ときを刻む花
黒いマント姿の男を追って少女は神殿の入り口の前に来た。
少女は辺りを見渡すと、
徐々に沈み行く太陽に別れを告げ、反対側からは月が顔を覗かせ、静寂と闇が挨拶をしていた。
うっすらと照らされる神殿の入り口は荘厳で、幾人もの職人たちの手によって彫られたであろう壁は、見るものを吸い寄せるかのようだった。
荘厳な扉は10段の階段を上ったところにあり、リナは靴を鳴らしながら上った。
栗髪の少女が彼の隣に並んだとき、
彼はちらり少女を横目で見た。
そして、ためらうことなく、堀の入った扉へと手を当て、力を込めた。
重厚な音と同時に、冷たい風が吹き出してきて、二人の髪は流れた。
リナは髪を押さえながら、隣にいる魔族の青年を見た。
いつものにこ目がうっすらと開き、その紫の瞳は風が来る闇の先を見据えていた。
「確かに・・・。
真っ暗ですね。」
ゆっくりと確認するように、しかし、挑戦的な声色で彼はつぶやき、口の端を上げた。
ともすれば、この扉の前もほんの数刻で中から吹き出される闇風と同化してしまうに違いない。
「ゼロス見て。」
リナはそうつぶやいた。
そうして、一歩足を踏み込み、手を目の前に差し出すと、
「ライティング!」
と、唱えた。
一瞬少女の手のひらの上は光が集められ、輝いたが、次の瞬間にはその光は拡散するように闇に呑まれてしまった。
「ふむ。光が・・・」
「そうなのよ。見ての通りよ。
あたしのライティングは効かないわ。
それどころか、他の魔法を使っても封じられてしまう。
もう、お手上げよ。」
そういって、リナは両手をひじから上げ、やれやれと首を振った。
「こんな状態では、この神殿の中ではあなたはそこいらにいる人間の娘となんら変わりがないわけですね。」
「この先何が仕掛けられてあるかわからないのに、のこのこと物見遊山気分では入っていけないわよ。」
「そうですね。それは命を捨てることと同じだ。
人間には一度きりの人生しかありませんからね。」
魔族の青年はいつもと同じ食えない顔に戻ると、くすり。と笑いながら、少女の意見に頷いた。
「いやみな言い方ね。
そうよ?だから慎重になるのよ。
こんなところで、息絶えてしまったら意味がないでしょう?
その後が大切なんだから。
最上階まで上がる道が真っ暗で見えないし。
きっと、見た目こんなに巨大な神殿の作りじゃ、中は迷路になっていること間違いなしよ。」
そう言って、少女はため息を吐いた。
「魔法が使えないんじゃね〜。」
「ではー・・・リナさん・・・。」
と、ゼロスがその言葉に反応したときに、少女はくるっと体をこちらに向けた。
「ちょっと待って、松明は?って言いたいんでしょう?」
「ええ。」
その言葉に、リナは手をまたも振った。
「だめよ。だめだめ。
松明を持って入ってもすぐに消えちゃうのよ。」
「ふむ。やはり・・・。
この神殿は特殊な力で守られているようです。
神殿自体が、封印となっていて、リナさんの魔力や特殊な道具を使うことを封じているようです。」
魔族の青年は自分の顎に手を当て、そう答えた。
どうやら、彼の目にはこの特殊な空間を作っている何かが見えるのかのようだった。
「でしょう!?
だから、進みたくたって、あたしはこの神殿の中じゃ、ただの人間になってしまうから、進めないのよ。」
少女は、さも悔しそうに、目じりを吊り上げた。
そして、精神体でできている彼を見て、
「あんたは存在自体が特殊でしょう?
でも、今この入り口に立ってもあんたが消えないってことは・・・」
そう言って、口に手を当てた。
「当然です。
確かに、非常に強い力をこの身に受けますが、僕は高位の魔族ですよ?」
お忘れですか?という風な口ぶりで、この魔族の青年は自慢げに答えた。
栗髪の少女は、そうだった。という風に。納得と、えらそうにという思いを混同させ、青年のことをジト目で見た。
さすがは、魔族の中でも中間管理職のトップを名言できるだけあると。
「じゃあ・・・」
「ええ。僕の能力が封じられるまでにはいたりません。」
でも、そんな彼も、この少女にかかれば・・・
「便利なアイテム3よね!?」
となるのであった。
少女は目をきらきらさせ、もみ手をしながらこの魔族の青年に迫った。
ゼロスはそんな少女の様子に口を引きつらせながら
「り・・・リナさん。
僕には、別の呼び方はないんですか!?」
と、答えざるを得なかった。
「ない!」
ひ・・・ひどい。
彼はそう思いながら、コケタ。
「・・・ま・・・まぁ。
リナさん。仕方ないでしょう。
あなたらしい。」
そう、この少女は本当に現金な彼女なのだ。
そんなことは彼も百の承知。
「で、で?あんたの目にはこの真っ暗な神殿の内部見えているの?」
「ええ。もちろん。
僕は真っ暗なアストラルサイドを毎日渡っている者ですよ。
こんな闇大したことはありません。」
「きゃーーー!!!ゼロス!!!かっこいい!!!
たっよりになる〜〜〜!!」
「いや〜。それほどでも。
ほめられると照れちゃいます。」
少女のおだてに乗り、ゼロスのテンションは上がる。
もちろん、少女の考えなんてお見通しだけど・・・。
「ふむふむ。
確かに、この神殿の内部は迷路状になっているようですね。
ですが、それほど難しくはない構造のようです。」
「本当!?」
「ええ。
少々の仕掛けはありますが。」
「では、リナさんのご依頼どおりに。
中は暗闇です。
あなたの身を守るために、僕の手をどうぞ。」
目の前にすうっと差し出された手を少女は一瞬ためらったが、その手を取った。
だって、自分の目的を達成させるためには、目の前の彼に頼るしか他に方法はないのだから。
リナの握ったその手は、手袋越しにもしなやかでひんやりとした感触が伝わってきた。