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たまにはこんな、

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 3月21日、祝日。世間では春分の日という、何の日かイマイチよくわからない記念日だ。
 でも、僕にとってはある種特別な日でもある。ネットもさほど普及していないような、この池袋とは程遠い田舎町で
 僕はこの日、生まれた。





 新宿の一等地。祝日の今日は、いつもより一層、学生や若者で街は賑わっていた。そうはいっても、僕みたいにこんな昼間からマンションへ向かう人は少なく、みんなが買い物や何か自分の予定を消化するために反対方向へと歩いていく。僕はその合間を縫ってここへたどり着いた。いざマンションまで来ると、出払っている人が多いのか、人影はさほど見当たらない。
 セキュリティも厳重な高級マンションに慣れた調子で足を踏み入れて、ロビーで部屋番号のキーを押した。合鍵は貰っているけど、本人が部屋にいるときにはなるべくこうしてインターホンを使うようにしてる。それにはちゃんと理由があって、僕を迎える彼の声を聞くのが好きだとか、僕を迎えて扉を開けたときの顔が見たいとか、まあ本人にはとてもじゃないけど言えない理由で、それは僕だけの密かな楽しみであったりする。ただ、今日はいつもとはちょっと様子が違った。何度番号を呼び出しても、まったく応答がないのだ。部屋にいるはずなのは間違いないのに、これはおかしい。僕は携帯電話を取り出して着歴を呼び出し、電話をかけた。…アドレス帳を呼び出すよりこっちのほうが早いというのも、なんだか気恥ずかしい気もするけど。

『……ハイ、折原』
「あ、帝人です。今、着いたんですけど」
『あー、帝人君。くそ、もうそんな時間か。悪いんだけど今日は勝手に上がってきてくれる?ちょっと手が離せないんだ』
「え?あ、はい、わかりました」

 僕は答えたけど、実際僕が返事をする前に通話は切れてしまっていた。言いたいことだけ言って人の話を聞かない、といえばそれはいつもの臨也さんだと特に疑問もなく納得できるけど、今日のこれはいつもとはちょっと違う気がする。
 小さな違和感を感じつつ、僕は久しぶりに合鍵を使って中へと入った。





「おじゃましまーす…」

 ドアを開けると見慣れた玄関に、見慣れた人物が居ない。迎えられることに慣れすぎていたのか、ドアを開けた瞬間に抱きつかれるようなことが常だったせいか、普通に部屋に入るのさえ妙な違和感を感じてしまう。慣れって恐ろしいものなんだな、と妙に実感しながら靴を脱いだ。
 リビングへ入ると、軽快にパソコンのキーを叩く音が耳に入ってきた。僕が入ってきてもその音は止まることがない。仕事中か、と納得して、邪魔しないようにそっと近づいて、すぐに僕はその行動を後悔した。勝手知ったる部屋なんだから、すぐにキッチンに移動して飲み物でもつくるべきだった。つまり、たったそれだけで、僕はその場に縫い止められて、身動きが取れなくなってしまったからだ。

 臨也さんは、仕事用のデスクでノートパソコンの画面に向かっていた。革張りの高そうな椅子に腰掛け、仕事用なのか普段かけない眼鏡をかけているのがやけに様になっている。デスクの右側には書類の山、左側には資料だろうか、ハードカバーの本が積まれれていて、その本のすぐ上に、空のコーヒーカップが置いてある。ようやくパソコンから手を離すと、右側に積まれた書類の真ん中辺りから迷いもせずに書類の束を抜き取り、ぱらぱらとめくり始める。
 無造作に面倒くさそうに、片足だけ椅子にあげる仕種がやけに男っぽくてどきりとした。そんな僕に気づくこともなく、手にとったペンで書類にラインを引いたり書き込みを入れていく。めくるときは邪魔になるのかペンを歯でくわえ、目的のページまで達するとまたそのペンをとる。それを何度か繰り返した。
 ただ、仕事をしているだけ。なのに、どうしてこんなに惹きつけられるんだろう。仕事をしてる姿なんてあまり見ないから?普段とのギャップが激しすぎるから?理由は多分いくつかあるんだろうけど、結論はひとつだ。恰好良すぎて、目が離せないんだ。悔しいことに。
 そんな自分が恥ずかしくて、キッチンにでも退避しようと身じろぎした瞬間、傍のテーブルに置いてあった本とロシア語の新聞がドサリと音を立てて落ちた。

「…っし、これでようやく一段落…、って、帝人君?」

 その音と、パソコンに体を戻した臨也さんの手が最後にエンターキーを弾いたのはほぼ同時で、そこで集中が途切れたんだろう、椅子ごとくるりと振り返って僕を呼び止めた。

「あっ、い、臨也、さん、お邪魔してま、す」
「来てたなら声かけてよかったのに。っていうか顔真っ赤だけどどうしたの?」
「え!?い、いやその、なんでもありません!」

 臨也さんはちょっと驚いたように僕を見ていたけど、すぐににやりと人の悪い笑みを浮かべて椅子から立ち上がった。
 あ、これはまずい。この笑い方は。そう思ったときにはもう遅くて。
 次の瞬間、踵を返そうとした僕の後ろから長い手が伸びて、僕は背中から抱きしめられていた。

「もしかして…、ずっと俺を見てた?惚れ直しちゃったかなー?」

 その言葉にさらに顔が熱くなる。ああ、やっぱりだ、この人はわざとやってたんだ。
 よく考えれば幾ら集中しているといっても、僕が部屋に入ってきて臨也さんが気づかないわけがない。僕が見ているのを知っていて、わざと放っておいたんだ。そう考えるとあまりの臨也さんらしさに溜息が出そうだった。

「べ、別に惚れ直してなんていません!タイミングを逃しただけです!」
「そう?でもずっと見ててくれたじゃない。帝人君の視線が熱すぎて、もー俺仕事が手につかなかったよ」

 うそつけ!全力で否定したかったけど、そうしてしまうと彼に見惚れていた事実を認めてしまうことになる。いや、実際事実なんだけど、それを言葉にするのはなんだか癪だった。すると、予想外の言葉が後に続いて、

「せっかく帝人君の誕生日なんだし、俺が出迎えて一緒にたくさん祝ってあげたかったんだ。いろいろ予定も考えてたのに、昨日波江がそういう俺を見て気持ち悪いとか言いながら、まるで嫌がらせみたいに普段の倍の量の仕事して帰っていったんだよ。やらなくていいことまで引っ張り出してきたせいで、今日の俺は予定外の仕事の処理に追われてたってわけ。今日は一日休みにしてたのにさ、まったく減給してやりたいよ」

 ただの愚痴に聞こえるその言葉の端々に、なんだか聞き捨てならないことが、いっぱい出てきたような。
 なんかすごく恥ずかしいことを、色々言われたような。
 黙ってるのがいちばん恰好いいと思っていたこの人が、僕のことを話すときがそれ以上に恰好いいと思ってしまうだなんて、

 なんだか、予想外の誕生日プレゼントをもらってしまったような気持ちだ。僕はどんな顔をしていいかわからなくて俯いた。それに気づいたらしい臨也さんが、楽しそうに僕の体を反転させながら笑う。

「ほんとうは、他の人にも誕生日を祝ってあげるって言われたんだろ?学校の友達とか、セルティたちとか、もしかしたらシズちゃんとかにも…、それでも君は俺を選んで、俺のところに来てくれた。祝わなきゃいけないのは俺のほうなのに、俺のほうがプレゼントをもらったような気持ちだったよ」
作品名:たまにはこんな、 作家名:和泉