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雪月の蝶

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「みんな見てみて、いつの間にか雪降ってるよ~」
「おお~雪!何かテンション上がる~!」
 そのまま、クロと京子ちゃんが飛び出していく。
「ちょっと待ちなさいよ歳納京子!もう、雪なんて地元でも見慣れているでしょうに…」
「しょうがないなあ、クロのやつ」
 そう言って綾乃ちゃんと二人で追いかける。
祐巳さんと瞳子さんは微笑みながら私達の後を付いて来る。さすがはお嬢様学校の高校生だ落ち着いている。
 軋む扉を開けて外に出ると、辺り一面が薄っすらと白色に覆われ、白い粒子が僅かな光を反射して輝いていた。
「こうやって丸めて、耳をつけて、丁度南天の実もあるね~出来た!雪うさぎ!」
「おお~お見事!私も作る~」
 二人の手元を覗き込むと、クロの手には雪で出来た小さなうさぎが乗せられていた。
「おお、上手いもんだなクロ」
「いやあ、たんぽぽ園でみんなと良く作ってたからね~」
「出来た~」
「あ、可愛い。雪うさぎ…」
 綾乃ちゃんの反応を見るに、京子ちゃんも出来たらしい。クロのよりも小さいけど、より詳細に、兎らしくなっている雪うさぎだ。クロも上手いけど、京子ちゃんのはレベルが何か違う、凄い上手いし可愛い。
雪うさぎを見つめる綾乃ちゃんの眼が、かなりキラキラしている。何かこう、凄い解りやすくて、何とも少しむず痒くなる二人だ。
「よ~し、持って帰ってまりちゃんにまりちゃんに上げよう!」
「!…」
 綾乃ちゃんが、分り易すぎるくらいに、あからさまにがっかりした後、しょんぼりしている。ここは一肌脱ぐか。
「あら可愛い。でも京子ちゃん、富山まで持って帰ったら多分溶けちゃいますよ?この場で誰かに上げちゃった方が良いんじゃないですか?」
 瞳子さんが先に動いた。さすがだ、追いついて直ぐに綾乃ちゃんの様子と京子ちゃんの言葉で、瞬時に状況を理解したらしい。
「おお、そうだなあ…。綾乃~雪うさぎ欲しい?」
 京子ちゃんはちらっと綾乃ちゃんを見て、雪うさぎを両手で差し出す。京子ちゃん、解っててやっているんじゃないだろうか。
「!べ、別に欲しくなんかないんだけど。ど、どうしてもって言うならもらってあげないこともないんだから!」
「えへへ~」
 もうこっちが恥ずかしくなるぐらい、二人の世界を作ってくれちゃってる。
ああ、そうか京子ちゃんは単純に綾乃ちゃんが自分の事を好きでいてくれている、その事が嬉しくて、意識的にも無意識的にも、敢えて綾乃ちゃんが反応するような事をしているんだな。
周囲の人間の反応まである意味利用して。思っていたよりも、意外と奥が深い子なのかも知れない。
「瞳子さん、さすがのアシストです」
 私は納得して、瞳子さんの耳に囁いた。瞳子さんは少し懐かしそうにして、
「何だかね、綾乃ちゃんを見ていると昔の私を見ているようで」
「ああ、何となく解ります」
 瞳子さんの後ろの祐巳さんをちら見しながら、また納得気味に頷く。
先ほどの雑談でお二人が通っている学校の独自のシステムについては聞いた。
きっと色々な紆余曲折を経て、今の姉妹としての祐巳さんと瞳子さんがあるのだろう。
京子ちゃんと綾乃ちゃんは、その紆余曲折のまだ途中にいるのだ。きっと。
「そう言えばさあ、雪月花ってことばがあるじゃん?あれって何で雪と月と花何て、一緒には見れないものをひとまとめにしたんだろうねえ?」
「う~ん、何かその三つともある状態ではなくて別の意味も含んでいるんじゃない?」
 京子ちゃんの疑問に、祐巳さんが答える。
「それにさ、一緒には見れないとは限らないよ?ほらあそこ」
 祐巳さんはいつから気づいていたのだろう。祐巳さんの指さした方に、この白色に覆われた世界においても一際目立つ、白い花が咲いていた。
「おお~すげー綺麗!この花は何て言う花?」
 その花に近づいて、京子ちゃんが尋ねる。
「その花の名前はね、月下美人」
 祐巳さんがその名を告げた正にその瞬間に、僅かに出来た雲間から、たった今まで今夜の主役の座を雪に奪われていた黄金色の満月が、その光をただ月下美人に捧げるためと言わんばかりに、その姿を私たちの前に晒した。
一筋の光が月下美人を照らす。雪もまた静かにはなっても、止んでいない。ここ、この瞬間にのみ雪月花はその姿を私達の前に表した。

 儚くも美しき、艶やかなるかな哀しき人。快き楽しみの心と繊細なる心の下。儚き恋に身をやつす、その名は月下。

 これもまた誰の言葉だったか。月下美人の袂にもまた、双葉の葵が、まるで月の光を受けて舞う、蝶のように寄り添い揺れていた。
「綾那も雪うさぎいる~?」
 しばらくの間雪と戯れていた、クロが聞いてきた。
「要らない。その雪うさぎはここに置いていけ。明日辺りたんぽぽ園のみんなに作りに行ってあげれば良い」
「そうだね、そうする」
 クロはいつも通りの笑顔でそう答えて、雪うさぎを月下美人と月下の蝶、双葉の葵の袂に置いた。雪うさぎもまた月明かりに照らされる。
何だかみんなして、少し厳かな気持ちになり、無言でその姿に祈りを捧げてしまった。
いつかの誰かの言葉に詠われた、哀しき人の幸福を、この場にいる六人みんなと、双葉の葵の先にいるであろう、夕歩と順も一緒に、祈った。

「じゃあ、またいつかどこかで」
「京子ちゃん、綾乃ちゃん、またね~」
「クロちゃん今度は夏に来るよ~綾乃も一緒に」
「また勝手に決めて、もう歳納京子ったら。瞳子さん、ありがとうございました」
「綾乃ちゃん、素直さも時として大切よ?」
「綾那ちゃん、はやてちゃん、京子ちゃん、綾乃ちゃん、またいつかどこかでね」
 月は既に雲に隠れた。門を出て、みんな思い思いの言葉で今夜の、偶然の出会いへの別れを惜しんだ。

 みんなと別れて、暫く歩くと、不思議と見慣れた街並みと、聖なる日らしい賑わいと喧騒が戻ってきた。その時のクロの言葉こそが、この夜の出会いの全てを表している。
「何だか別世界にでも迷い込んでいたような気分だね~雪まで止んじゃったし、ここらへんはあまり積もってないよ。狸や狐ならぬ、花に化かされたのかな?私達」
 ああ、花に化かされるとは、それはまた私達の日常に何となくそぐうような、そぐわないような、何とも雅で華やかな響きだ。
私もまた、柄にも無くそう思う。
月下美人には一年に一度しか咲かないと言う言い伝えがあるらしい。
今日という日はきっと、クリスマス・イブであるということも含め、そう言う類の、珍しい、奇跡のような、おめでたい日なのだ。

部屋に戻り、電気をつけ、TVの電源をONにする。出掛ける時と変わらない笑顔で、気色の悪い女が待っている。
「続きやるの~?」
 クロが順のベッドの上から声をかけてくる。
「まあな、いつも通りだ」
「そうだね、いつも通りだね~」
 今日という出会いもまた、当たり前のように明日へと過ぎ去っていき、いつも通りの日常を過ごしながら、夕歩が元気になって当たり前の日常に戻ってくる日を、クロや順と一緒に私は待ちわびるのだ。



BGM
Especial Friend/A・S
雪に願いを/槇原敬之
月光/鬼束ちひろ
宇宙の花/島みやえい子/I've
ZABADAK/蝶
作品名:雪月の蝶 作家名:雨泉洋悠