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屋根裏部屋の内緒話

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 3.

 自室のベッドに学生鞄を無造作に放り投げ、遊馬は腕組みしてアストラルを見上げた。
「アストラル。あれ、お前の仕業だな」
〈何の話だ〉
「とぼけんな。お前、鼠に変な知恵付けさせただろ」
 ――思い出されるのは、先ほどの春と明里の会話。
 遊馬が帰宅した時、二人は台所で何やら話し込んでいた。「鼠が掛かった形跡のない」鼠捕りを手にして。
 鼠捕りを仕掛けて数日後、鼠は全く姿を見せなくなってしまった。何度も鼠捕りを仕掛け、また何度も仕掛ける場所を変更しようと、子鼠一匹も掛からない。
 果たして鼠は九十九家からいなくなってしまったのか。いや、どうやらそういう訳でもないらしい。台所では今でも時々物がなくなることがある。人間たちの隙を突いて、なくなったのだと即座に悟られないように少しずつ。以前のように派手に部屋を荒らされなくなっただけましと言えばましなのだが。
「何か妙なのよね。……鼠が急に賢くなっちゃったって感じ?」
 明里の言葉に遊馬が盛大に吹き出し、その態度の不審さに彼が鼠をこっそり逃がしたのではないかとしばらくの間疑われてしまった。
「オレは夜中にあんまり下降りないし、朝起きるの一番遅いからって、婆ちゃんも姉ちゃんもすぐに分かってくれたけどさ。……鼠捕りに全然引っかからなくなっちまって、今度また鼠が出たらオレたちどうすりゃいいんだよ」
 勘弁してくれよ、と言う遊馬のため息も、アストラルにはどこ吹く風だ。
〈私はただ、台所に罠が仕掛けられているとチュウマに話しただけだ。君のお婆さんとお姉さんが家を荒らされて困っているということも含めて、な。その上でどんな手を使うかは、チュウマたち次第だ〉
「それって、結局お前のせいじゃん……」
 遊馬はチュウマのことをアストラルから聞いて既に知っている。オレが寝てる間に何してくれてんだよ、との文句をさっくり無視して、アストラルは屋根裏部屋への出入り口をふよふよと通り抜ける。
 屋根裏部屋に上がると、部屋の真ん中でチュウマが床にちょこんと座って待っていた。
〈チュウマ〉
 アストラルが呼びかけると、チュウマはちゅうちゅう鳴いてこちらに向かって来た。
 この時間帯にチュウマが来ることはめったにない。一体どうしたのかとアストラルが訊こうとした時である。
「……げ、鼠っ!」
 私服に着替えてアストラルの後ろからついて来ていた遊馬が、チュウマの姿を認めるや否や、顔を引きつらせて叫んだ。途端に、チュウマの毛並みが一瞬にしてぶわりと逆立ち、それはまるで毛玉のようになった。毛玉鼠は板張りの床をゴムまりのようにぽんぽん跳ねて、その場から逃げ出そうとする。しかし、逃げた方向が悪かった。古びたトランクの方に逃げたチュウマは、壁際に追い詰められた格好になる。 
〈チュウマ、どうか落ち着いてくれ。この人間、遊馬は悪い存在ではない。デュエルの腕はまだ発展途上だが、至って善良な人間だ〉
 遊馬の方は、何か恐ろしいものを見る目でチュウマを見ている。体格は遊馬の方が遥かに勝っているというのに変な話だ、とアストラルは思った。
〈遊馬。君にも一度話しただろう。彼がチュウマだ〉
「こいつが……!? か、噛んだりしねえの?」
〈君が攻撃しなければ何もしない、と言っている〉
「それに、えーと、そのー、ここに来る前に変なもん触っちゃったりとか」
〈身だしなみには割と気を遣う方だ、と言っている〉
 アストラルの言葉に合わせて、チュウマがトランクの上でファッションショーよろしくくるりと一回りする。ふりふり動く尻と柔らかな褐色の毛並みを遊馬はぽかんとして眺めていた。チュウマを指差してアストラルに何事かを言いかけようとするが、ぱくぱく口を動かすだけで、終いには質問その物を放棄してしまった。
「あーもう」
 頭をがりがり掻いて、遊馬は床にどっかりと腰を下ろした。振動にチュウマがぴょんと飛び上がるも、彼は逃げ出してしまわずに辛うじてそこに留まる。
「お前、本気でこいつをデュエリストにするつもりかよ」
〈無論だ。私はチュウマを立派なデュエリストに育てると決めたのだ。心配はいらない、こう見えてもチュウマのデュエルの腕は確実に上達している。嘘だと思うなら後で確かめてみるといい。それに、私には一つやってみたいことがある〉
「やりたいこと? 何だよそれ」
〈それは……まだ内緒だ〉
「えー、そりゃねえだろ。もったいぶってないで教えろよ、アストラルのケチ!」
 肩透かしを食らい、むくれて詰め寄る遊馬。アストラルはそれを笑って受け流した。

 アストラルには、ある野望があった。それは、遊馬とチュウマをデュエルで対決させることだ。彼らの意思疎通がどうしても困難な場合、通訳はアストラルが務めればいい。
 しかし、きっと大丈夫だろう。オボミの時も遊馬は目先の勝利に捕らわれず、懸命にカードで語りかけて彼女を正気に戻したのだ。
 きっとうまくやってくれる。デュエルが繋ぐ絆を信じ、デュエルすることで得られる仲間をこの上なく大切にする彼ならば。

〈デュエルする意思があるなら、皆平等にデュエリストなのだ。オボミもチュウマも、私も君も、な〉
「ふーん、そんなもんかなあ? その割にはお前、オレより誰々の方がデュエルの腕が上だの何だの言ってるけどさ」
〈そうだな。デュエリストに格差があるとしたら、それはデュエルの腕の差だ。遊馬、うかうかしているとチュウマに追い越されてしまうぞ〉
「おー、言ってくれんじゃねえか。だったらオレはチュウマに、てかお前にいつか必ずデュエルで勝ってやるからな。よーく覚えとけ」
〈ああ。――記憶しておこう〉

 いつの間にやら警戒を和らげた一匹の鼠は、トランクを降りて遊馬の膝元にまでゆっくり近づいていた。アストラルと遊馬からはチュウマと呼ばれる彼は、二人を交互に見上げると、ちゅう、と一声鳴いた。


(END)


2012/2/20
作品名:屋根裏部屋の内緒話 作家名:うるら