こらぼでほすと 約束7
刹那も、ニールの右腕を掴んで見上げている。ひゅーっという音がして、すぐにドオーンッッと花開くように打ち上げられている花火は見事だった。眼下に目をやるとと、下の甲板に、『吉祥富貴』の面子が見える。破裂する光で、スタッフの顔も見えた。気付いたらしい八戒と悟浄の夫夫が、こちらに手を振っている。ニールのほうも振り返して空を見上げた。
「特区っていうか、極東では夏には花火を打ち上げるんだ。」
「攻撃されたのかと思った。」
黒子猫は、ぽつりと呟いたが視線は空を向いたままだ。白のハレーションだけではない。緑や赤、青、ピンクの色とりどりの光が広がる。花のように開くもの、川のように流れるもの、光で、それらが作られている。広がって火薬が燃え尽きると、ひっそりと消えていく。そして新しいものが輝く。
「夏の風物詩らしいぜ。俺も実際に見たのは初めてだ。」
「照明弾のようなものか? 」
「うーん、どうなんだろうな。ま、平和な爆弾ってとこだな。」
甲板の手摺りに寄りかかり空を見上げている。あまりの大爆音に、たまに黒子猫はびくっと反応するが、それもしょうがない、と、親猫が黒子猫の肩を擦る。物心ついた時から、紛争地帯で生きてきた黒子猫には爆音というものは、死をもたらすものだった。照明弾であぶりだされて銃撃されたり、そのまま建物ごと吹き飛ばされるのが常の状態だったのだから、この光は恐怖を伴うのだろう。
「これは平和な爆弾だ。誰かを殺すためのものじゃない。みんなを喜ばせるためのものだ。そう考えると、爆弾ってーいうのも悪いもんばかりじゃねぇーよな? 」
「そうだな。まるで降ってきそうだ。」
上空から垂れ下がってくる光は、じわじわとクルーザーに近付いてくる。けれど、届くことはない。すっと消えていく。まるで雪のようだ。首がだるくなって視線を下ろすと、周囲の海には同じような船が、たくさん浮かんでいる。こういう花火見物の方法もあるらしい。風があまりなくてこめかみから汗が流れる。それでも次々と打ち上がる花火から視線が逸らせない。
途中で趣向が変わって、高さの低い花火が、ポンポンと小気味良く打ち上げられた。派手さでは、大きなものより勝っていて、それは視線が水平になる。その間に、ニールが船室から飲み物をとってきた。さすがに上ばかり向いていたから、喉が渇いた。高さの低い花火がフィナーレを迎えたのか、さらに派手になる。そして終わると周辺が沈黙して闇になる。
「終わりか? 」
「どうだろう? 」
始まる時間も終わる時間も聞いていなかったから、階下に身を乗り出して、「これで終わりか? 」 と、叫んだら、「まだまだっっ。これから仕掛け花火が入って、さらに上がるぜっっ。」 というシンの返事が返ってきた。そして、すぐに、「ママ、右の海のほうを見てくださいっっ。始まりましたっっ。」 というレイの声もする。そちらに視線を向ければ、海の中に光の川ができていた。さらさらと音がしそうな勢いで光が流れている。それが燃え尽きると、その背後から大きな絵が、これまた光で浮き上がる。なんて書いてあるのだろう、見ていたら、大きな龍の姿になった。緑色の龍は、ゆっくりと浮かび上がり、また静かに消えた。と、同時に、また大輪の花が上空に打ち上げられて開花する。
「こりゃすげぇーな。」
「ああ。」
「けど、首が痛いぞ。」
「寝転べば問題ないんじゃないか? ニール。」
ずっと見上げているのなら寝転んでいるほうが楽じゃないか? と、黒子猫は甲板の真ん中に移動して座った。もちろん、親猫の右腕は掴んでいるから、必然的にニールも座り込む。そこへ寝転ぶと、視界一杯の花火だ。
「おーこりゃいい。」
汚れてもいいラフな格好だから、親子猫は甲板に転がった。角度の加減で船室の屋根に隠れてしまうものもあるが、身体は楽だ。
それから半時間、高さの低い花火や仕掛け花火は立ち上がったが、それ以外は甲板に転がって眺めていた。
フィナーレの派手な打ち上げが終わると、階下からキラが、「せつなぁーっっ。」 と、呼びかけてきた。ひょいっと顔を出しても、暗闇だが、人の姿は視認できる。
「なんだ? キラ。」
「降りておいでよ。」
「了解した。」
降りようとしたら、シンとレイが先に上がってきた。そして船室の食事を確認して、「やっぱりな。」 と、それらを持ち上げて降りていく。
「食事してないんじゃないか? と、トダカさんがおっしゃったんです。」
レイが笑いながら、やっぱり皿を持ち上げている。
「トダカさんも居るのか? 」
「ええ、下の船室に。行きましょう。」
先導されて、親子猫も下りると、下の船室は、さらに三倍広かった。そこには、『吉祥富貴』のスタッフやら、その奥様やらが揃っていた。
「やっぱ食ってなかったよ、とーさん。」
シンが下げてきた皿をテーブルに置くと、予想通りだったか、と、トダカも大笑いする。キラが刹那を抱き締めて、「おかえりー。」 と、挨拶すると、ニパニパと笑う。
「刹那、ママに、ごはんを食べさせるよ? きみも食べてね? 」
「了解した。」
ソファに親猫を座らせて、右隣に刹那が、左隣にキラが陣取ると、さあ食べろ、と、せっつく。それを肴にじじいーずと、その女房たちは酒盛りだし、シンとレイは、どんどん料理を運んでくる。小一時間の移動は、そんな感じで過ぎていった。
作品名:こらぼでほすと 約束7 作家名:篠義