有閑倶楽部
賭*魅⇔野
「清四郎、悠理に甘いと思いません?」
思いもかけない言葉だった。
いや、言葉自体は普通かも知れない。そうじゃなくて、その言葉の響きだ。
何処か楽しそうな、含みのある言い方。
彼女がそういった含みを持たせることは全くないわけじゃない…最も、ただ一人の男だけは話が別、だが。
「どうなさいましたの?そんな驚かれるような事かしら。」
「…まさか野梨子が清四郎のことをそう云うと思ってなかったんだよ。どっちかと云うと清四郎繋がりのそんな話持ちかけられたら、『下世話ですわ!』‥とか云う方だろ?」
「あら、私は事実を云ったまでですのよ。」
「婚約騒動の時のお前を見てるからなぁ。」
「あれは清四郎の本心がわからなかったから、というのがありましてよ。今の清四郎…ふふ、わかりやすいんですもの。」
本気…か?
どうやらそうらしい。やっぱり、野梨子にとって清四郎という存在は恋愛対象なんかではなく、美童の云った通りの単なるブラザーコンプレックス的な対象であったのかもしれない。
あの、清四郎と悠理の婚約騒動の時の激しさは鳴りを潜め、至極楽しそうにしている。
「まぁ…確かに。特別っぽいように見える時はあるけどな。」
「そうでしょう?ふふ、ねぇ魅録、私、考えてみたのですけれど悠理と清四郎ってお似合いなんじゃありません?」
「…ペットとご主人様的な見方なら、あれほど似合いな二人も居ないと思うけど。」
まぁ、と野梨子が口元を抑えて小さく笑う。ああ、彼女も可憐や美童に感化されたのだろうか。
いきなりこんな話題を持ちかけるなんて。
「清四郎も私と同じでこういう事には不慣れですもの。」
「だから、仕方ないって?」
「自覚していないだけだと思いますわ。所謂、無自覚で垂れ流す、と云ったところですかしら。」
垂れ流す、ってオイオイ…
野梨子もやはり、少しづつ周りに感化されているんだろう。
出会ったばかりの頃に比べて、随分強かになった。…最も、元々その傾向はあったと思うが。
「で、応援でもしてやんのか?」
「いいえ。」
「???」
「周りが余計なちょっかいを出すものでもありませんでしょ。悠理の倖せの為にも、自分で気付いて頂くべきです。」
「悠理…ねぇ。アイツもそうそう素直になんてならねぇんじゃないか?」
清四郎に懐き、頼りにもしている悠理だが、あの清四郎の性格故衝突も多い。
そんな悠理が、清四郎をもし好きだとして、素直に落ちるとは思えない。取り敢えず、口だけくらいでは抵抗するだろう。
「そこが清四郎の腕の見せ所ですわよ。これくらい自分で振り向かせなければ悠理を倖せになんて出来ませんわ。精々、尽くせばよろしいのよ。」
にっこりと微笑みながらそんな事を云う。
ある意味、女性陣の中で一番怖いのは野梨子だろうな。と思った。
あの清四郎の幼馴染みであったという苦労も関係しているのだろうか。
「どちらにせよ、以前悠理にした仕打ちもありますもの。自覚しきらないで、悠理をまた追い詰めるような事があれば私許しませんわ。」
「野梨子も怖いねぇ。」
「友達思いなだけでしてよ。…魅録だって、似たようなものでしょ?」
確かに。こういっちゃなんだが悠理はオレにとっても一番の親友だ。
そいつを二度も三度も苦しませるってのは頂けない。
それは、美童と可憐も。立場が変わればまた、悠理も清四郎もそんなものだろう。
それだけオレたちの絆は深い…互いを傷つけさえしなければ。
「ねぇ魅録。賭けをしませんこと?」
野梨子がまた楽しそうに両手で口を覆った。
「賭け?」
「ええ。私、『清四郎が悠理とお付き合いする』方に賭けますわ。」
「ふぅん。賭けの代償は?」
「…私が勝ちましたら、魅録は私をバイクの後ろに乗せてくださる?」
野梨子の口にした賭けの報奨に、思わず絶句した。
頬に熱が集まる。いっそ顔全体が熱い。
不安げに、微かに首を傾げた野梨子がオレを見上げて、
オレは、その視線を避けるように机に突っ伏した。
気付かれていた?ひょっとして?
ああ、もう、
こうなられてはあの二人には絶対にくっついてもらわなくてはならなくなる。
…いいや、そうだ。
オレは、起き上がると自分の髪をぐしゃぐしゃに掻き混ぜながら云った。
「オレが勝ったら、野梨子はオレと海に行く事。もちろん、オレのバイクの後ろに乗って。」
こっ恥ずかしさに、そして未だ顔に集まり続ける熱を隠すように微かに目を伏せて。
「まぁ、それじゃあ賭けになんてなりませんわよ。」
野梨子が、もう一度だけ小さく笑った。
賭けにならない賭け。けれど二人とも、それを変える事もせず。
最も、清四郎と悠理なんて云う進展が亀の歩みよりも遅そうな二人にそれを賭けてしまったオレが、それからしばらく生殺し状態に陥ったのは、云うまでもない。