こらぼでほすと 直前2
八戒がワゴンで料理を運んで来た。紅や爾燕も、それぞれがワゴンを運んでいるし、悟浄は大きな陶器製の器を運んで来た。今日は、無礼講のようなものだから、スタッフも気楽なものだ。テーブルに料理を配置すると、歌姫とニールの分を取り分けつつ、自分たちも取り分けている。
「三蔵、あなたの係は、これです。」
八戒が渡したのは、小さな陶器製の壺に入ったスープと、ウーロン茶のピッチャーだ。
「ああ? 」
「ニールに、スープを飲ませてください。それから、ウーロン茶のお酌を。今日は、ニールがお客様ですから、もてなして差し上げてくださいね? 」
爾燕お得意の滋養のあるスープだ。食事も、あまり摂れないニールなら、このあたりが妥当だろうと用意していた。八戒に命じられたら、やらないのが坊主だ。けっっと舌打ちして、勝手にビールに手を延ばしている。
「俺が注ぎますよ? 三蔵さん。」
三蔵より手近だったニールがビール瓶を手にして三蔵に酌をしている。おう、と、三蔵も満更でもなく受けている。
「そこのスープだけ飲め。」
「はいはい。」
「酒は呑めないのか? 」
「一杯でお陀仏するでしょうね。」
「けっっ、使えない女房だな。」
「すいませんねぇ。帰ったら付き合いますから。」
「・・・・おまえさんたちさ、衆人環視だってことは気にならないもんかね? 」
ニールの逆隣りの鷹は呆れているが、寺の夫夫は、「「はあ?」」と、訝しげな顔をする。どっちもいちゃこらしているつもりじゃないからだ。
スタッフと歌姫様だけだと、ただの宴会だから、誰かがカラオケで歌っていたり、どこかでダーツゲームをやってたりと、かなり賑やかなことになる。八戒と悟浄は食事だけ一緒にすると事務室に戻っていた。どうせ遊んでいるだけなんだから、経理の業務を片付けておくこにした。ここんところ、ニールの漢方薬治療で、バタバタしていたから経理のほうまで手が回らなかった。夫夫揃って事務机に座り、請求書やら領収書やらの整理と入力なんぞをしている。
「すっかり元気そうだな? ママニャン。」
「ええ、もうすっかりいいんですけどね。情報管制が、どこまで敷かれるのかわからないので、刹那君たちのファーストミッションが終わるまでは本宅で軟禁させておくそうです。」
すでに、漢方薬に混ぜる形で、ドクターのほうの薬を飲ませている。体力的な問題はあるものの、いつもならお里で静養しているぐらいの体調だ。連邦の情報統制がかかっている状態で、マスメディアが、どこまで組織を露出させるのかがわからない。あまり過激だったら、寺のテレビに細工でもしようか、と、キラは考えている。
「そこまでしなくてもいいんじゃねぇーか? 」
「僕も、そう思います。ニールも、ある程度の情報は欲しいでしょう。」
何もわからない状態のほうが不安を煽る。それなら、ある程度の情報はわかる状態のほうがマシだろうと、沙・猪家夫夫は考える。
「そこいらはじじいーずが考える担当だな。」
「ラボのほうへの出入りも検討しているみたいですから。」
ふたりして世間話をしつつ、仕事を続けている。データ入力をしているのは、女房のほうだ。両手がキーボードを走っているのを横目にして、亭主は、横にある女房の耳の耳環にキスをする。びくっと女房の身体が跳ね上がるので、気を良くして、再度、キスを仕掛けようとしたら、女房の携帯端末から鋭い警告音だ。
「え? 俺のオイタに教育的指導?」
「違います。具合が悪くなっちゃったみたいですね。」
おやおや、と、八戒は立ち上がり、店表へと駆け出す。その警告音はニールのバイタルサインの異常を知らせるものだったからだ。だが、ひーひーと肩で息をしているニールを見たものの、そこで立ち止まった。
「どうした? なぜ、亭主が抱いてやろうって言うのに逃げるんだ? 照れることじゃないだろう。」
で、ニールの前には、どっかの酔っ払って口説き魔と化した坊主が、じりじりと距離を詰めている最中だ。どうやら、坊主の酒量が限界を超えたらしい。
「イヤに決まってんだろーがーっっ。このバカ亭主っっ。」
「てめぇー力尽くで抱かれたいのか? 」
「誰が抱かれるかぁっっ。」
カウンターに近寄って、じりじりと逃げようとするニールをカウンター越しにトダカが肩を抑える。さすが元軍人、急所をきっちりと押さえているからニールも動けない。
「娘さん、新しい扉を開けると違う世界が広がるかも知れないよ? 」
「はあ? 何を言い出したんですか? トダカさん。」
「いや、三蔵さんの口説き文句は、なかなかいいものだと思うんだが。娘さんは、感銘を受けてくれないんだね。」
「受けませんよ。怖いです。」
「そうかい、もしかしたら、と、思ったんだけどなあ。」
じゃあ仕方がないな、と、悟空くん、ダメみたいだ、と、声をかけたら、ざーんねーん、という声と共に、悟空が坊主の背後から飛び回し蹴りでダウンさせた。周囲のアスランやラクスの携帯端末も警告音を発しているが、誰も止めるつもりはなかったらしい。
「トダカさん、からかいが過ぎますよ? ニールに水を。」
騒ぎが収まったら、八戒が診察する。血圧が異常に上がっているらしい。、ひーひーと息を吐いているから、まず整えさせなければならない。すまないねーと、トダカもミネラルウォーターを用意している。
「ママって、ほんとにノンケなんだね? ごくー。」
「やっぱ無理なんじゃね? 三蔵といちゃいちゃ新婚生活とか、送れるとは思えないぞ、キラ。」
「うーん、そっちに意識が向いてくれたらいいと思ったんだけど。」
どうやら、キラと悟空による『寺夫夫でいちゃいちゃして世間のことは忘れてください作戦』 だったらしい。それは無理というものだ。ニールは、三蔵と恋に墜ちるなんて有り得ない。
「鷹さん、息が落ち着いたら本宅へ送ってください。」
「了解、ほんと頑固だなあ、俺の白猫ちゃんは。あれだけ情熱的に口説かれたら、ちょっとは靡いてくれてもいいんだけど。」
「無理言わないでください。ニールはノンケなんだから気持ち悪いだけです。」
「じゃあ、マリューに襲わせるか? 」
「身内で適当に襲わせないでくださいよ。」
鷹は本気だか冗談かが怪しいので、注意はする。今のところ、ニールが、そんなことに意識が向くわけがない。毎日、昼のバラエティ番組で、少し報道されるニュースを見たりしているぐらいだ。少しでも組織のことはわからないか、と、考えている証拠だ。これから、大変なんだろーなー、と、悟浄も同情はするが、同調するつもりはない。その罰を受けるに至ったのは、ニールの所業の所為だからだ。
「まあ、トリィが無事に作動することがわかって、よかったってことで手打ちにしとかないか? キラ、悟空。」
「そうだね。でも、電源切られると、反応しないのがポイントかな。」
「つけてもらっとくさ。でも、警告音が激しすぎる。音を変えてくれ、アスラン。」
「それと心拍数の上昇だけで反応させないでください、アスランくん。血圧と体温も考慮していただかないと、ニールが興奮しただけで反応しますから。」
「やだっっ、八戒さん、興奮なんてヤラシイーー。」
「悟浄、言い方でしょ? 」
作品名:こらぼでほすと 直前2 作家名:篠義