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甘いココアを召し上がれ

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「……いや、…その…………………貰おう…。」

おう、とひとつ返事を返したユーリは、既に皿のケーキを半分程度平らげていた。
自分よりもずっと年上で、さばさばとした性格のユーリは、自らの甘いものが好きだという嗜好を隠すつもりはまるで無いらしい。
漸く目の前に置かれたフォークを手に取って、三角形をしたケーキの最も細い部分にフォークを入れて、切り分ける。
一度上下半分にされたらしいスポンジは、中身にも生クリームとスライスされた苺がふんだんに使われている。
切り分けた欠片をフォークで突き刺し、一口含めば。
ふわり、とした食感のスポンジと生クリームの甘さ、それに苺の酸味が絶妙なバランスで広がった。

「美味いか?…って、聞かなくてもわかる顔だな。」
「……っ、…!…」

口に出さずとも、思わず緩んでしまった表情で、ユーリの問いを肯定していたことに僅かに動揺するリオンだったが。
当のユーリは、自分で作ったケーキの最後の一切れを一口で含んで、満足げに租借している。

「……あー、美味かった!…んじゃ、次の仕込みに掛かるか〜。」

マグカップに残っていたココアを一気に飲み干して、タン!とカウンターに置いたユーリがやれやれ、といった様子で立ち上がる。
時計を見遣れば、確かにそろそろお茶の時間に良い頃合いだった。
それは、この船に乗る甘味を求めてやってくる連中が、こぞってダイニングへと押し掛けてくる時間帯でもある。

まだ食べ終えていなかったリオンが、内心焦りを感じながら、黙々とフォークを動かしていると。

「…ああ、ゆっくり食ってても大丈夫だぞ。ちゃんとこれから来る連中の分も、たっぷり用意してあるからな。」

カウンターの奥に戻ったユーリが、冷蔵庫からババロアらしきものを取り出しながらリオンに声を掛ける。
どうやら、早く食べないと奪われるぞ、の言葉は何やら躊躇っているリオンを促す為のものだったらしい。
 
冷やして固めてあったものを、型をひっくり返して皿の上へとあければ、鮮やかなオレンジ色のムースがぷるん、と揺れる。
思わず注いでしまっていた視線に、気付いたユーリが包丁で切り分けながら尋ねる。

「こっちも一口食ってみるか?初挑戦のキャロットムースなんだが。」
「……!…い、いや…もう充分だ…。」

平静を保って受け答えたつもりだったが、訝しげに首を傾けたユーリが突然、納得がいった、とばかりに、にやりと笑う。

「…ははぁ、…その反応からして、さては人参嫌いだな?…こうなっちまえば、甘味好きな奴には食えると思うんだけどなぁ…」

僅かに崩れたキャロットムースの欠片を、指先で摘んだユーリが口に放り込みながら、半ば独り言のように呟く。
思わず紫電の瞳を瞠るのは、リオンだ。
先刻からどうにもこの男には、隠し通そうとしている自分の心中があっさりと言い当てられてしまう。
このギルドに移った際に、挨拶程度は交わしたが、ほぼ初対面にも等しい相手に何故こうまで。

「ま、嫌いなもんを無理して食う必要はないよな。お前には出さないようにしとくよ。…それと、…」

漸くケーキを食べ終え、残ったココアに口を付けていたリオンが、キッチンの奥から近付いてきたユーリへと視線を合わせる。

「…皆に甘いもんが好きだって、知られるのが嫌なんだろ?…今日と同じ時間に来れば、俺と二人だけで済むから、遠慮せず来いよ。」

にやり、と口の端だけを持ち上げる、何か含んでいるような笑顔は、お世辞にも愛想が良いとは言えないのだが。
それは自分もお互い様で、寧ろ全く邪気の無い笑顔よりも何処か安心出来る。

言うなれば自分達は、甘いもの好きが多いこの船の中で、一足先に出来たての甘味を味わう者同士。
悪く言えば、その秘密を共有する、共犯者のようなものだ。

「……今日よりも少し早めに来るから、何か手伝えることがあれば言ってくれ。…その、…菓子作りなんて、やったことはないが。」

ふい、とその笑顔から視線を逸らすが、きっとその笑みが更に深くなっているだろうことは、想像に難くない。

「…っしゃ!なんとなく手先は器用そうだし、期待してるぜ?」

ぽん、と肩を叩いた掌に。
紫電の瞳が黒い瞳へと視線を返して、僅かに口の端だけを持ち上げる笑みを浮かべた。




それからというもの、午後のお茶の時間、バンエルティア号のダイニングはますます甘味のメニューが充実するようになったとか。







「今日はオレンジがたくさん手に入ったから、オレンジケーキなんてどうだ?」
「いいかもな。…それにしても多過ぎるな。余った分はジャムにでもするか。」

加えて、今日も今日とて二人のパティシエがキッチンの奥で菓子作りに精を出し、二人だけでこっそり試食を兼ねたティータイムを繰り広げていることも、すっかりこの船の日常となりつつある光景だった。