サイレン
不意に遠くに投げられたジェームズの視線を追って振り返ると、ピーターは先刻と同じ場所で立ち尽くしていた。ジェームズの声を契機にぱたぱたと走り寄り、壁際でひしゃげていた本を拾い上げる。
リーマスは微笑み、慎重に言葉を選んでから口を開いた。
「その・・・僕にできることがあったら協力するから、何でも言って」
ジェームズは一度深く瞬きをして、それから優しく微笑んでリーマスの目をまっすぐに見つめた。
「ありがとう。とりあえずその台詞、シリウスには言わないでもらえると助かる」
「・・・そうなの?」
「そうなの。さあ、医務室?それとも部屋に戻る?」
きょとんと首を傾げるリーマスに、ジェームズは手を伸ばしかけて止め、代わりに天井を仰いで大袈裟に溜め息を吐いて立ち上がった。少し身を屈めるようにしてリーマスの顔を覗き込む。
「顔色が悪い。気付いてない?君は自分の痛みに鈍感に過ぎる。・・・じゃあとりあえず部屋で寝てなさい。シリウスを寮から追い出してくる」
「僕リーマスと一緒にいるね」
「うん、お願い」
寮から追い出すってどうしてそこまで、とリーマスが思ったときには既にジェームズの姿はなく、そんなに具合悪くないよ、とピーターに訴えたときシリウスがジェームズに引きずられるように談話室を横切った。シリウスどうしちゃったんだろうね?とピーターに尋ねたときにはベッドに押し込められた後で、ピーターはジェームズを真似て大仰に溜め息を吐いて見せた。
「ここにいてね。じゃないと今度はほんとに階段から落ちちゃうよ」
リーマスがおとなしく頷くとピーターはにっこりと笑った。ちゃんと寝ててねと念を押し、彼は静かにドアを閉めた。
窓の外はまだ明るい。遠くから人の声が聞こえる。静かな部屋では自分の鼓動さえ耳に障る。
シリウスの目を思い出す。
殴るための腕も蹴るための足も怖くない。
ただ、彼の目は怖い。
リーマスはそっと腕を動かした。掴まれたところがまだ痛い。冷たいシーツが触れるところがびりびりとした感触を残した。熱があるのかもしれないと思い当たり、あまりに遅い自覚に苦笑が漏れる。発熱程度ではもう、身体は異常と認めないのかもしれない。これで少しは体力が削られればいいのにと思うけれど、そうならないことも知っている。
あと28時間で満月が昇る。
眠ることは何の解決にもならない。けれどヒトとしての欲求なら従おう。リーマスは目を閉じた。
遠くからの誰かの声もドアの外の友の匂いも、まだ彼のこころを灼かない。