魔王と妃のその後の話
現れた二人の姿に、弾かれた様に席を立ち、フロンが駆け寄る。
不安そうな顔のフロンに、にっ、と笑い掛けてやる。
「どうした、このオレ様の味方が。情けない顔をするでない」
「だ、だって…あ、あの、大天使様、わたしっ…」
ラハールに寄り添い、不安そうに見上げてくるフロンに、ラミントンも優しげに笑い掛ける。
「フロン。ラハール君は、どうあってもお前を連れて行きたい様だよ。お前はどうだい?」
「ちょ!?」
その事実ではあるがドストレートにこっ恥ずかしい内容の言葉に突っ込みかけたラハールだが、
「ラハールさんといっしょにいたいですっ!!」
叫びの様なそれに、声を詰まらせた。
「…両想いだね」
ラミントン、思わずラハールにサムズアップ。
柔和な笑みはそのままに。
「待て、お前キャラが違うぞ」
「それはさておき」
「無視かよ」
そんな突っ込みは華麗にスルーしつつ。
「フロンがそう言うのであれば、私は祝福しよう。ただし、準備を終えてからラハール君の元へ行きなさい」
「は、はいっ!!」
ラミントンの言葉に、ぱあっ、と顔を輝かせてフロンが返事をする。
同時に、無意識なのか嬉しい気持ちそのままに、ラハールの腕に抱きついた。
ラハールは顔を少々赤らめつつ鼻先をぽりぽり掻いていたが、その行為に何も言う事は無かった。
そして、ラハールが魔界に帰る時。
「………戴冠式の後、だな」
「………はい」
天界に滞在した期間は短かったが、それなりに見て回ったし、その過程で天使達ともそれなりに交流した。
魔界への恐怖や嫌悪に凝り固まった天使達は最初こそ警戒し、敬遠していたものの、フロンの必死の訴えや、フロンとラハールのやり取りに段々と警戒を解いていき。
ラハールの悪魔的な言動もあって完全に、とは言えぬものの、今まで抱いていたイメージは修正せざるを得ないと思わせる程度にはなっていた様で。
魔界へ続く扉のある花畑に立つラハールとフロンの他に、幾人かの天使の姿もあった。
二人より少しばかり離れた場所に、二人の様子を見守る様にして、だが。
…ただ単にプロポーズ云々のせいで、興味があるのかもしれない。
その中に大天使も混じっていたりするのだが、これは気を利かせたという事なのだろう。
ラハールとフロンはそんな周囲には構わず会話を続ける。
「…待っているぞ、フロン」
「…はい」
会話と言っても、言葉少なに。
穏やかに、笑みと共に。
「………約束だ。違える事は、許さんぞ」
「はい。………絶対、行きますから。待ってて下さいね」
「ああ」
はにかむフロンに、ラハールも笑みを返して。
と、思いついた様に、にやり、と口の端を意地悪げに持ち上げる。
「…オレ様を恋しがって泣くなよ?」
「な、泣きませんっ!!もうっ!!」
頬を膨らませるフロンに、からからと笑いながら扉へ向かう。
「…そろそろ行くぞ」
「………はい」
そうして、フロンは扉の奥へと消えていくラハールの姿を見送った。
──で、戴冠式の日へと続く訳だが。
「………って、ちゃんと告白してないじゃん!!何してんの殿下ってば!!」
「エ、エトナさん………」
一通りの話を聞いて、声を上げるのはエトナだ。
思わずテーブルを叩いた衝撃で、乗っていたカップがかちゃん、と揺れた。
その反応に予想はしていたのか、フロンが苦笑しながら困った様に宥めようとする。
「いいんです、わたしは嬉しかったんですから」
「いや、でもさー…。まぁ、いーんだけどねー」
何事か言いかけるが、何を思い出したのか、力無く笑う。
結局の所、今ではバカップル夫婦だ。
マトモな告白の言葉が無いとしても、必要も無いと思える程に。
何だかんだと二人の気持ちは同じだったのだから、それでいいのだと。
「………それにしても、とんでもねえノロケ聞いちゃったわー」
「エトナさんが聞きたいって言ったんじゃないですかー」
「だって、殿下ってば何も教えてくんないしさー。まぁ、流石に自分からは照れ臭くて言えないんだろーけどさー」
けらけら笑うエトナの言葉に、フロンも苦笑する。
「照れ屋さんですからねえ、ラハールさんは」
「単に素直じゃないだけよ、あのガキは」
「ラハールさんらしいですよ」
「まぁ、フロンちゃんがいいならいんじゃない?」
にこにこしながら言うフロンに、エトナは苦笑。
改めてフロンを見ながら、それにしてもこうなるとはねー、と内心で呟く。
最初はただの金ヅルだったってのに。
殿下に本気で殺されそうになったりもして、でも諦めずに頑張ってさ。
本当にお気楽で呑気そのものの天然天使にしか見えないというのに。
一途に真っ直ぐで、本気で悪魔を案じ、想って。
「………で、魔王の味方になった天使、と」
口の中で呟いて、柔らかく微笑む。
それは無意識のもので、エトナ自身に自覚など無いが。
フロンはそんなエトナの表情に何も言わず、でも嬉しそうに笑って。
手にしていたカップを口に運び、残り少ない琥珀色の液体を見詰めながら。
「………きっと、天界の皆にもわかってもらえる筈です。ちゃんと、ラハールさんのいい所………」
真剣に、というよりも深刻そうに呟くフロンに、おや、と思う。
「んー…まぁ、そんな思い詰める必要も無いと思うけどねー。少しはマシになったんでしょ?」
「ええ…少しずつですが、歩み寄っているとは思います。ラハールさんを直に見て、受け入れてくれるひともいますし…」
「へえ。進歩してるじゃん」
「でも、まだラハールさんや悪魔の皆さんに敵意を持っているひとがいるんです。…仕方ない事なんでしょうけど…」
悲しげに目を伏せながら、フロンがそう続けた。
扉は開け放たれ、天界と魔界の交流は始まったものの。
当然と言えば当然だが、今現在、好き好んで魔界へ行こうとする天使も、天界に行こうとする悪魔もいない。
まずはトップから、という事で、魔王であるラハールとその妃となり魔界と天界を繋ぐ役目を担っているフロン、そして大天使ラミントン。
現時点で双方の世界を行き来しているのは、実質この三名のみだ。
バイアス辺りはこっそり行き来しているのかもしれないが、彼は事情が事情なので数には入れないとして。
もう少ししてこの状況に慣れれば、好奇心に駆られて扉を通ろうとする者も出てくるかもしれないが…。
「もうちょっと時間が必要って事かねー」
「はい…。でも、絶対にラハールさんはいい魔王さんだって、天界の皆もわかってくれる筈です!!」
先程の消沈ぶりを払拭する様に、ぐっ、と拳を握り締め、力強く言い切るフロン。
絶対に諦めませんっ!!と、瞳に炎を宿し、気合十分だ。
エトナはそんなフロンに苦笑しながら。
(ま、しょんぼりしてるフロンちゃんよりは、こっちのフロンちゃんの方がいいかなー。空回り気味だけど)
あんまり気乗りはしないけど、フォロー位はしてやろっかな、と。
主人に負けず劣らず素直じゃない腹心は、内心でそう呟いていた。
──大天使様のお屋敷を出て、天界を案内しようとした時に、手を握られて、引っ張られて。
『…あまりオレ様以外の奴に触れられて喜ぶな』
作品名:魔王と妃のその後の話 作家名:柳野 雫