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甘いココアを召し上がれ

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「おう。らっしゃい。」
「………どういうことだ?」

場所はバンエルティア号のダイニング。
キッチンの奥で長い黒髪を束ね、白いフリル付きのエプロンを身に纏っている身長百八十センチ、年齢二十一歳の男を、扉を開いたリオンが胡乱げに睨め付けた。


* * *


リオンが同じギルドの面々と共に、このバンエルティア号を訪れてから、まだあまり日も経っていない頃だった。
午前中に魔物討伐の依頼を済ませ、思えば昼食を摂っていなかったことを思い出した。
それ程空腹は感じていなかったが、軽く小腹でも満たそうと、いつもにこやかな笑顔を浮かべて出迎えてくれるナツナッツ族の居るダイニングへと向かう。
が、扉を開いた瞬間、目の前に飛び込んできたのがそんな光景だったのだ。

「…どういうことだ、って言われてもなぁ?どうやら俺は、この船の中で「料理当番」をこなせる、数少ない人材だって船長に言われてな…。確かに人も随分と増えたし、家事の一切合切をパニールだけに押し付けておくワケにもいかねぇだろ?」
 
言われてみれば、確かに。
現に自分も、ここ最近一気にこの船の人口密度が増えた理由の一人でもあるので、リオンは何も言えずに押し黙るしかない。

「…さて、と。腹減ってんだろ?確か、昼食の時間帯に顔見せなかったもんな。何かリクエストあるか?」

くるり、と背を向け、コンロに掛けられた薬缶と鍋の火を入れるユーリ。
腰の後ろに結わえられたリボンの整えられた形といい、手際よく調理器具を取り出していくその様子からも、どうやらかなり小器用な男らしい。
更に片手剣使いとしてもかなりの腕だと聞くのだから、正直剣の腕以外に何も持たない自分が少し、歯痒くもなる。

「…別に、食事を摂る程じゃない。…お茶でも貰おうかと思っただけで、…」

それも、さほど切迫している訳でもなく。わざわざ臨時のこの男の手を煩わせなければならないのなら、後ほど出直した方がいいだろう。
そう思って、ユーリの申し出を固辞し、ダイニングを出て行こうとしたリオンだったが。

「あー、ならちょうど良かったな。そろそろ焼き上がる頃だから、それまでこれでも飲んで待っててくれ。」

コトン、とカウンターに置かれたマグカップには、温かな湯気を立てる淹れ立てのココア。
ふわり、と鼻孔を擽るのは、甘いカカオのそれだけでなく、オーブンから漂うバターの匂いだ。

「…よっ、と…」

掌にオーブン用の手袋を填め、取り出した鉄板の上に鎮座するのは、たった今焼き上がったばかりのスポンジケーキの土台。
それをケーキクーラーに移し、冷やしている間に、予め先刻まで用意していたらしい生クリームのボウルをしゃかしゃかと掻き混ぜていく。
 
ダイニングを出て行きそびれてしまったリオンは、その甘い香りに抗いにくい誘惑を覚えて、大人しくココアの置かれたカウンターにそっと腰を下ろした。
キッチンの奥で生クリームと格闘するユーリは、そんなリオンの様子を気にする素振りはまるでない。
泡立て器についた生クリームを指で掬いとり、一口ぺろり、と舐め取ると、「…こんなもんか。」などと独り言を呟きながら、また黙々と次の作業に移る。
そんな様子を自然に目で追いながら、先刻出されたマグカップを手に取って、まだ熱いココアをふぅ、と息を吹き掛けて冷ます。
何度か繰り返してから、カップを傾け、一口含めば。咥内にじわり、と広がる程よい甘さと温かさ。

(…美味しい。)

「美味いか?」

不意に掛けられた声に心中を言い当てられ、うっかり口に出して呟いてしまっていただろうかと、リオンが前方に視線を向ければ。
苺の蔕をむしっては、水の入った透明なボウルに放り込んでいくユーリと目が合った。
いつのまにか、彼の前には艶やかな紅色の苺が山のように網籠に盛られている。

「一部の奴らには、甘過ぎる、とか言われるんだが。…ちょうどいいよな?」
「…あ、ああ…。」

ひとつのホールケーキにあれを全部使うのだろうか、と思わず苺の山に視線を注ぎながら、素直に思ったままの答えを返せば。
にぃ、と口の端を持ち上げたユーリが満足げな笑みを浮かべる。どうやら、甘いものは作るのも食べるのも好きらしい。
また一口と、少しずつ傾けたマグカップで甘いココアを味わいながら、そういえば、とリオンはふと思い出す。
初めてこのアドリビトムを訪れたときも、穏やかな笑みを浮かべて迎え入れてくれたパニールが真っ先に全員分用意してくれたのも、やはりココアだった。
出来るだけ表情には出さないように努めたが、基本的に自分は勿論、他の面子も喜んで飲んでいた。
ウッドロウだけが若干眉を顰めたが、それは極一部の人間しか気付けない程度のもので、結局はにこやかに礼を述べ、全て飲み干していた。

「…何故此処にはいつも、ココアが常備されてるんだ?」

最後の苺をボウルに放り込んだユーリが、リオンの独り言のような呟きに、背を向けて作業を続けるままに答える。

「…あ〜、…これはパニールの持論だけどな。…此処を訪れる人間は、皆が皆、外でハードな仕事をこなしてくる連中ばっかりだろ?怪我もするし、時には命に関わることだってある。…そんな自分がこの場所で出来ることは、笑顔で出迎えて、まずは疲れを癒す為の甘いココアを淹れることだけだってな。」

冷やしておいた生クリームを絞り、スポンジケーキを綺麗にコーティングし終えたユーリが、顔を上げてにやり、と笑う。

「まぁ、代理の俺はせめて、美味いココア位、いつでも出せるようにしとかねぇとな?」
「…そうか。」

納得がいった、とばかりにマグカップを置いたリオンの前に、今度はスポンジの土台を埋め尽くす程の生クリームと、苺がふんだんに盛られたケーキの皿がカチャン、と置かれる。
青い花柄のケーキ皿には、しっかりと小さなフォークも添えられていた。

「ほら、お待ちどうさん。ココアのおかわりも要るだろ?」

リオンの返事を聞く前に、入れ替わりに空のマグカップを引き上げたユーリが、温めてあったポットから勢い良く中身を注いでいく。
新しく用意した、二つ分のマグカップにココアを注ぎ終えると、リオンの分とは別に切り分けた、もう一皿分のケーキと一緒にトレイに乗せ、カウンターの外側へと回る。

「俺もちょっと休憩させてもらうぜ?…なんせ、そろそろ連中がこぞって甘いもんを強請りに来る頃合いだからな…。今のうちに休んでおかねぇと。」

やれやれ、と溜息を吐きながら、リオンの隣りへと腰を下ろしたユーリが、それぞれのマグカップと自分のケーキをトレイから下ろしていく。

「……食わないのか?」
「え、…」

手にしたフォークで、切り分けたケーキの欠片をがぶ、と口に含んだユーリが、隣のリオンへと不思議そうな視線を向ける。
あまりにも自然に、男二人が肩を並べてココアとケーキを囲んでいる様に、うっかりしていた。
そもそも、自分の『甘いものが好き』という嗜好は、以前のギルドに所属していた頃からずっと、ひた隠しにしてきたことなのだ。
恐らく、一緒に移籍してきた他の連中には、フィリア以外には誰一人気付かれていない筈だったが。

「好きなんだろ、甘いの?…早く食わねぇと、後から来た連中に奪われるぞ?」