魔王と妃のその後の話
戴冠式は、正直フロンとの結婚式としての印象が強くなってしまったものの、その事に対しての不満は無かった。
式を行う前に、既に新魔王ラハールの存在はしっかりと悪魔達に知れ渡り、異を唱える者はいなかったのだから。
そう、その事に対しての不満は無い。
だが、しかし。
「………天界の連中にも見せるべきだったな………」
やたらと真剣な顔で、ラハールが呟く。
「何をですか?」
「………フロンがオレ様の妻になった場面をだ」
「………つまり、結婚式の様子ですね」
苦笑しながらそう言うのはバイアス。
只今、二人でお茶の最中だ。
それぞれの前には、フロン特製の紅茶の入ったカップが置かれている。
エトナやフロンの計らいもあって、なんだかんだとたまにお茶する様になった現在。
「そうですねぇ。確かに」
ラハールの言葉に、やはり苦笑しながら頷く。
いつになく真剣な顔をして考え込んでいると思えば、やはりそういう話ですか…とか思いながら。
そんなバイアスの様子に不機嫌そうにぶすっとしながら、
「悪いか」
「いいえ、可愛い妻の晴れ姿と、その旦那さんとなった自分を天界の皆さんにも見せ、知らしめたいのでしよう?当然の欲求だと思いますよ」
「………べ、別にそういう訳ではない。ただ、偉大なるオレ様の姿と、そんなオレ様が天使を所有したという事実を天界の連中にもだな………」
「はいはい」
未だに照れ隠しをするラハールに、バイアスは再び苦笑。
最近では随分と素直にもなってくれたのだが、全てがそうとはいかないらしい。
こういうツンデレ気質な所はラハールらしくもあるので、これはこれでまぁいいか、などと思いつつ。
「ですが、マドモアゼル…いえ、今はマダムと呼ぶべきでしょうか。まぁそれはともかく、彼女を天界へ送って行った時に、宣言したのでしょう?彼女は自分の妻だと」
「なっ、何故知っている!?」
ぎょっ、と目を剥いたラハールの叫びに、バイアスはにっこりと笑うだけで答えない。
「………あのクソ大天使か」
苦々しくラハールが呟く。
考えてみれば、いや、わざわざ考えてみなくても、それしかない。
「そんな風に言ってはいけませんよ。アレでも天界では一番偉いんですから」
「お前も随分な事を言っていると思うが………」
自身もアレ呼ばわりでたしなめるってのはどうなんだ、と汗ジトなラハールである。
それを華麗にスルーしつつ、バイアスが口を開く。
「まぁ、私も詳しくは聞いていないのですが…。そういえば、天界に行った時の話は殆どしていない様ですね。エトナも聞きたがっていましたよ」
「………あいつはどうせフロンから聞いているだろう。フロンが何と言っているのかは知らんが………」
眉根を寄せて、溜息を吐く。
「おや、何か嫌な事でもありましたか?」
「む………と、いうかだな………」
視線を逸らし、何やらもごもごと。
──思い出すのは、穏やかな光に包まれた天界の様子と──
「………まあ、色々と、な………」
言葉を濁すラハールに、バイアスは内心苦笑しながらも。
(………まぁ、今が幸せそうで、何よりです)
ありったけの祝福をこめた優しい眼差しで、息子を見詰めていた。
──大天使に髪を撫でられ、微笑むフロンの姿を見るのが嫌だったのは認める。
ユイエの咲き誇る花畑に立つフロンが、どうにも自然で、それが当たり前に見えて、やはりフロンは天界にいるべきではないのか、なんて。
弱気になったりして。
他の天使共に紹介された時の連中の視線に含まれた様々な感情に苛立ちもして。
それでも。
『フロンは、君の事がとても好きなんだね』
大天使の言葉が。
『ラハールさんに、見せたかったんです!!』
ユイエに囲まれ、笑顔でそう言う見習い天使が。
『ラハールさんは、いい魔王さんになりますっ!!』
そう力強く断言する、オレ様の味方が。
それら全ての嫌な事を、負の感情を、打ち消した。
だから。
『ハーッハッハッハ!!残念だったな天使共!!こいつは、オレ様の味方だ。これから一生、死ぬまで…いや、死んでもな!!』
そんな宣言と共に、フロンの腰を抱いて、引き寄せて。
『ラ、ラハールさんっ!?』
『そうであろう、フロン?』
顔を赤くし、戸惑うフロンにそう問うて。
『この先、オレ様から離れる事は許さんぞ!!』
『ぁ………はいっ!!』
その言葉にフロンは顔を赤らめたまま、それでもハッキリと、嬉しそうに返事をして。
………事実上のプロポーズである。
この時のラハールとフロンにそんな意図や自覚があったのかは疑問だが。
とにかく、結構な数の天使達の前でそんな宣言をしたものだから、一発で物の見事に天界中に広まった。
元々刺激や事件といったものが少ない天界である。
魔界と交流が再開するかもしれない、だの魔王が天界にやってきた、だのと、短い間に起こった大ニュースで大事件の締めがこれだったのだ。
さもありなん、である。
そして、あれよあれよと。
──宣言後。
天界への訪問として、まずは、と大天使ラミントンの屋敷に赴き、それなりに対話はしたのだが。
宣言の件もあり、改めてラミントンの元へ訪れ、私室に通されて。
「随分と派手な宣言だった様ですね」
「…耳が早いな」
「それだけ大きな出来事だったという事ですよ」
「ふん、話が大きくなっているとは思わんのか?」
「さぁ、どうでしょうね?ふふ…私が何も知らないとでも?」
ラミントンはいつも通りの微笑みを浮かべながら、どこか楽しそうに言う。
その様子にラハールは眉根を寄せ、
「………なかなかに油断ならん奴の様だな、貴様は」
「褒め言葉として受け取っておきます」
さらりと返すラミントンに、食えん奴だ、と口の中で毒づいて、ラハールは続ける。
「で?どうする気なのだ?」
「貴方はどうするおつもりで?」
「…フロンは連れて行く」
ラミントンの問いに、ラハールは静かに言い切った。
答は決まっているとばかりに、躊躇いなど一つも無く。
暫しの沈黙。
睨むのでは無く、ただ逸らす事の無いラハールの眼差しに何を感じ取ったのか。
やがて、ふ、と微笑み、ラミントンが口を開いた。
「…フロンが同意したのなら、口を出す気はありませんよ。ただ、準備は必要でしょう」
「む………」
ラミントンの言葉にラハールが唸る。
確かに、天界に戻ってすぐである。
ラハールとしてはこのまま掻っ攫っても良かったのだが、余裕が無いと思われるのも癪だ。
それに、人攫いの魔王と言われ続けるのも面白くない。
何よりそんな事になればフロンが悲しむだろうし。
「貴方の方も、戴冠式の準備などがあるでしょうし。どうでしょう?」
「………よかろう」
その台詞に、不承不承ながらも鷹揚に頷く。
「では、フロンにも話しましょう」
「うむ」
フロンは居間に残してある。
二人で勝手に決めたのはどうなのか、とも思わなくも無いが、決まったのだから仕方が無い。
ともあれ心配しているだろう、と早足になってしまうのも…仕方が無い。
「ラハールさんっ!!」
式を行う前に、既に新魔王ラハールの存在はしっかりと悪魔達に知れ渡り、異を唱える者はいなかったのだから。
そう、その事に対しての不満は無い。
だが、しかし。
「………天界の連中にも見せるべきだったな………」
やたらと真剣な顔で、ラハールが呟く。
「何をですか?」
「………フロンがオレ様の妻になった場面をだ」
「………つまり、結婚式の様子ですね」
苦笑しながらそう言うのはバイアス。
只今、二人でお茶の最中だ。
それぞれの前には、フロン特製の紅茶の入ったカップが置かれている。
エトナやフロンの計らいもあって、なんだかんだとたまにお茶する様になった現在。
「そうですねぇ。確かに」
ラハールの言葉に、やはり苦笑しながら頷く。
いつになく真剣な顔をして考え込んでいると思えば、やはりそういう話ですか…とか思いながら。
そんなバイアスの様子に不機嫌そうにぶすっとしながら、
「悪いか」
「いいえ、可愛い妻の晴れ姿と、その旦那さんとなった自分を天界の皆さんにも見せ、知らしめたいのでしよう?当然の欲求だと思いますよ」
「………べ、別にそういう訳ではない。ただ、偉大なるオレ様の姿と、そんなオレ様が天使を所有したという事実を天界の連中にもだな………」
「はいはい」
未だに照れ隠しをするラハールに、バイアスは再び苦笑。
最近では随分と素直にもなってくれたのだが、全てがそうとはいかないらしい。
こういうツンデレ気質な所はラハールらしくもあるので、これはこれでまぁいいか、などと思いつつ。
「ですが、マドモアゼル…いえ、今はマダムと呼ぶべきでしょうか。まぁそれはともかく、彼女を天界へ送って行った時に、宣言したのでしょう?彼女は自分の妻だと」
「なっ、何故知っている!?」
ぎょっ、と目を剥いたラハールの叫びに、バイアスはにっこりと笑うだけで答えない。
「………あのクソ大天使か」
苦々しくラハールが呟く。
考えてみれば、いや、わざわざ考えてみなくても、それしかない。
「そんな風に言ってはいけませんよ。アレでも天界では一番偉いんですから」
「お前も随分な事を言っていると思うが………」
自身もアレ呼ばわりでたしなめるってのはどうなんだ、と汗ジトなラハールである。
それを華麗にスルーしつつ、バイアスが口を開く。
「まぁ、私も詳しくは聞いていないのですが…。そういえば、天界に行った時の話は殆どしていない様ですね。エトナも聞きたがっていましたよ」
「………あいつはどうせフロンから聞いているだろう。フロンが何と言っているのかは知らんが………」
眉根を寄せて、溜息を吐く。
「おや、何か嫌な事でもありましたか?」
「む………と、いうかだな………」
視線を逸らし、何やらもごもごと。
──思い出すのは、穏やかな光に包まれた天界の様子と──
「………まあ、色々と、な………」
言葉を濁すラハールに、バイアスは内心苦笑しながらも。
(………まぁ、今が幸せそうで、何よりです)
ありったけの祝福をこめた優しい眼差しで、息子を見詰めていた。
──大天使に髪を撫でられ、微笑むフロンの姿を見るのが嫌だったのは認める。
ユイエの咲き誇る花畑に立つフロンが、どうにも自然で、それが当たり前に見えて、やはりフロンは天界にいるべきではないのか、なんて。
弱気になったりして。
他の天使共に紹介された時の連中の視線に含まれた様々な感情に苛立ちもして。
それでも。
『フロンは、君の事がとても好きなんだね』
大天使の言葉が。
『ラハールさんに、見せたかったんです!!』
ユイエに囲まれ、笑顔でそう言う見習い天使が。
『ラハールさんは、いい魔王さんになりますっ!!』
そう力強く断言する、オレ様の味方が。
それら全ての嫌な事を、負の感情を、打ち消した。
だから。
『ハーッハッハッハ!!残念だったな天使共!!こいつは、オレ様の味方だ。これから一生、死ぬまで…いや、死んでもな!!』
そんな宣言と共に、フロンの腰を抱いて、引き寄せて。
『ラ、ラハールさんっ!?』
『そうであろう、フロン?』
顔を赤くし、戸惑うフロンにそう問うて。
『この先、オレ様から離れる事は許さんぞ!!』
『ぁ………はいっ!!』
その言葉にフロンは顔を赤らめたまま、それでもハッキリと、嬉しそうに返事をして。
………事実上のプロポーズである。
この時のラハールとフロンにそんな意図や自覚があったのかは疑問だが。
とにかく、結構な数の天使達の前でそんな宣言をしたものだから、一発で物の見事に天界中に広まった。
元々刺激や事件といったものが少ない天界である。
魔界と交流が再開するかもしれない、だの魔王が天界にやってきた、だのと、短い間に起こった大ニュースで大事件の締めがこれだったのだ。
さもありなん、である。
そして、あれよあれよと。
──宣言後。
天界への訪問として、まずは、と大天使ラミントンの屋敷に赴き、それなりに対話はしたのだが。
宣言の件もあり、改めてラミントンの元へ訪れ、私室に通されて。
「随分と派手な宣言だった様ですね」
「…耳が早いな」
「それだけ大きな出来事だったという事ですよ」
「ふん、話が大きくなっているとは思わんのか?」
「さぁ、どうでしょうね?ふふ…私が何も知らないとでも?」
ラミントンはいつも通りの微笑みを浮かべながら、どこか楽しそうに言う。
その様子にラハールは眉根を寄せ、
「………なかなかに油断ならん奴の様だな、貴様は」
「褒め言葉として受け取っておきます」
さらりと返すラミントンに、食えん奴だ、と口の中で毒づいて、ラハールは続ける。
「で?どうする気なのだ?」
「貴方はどうするおつもりで?」
「…フロンは連れて行く」
ラミントンの問いに、ラハールは静かに言い切った。
答は決まっているとばかりに、躊躇いなど一つも無く。
暫しの沈黙。
睨むのでは無く、ただ逸らす事の無いラハールの眼差しに何を感じ取ったのか。
やがて、ふ、と微笑み、ラミントンが口を開いた。
「…フロンが同意したのなら、口を出す気はありませんよ。ただ、準備は必要でしょう」
「む………」
ラミントンの言葉にラハールが唸る。
確かに、天界に戻ってすぐである。
ラハールとしてはこのまま掻っ攫っても良かったのだが、余裕が無いと思われるのも癪だ。
それに、人攫いの魔王と言われ続けるのも面白くない。
何よりそんな事になればフロンが悲しむだろうし。
「貴方の方も、戴冠式の準備などがあるでしょうし。どうでしょう?」
「………よかろう」
その台詞に、不承不承ながらも鷹揚に頷く。
「では、フロンにも話しましょう」
「うむ」
フロンは居間に残してある。
二人で勝手に決めたのはどうなのか、とも思わなくも無いが、決まったのだから仕方が無い。
ともあれ心配しているだろう、と早足になってしまうのも…仕方が無い。
「ラハールさんっ!!」
作品名:魔王と妃のその後の話 作家名:柳野 雫