幼馴染
桜乃は走っていた。理由は一つ。大切な人と会う約束をしていたからだ。
とてもとっても、大事な人。だから、走っていた。
「遅くなっちゃった。絶対に怒られるよぉ…」
待ち合わせ場所は、公園。本当ならばすぐにでもつくはずだったのだが、いつもの方向音痴が発動してしまい結局時間を過ぎてしまった。
待ち合わせをしている人物。それは、桜乃の幼馴染であり大切な人でもある。跡部景吾。桜乃の通う青学とはライバル校となる。でも、それはテニスである。桜乃にとってはお兄ちゃんで大切な人だった。
桜乃の跡部が幼馴染というのは、母親が親友だからである。小さい頃よく遊びに行くようになった。はじめは大きい家に男の子ということで怖かったのだが、いつしか跡部の優しさに気が付き大好きになるのには時間が掛からなかった。桜乃にとってはお兄ちゃんなのだ。実はもう一人幼馴染がいるのだが、それはまたの機会に。
性格はどうであれ、跡部は桜乃に甘い。惚れた弱みといえうばそれで終わりだが。
「ついたぁ…。あれ?」
桜乃は着いた待ち合わせ場所をぐるっと見回す。
「いない…」
イライラした跡部がいると思っていた桜乃は拍子抜けする。
「珍しいなぁ、景兄が遅れてくるの」
桜乃は近くにあったベンチに座り、うーんと背伸びする。今は紅葉の季節。この公園も秋の色に染まってきていた。赤と緑と黄色のコントラストはキレイとしかいいようがなかった。
「綺麗…」
桜乃は跡部がくるまでこの時間を気持ちよく過したのだった。
十分ほどたったとき、人の声が聞こえてきた。それが桜乃の方へとどんどん近づいていく。そして、姿が見えた。
「景兄ちゃん」
「わりぃ。遅くなった」
「ううん。いつも私が遅刻してるんだもん。待つのって結構楽しかったよ。いつも待たせてるし」
「そうか。それならいい」
笑った跡部に桜乃も笑った。
「…でね、お兄ちゃん。後ろの人たちは?」
「…勝手にきたんだ。気にするな」
「…でも」
桜乃は跡部の後ろにいる人たちを見た。
「ったく。…氷帝テニス部のレギュラーだ。ここ来る前にあいつらに捕まった。すぐこれたら、待たせる事もなかった。悪い」
「いいよ。でも…なんでいるの?」
「桜乃が見たかったんだと。オレがつい話の中で出しちまったからな」
跡部の後ろから歩いてきたのは、レギュラーの面々。
「おー、これが跡部がいうとったかわい子ちゃんか」
「本当に可愛いねー」
「宍戸さん。可愛いですね」
「まあまあなんじゃね?」
「跡部先に行くから疲れたぁー」
それぞれがそれぞれの言葉に桜乃は混乱する。つい、跡部の後ろに隠れてしまった。その様子に気が付いた跡部は次から次へと言葉を出してくるレギュラー達を一喝した。
「いいかげんにしやがれ!! 桜乃が驚いてるじゃねーか!」
「景兄ちゃん…。だ…大丈夫だよ。怒らないで」
桜乃の可愛い声に、レギュラー陣は急に静かになる。
そして、また騒いだ。
「うわーっ、めちゃくちゃ可愛い!! ねえ、跡部。このこ。ちょーだい!!」
「ぼけっ。誰がやるか」
「・・・いいですね。桜乃さん? 僕たちと話しませんか?」
「えっ、あ、あの・・・」
「鳳! 何気に黒くなってんじゃない!」
混乱が混乱を呼んでいた。
そこに冷静な声がした。
「・・・そこまでにしてね。君たち?」
声のする方を見れば、いたのはライバル校のデータマン。乾貞治が立っていた。
「治兄」
「貞治。来てたのか?」
桜乃と跡部は驚きもせず、近くに寄る。
氷帝レギュラーは・・・固まった。
「たった、今ね」
乾は、レギュラー陣の冷たい目を見せている。その目に皆固まったのだ。
「桜乃が急いで、学校出て行ったの見てね。これは景吾と会うんだろうと思ってさ。部活も今日はなかったし、のんびり歩いてたら、公園から声は聞こえてるし、桜乃と景吾が困ってるし。という訳で、声を掛けてみました」
「・・・わりぃな」
「別にいいさ。オレはキミと桜乃以外は基本的にどうでもいいしね」
「・・・なあ、青学の乾ってあんな性格だっけ?」
「オレも思った。・・・あそこまで冷たい奴だとは思ってなかったんだけど」
「ですよね。・・・でも、あの二人といると優しい顔してますよ?」
「・・・のみ限定だろ」
それぞれの言葉。今の乾には二人しか見えていない。
「景吾も気をつけろよ。桜乃の事任せてるんだから、護るっていっただろ?」
「わかってるさ。・・・まあ今回はオレの所為か」
「治兄・・・」
桜乃が上目使いで、乾を見る。『景兄ちゃんは悪くないよ』と目で言っていた。
そんな桜乃の頭をポンポンと叩いて、落ち着かせる。
「別に景吾を悪いっていってるわけじゃないよ」
「貞治は当たり前のこと言ってんだよ。桜乃が貞治を責めるな。桜乃」
レギュラー陣は、乾という存在にも驚いたが、跡部の態度にも驚いた。
いつもオレさまの態度の跡部だ。その跡部が人の事を聞いているのだから。
「・・・で? そこキミたちはどうするのかな?」
冷たい瞳に、氷帝メンバーはギクリとする。
「・・・じゃあなー。跡部」
「あっ、明日また部活で」
それぞれが言葉を残し、去っていった。
「・・・貞治。脅しすぎた」
「ここまでやっとかないと、また来るよ?」
「そうなんだけどよ」
「ねぇ、景兄」
「なんだよ?」
「治兄? 」
「なんだい?」
「せっかく、三人で集まったんだから一緒にいようよ」
桜乃の言葉に二人は、顔を見合わせる。
『ダメ?』という上目使いに二人は、笑った。
「何笑ってるの?」
「いや、桜乃には敵わないなって。なあ、景吾」
「そういうことだ。このオレを落せるのはお前くらいだよ」
「???」
「いくぞ」
「いくよ」
「うんっ」
桜乃が笑っていればいい。
二人の思いは同じ。
跡部は桜乃の恋人として。乾は兄として、友人として。
立場は違うとしても気持ちは同じ。大切な大切な桜乃を護る事。
紅葉が舞い散る公園を三人は桜乃を真ん中にして歩いていった。
そんなはじまり。