンを放り投げる図を想像した。イタリアの新年みたいだなあ。
 「うん。まあね」
 臨也さんは目を伏せて微笑んだ。端正な顔の造形をしているが、瞳に苛烈な色が見え隠れするからそうされると威圧感が和らぐ。
 「それより臨也さん。こたつ、ちゃんと持って帰ってくださいね」
 そもそもどうやって持ってきたのだろう。
 「えー……使ってよ。持って帰るの面倒だし。土鍋とかも置いてくから、ちゃんととっておいてね」
 また鍋しにくるからさ。
 「困ります」
 「電気代が心配なら俺が払ってあげるよ」
 臨也さんは着々と鍋の準備を進めながら言った。
 「えっ止めてください」
 「……今本気で嫌がったね」
 鍋の中へ豪快に具材を放り込んで行く菜箸が止まる。
 「いや、その……すみません」
 「何?援助交際みたい、とか?」
 「いえそうじゃなくて。ただより高い物はないって言いますから」
 「帝人君、今日君の家に来たのはこの前の件のお詫びだよ」
 「この前?」
 「ほら、この間、また危ない目に遭わせちゃったでしょ?だからその埋め合わせ」
 「この間……」
 「傷の具合はどうだい?」
 眇められた目に、三ヶ月前の事件がフラッシュバックした。
 その日、僕は通学路で臨也さんに会った。何か約束があったというのではなく、たまたま道の向こうから彼が歩いてきたのだ。視界に僕を認めると「やあ」と手を振って見せた。
 いつものように道の端に寄って世間話をしていた。話題も尽きた頃、彼の後から僕と同じくらいの年の女の子が包丁を手に駆けてきて昼間から刃傷沙汰になったのだ。
 お互いが知り合いらしいのは二人の会話でなんとなく掴めたが、何故その切っ先がこちらに向いたのかは永遠の謎である。
 白い日差しが鈍色の刃に反射して、光は吸い込まれるように眼前に迫った。とっさに突き出した左腕を冷たくて熱い違和感が滑っていった。
 その後の事は実は良く覚えていない。
 ただ、明滅する視界でぞっとするほど冷たい光芒を見た気がした。
 「……この間って、三ヶ月も前の事じゃないですか。ちょっと掠っただけですから、もうすっかり治りましたよ」
 「それなら良いんだけどね」
 含みのある臨也さんの視線を追いかけると、僕は無意識に左腕に手を当てていた。
 「…………臨也さんの知り合いだからって、臨也さんがした事じゃないですし。何より大事無かったですから」
作品名:Experiment failure 作家名:東山