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つわものどもが…■08

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「はぁ?何言ってんだよ、え?…いや、いいけど…部屋空いてねーよ」
そんな声と共に政宗様がリビングへ入ってこられた。夕食の後に自室にて課題を纏めると仰って籠ってらしたので、温かい飲み物でもお出ししようかと思っていたところだった。
「おい、小十郎!」
「如何なさいました、政宗さま?」
手にはご愛用の携帯電話。
「成実が大学見学するのに上京するから、ココ泊めてくれ…って」
「成実どのが、」
なるほど、通話相手は従姉弟殿か。
「…お前の部屋、泊めてやってくれるか?」
例え歳近いお従姉弟と言えど、異性を政宗様のお部屋に寝泊まりさせる訳にいかない。
「構いませんが…そうなると布団を調達してこなければいけませんね。何時こちらへ?」
「あー…ちょっと待って、」
俺の答えにやや安堵したように嘆息交じりに言うと、政宗様は再び携帯を耳元に宛がわれた。
「小十郎の部屋に泊めてくれるってよ。で、何時こっち来るんだよ?」
恐らく既に出立の支度を整えてから連絡を寄越している事だろう。
リビングに出てこられたのだから序でに休息して頂こうと、俺は食器棚からマグカップと菓子器を出した。引っ越してきて直ぐに買い求めた普段使いのマグにポットから湯をいれて温めておき、小振りのシンプルな漆塗りの菓子器には会社の同僚から貰った土産の菓子を乗せる。
「はァ!?明後日!?ナンでもっと早く言わねぇんだよオマエは!」
呆れたようなワントーン高い声の後に、ぐっと唸るように低い調子で叱責するのが聞こえた。とは言えそこに潜むのは気心の知れた者への親愛の情だ。
取り敢えず、明日にでもレンタルで調達しようと算段をたてながら、ミルクパンをコンロにかけた。
政宗様はまだ従姉弟殿と話していたが、内容は既に普段の学生生活の報告になっている。
俺は政宗様の為にココアを用意しながら、柔らかい笑みを浮かべて楽しそうに話す主の横顔を眺めやった。






成実殿も、着々と己が決めた道を歩んでおられるようだ。



あれは一年ほど前、政宗様の大学進学が決まった頃だった。
今生もまた1つ違いの従姉弟として巡り合わせた成実殿が、父君と共に伊達家に来られた事があった。まだ高校生だった彼だが、連休で学校が休みとあって泊まっていくのだと、あの時も俺の部屋に布団を運び込ませていた。
夜半、風呂から自室に戻った俺に、
「なぁ小十郎」
布団の上に胡坐をかいて座る成実殿が、年相応の稚さを残した容貌で見上げて言った。
「……」
「なんでだろうな」
政宗様とは親族である彼は、俺よりも早く主に出会い、見守ってきた。
「なんで、また殿は…」
政宗様を「殿」と。
それは今ではない、遥か遠い記憶の中にある、あの頃の口調。
「成実どの、それは」
「だって!!」
言わんとするところは分かっていた。
「だって、悔しいじゃ…ないかっ」
ぎゅっと握られた拳が小さく震えている。かつて身体の一部のように槍を振るっていたその手は、今は年相応の青年の綺麗な手だ。
「あの頃と違って、こんな医術の発達した時代なのに」
口惜しさが滲みだした、そんな口調で言い放ってからしばらくの沈黙。俺は先を急かす事無く、ただ待った。
ややして、成実殿は小さく嘆息すると、
「風邪ひとつで慎重に養生してたあの時代に、疱瘡で右目を持ってかれこそすれ命長らえた殿は凄かったと思うよ」
じっと床に延べた敷布団を凝視しながら口を開いた。
「……えぇ」
その後も隻眼というハンデを持ちながら天下を見据えていらっしゃった。
「なのに…なんで…っ」
「成実どの、」
視線を上げぬまま徐々に激昂する成実殿を宥める。
「なんでっ!今生でまで、片目失わなきゃなんねぇんだよっ!殿だけ、殿だけっ!」
「成実どの、それ以上は」
痛いほどに気持ちは分かる。しかし、
「代われるもんなら…」
「それ以上言うなっ!」
言の葉に乗せてはならない、その文言を、俺は声を大きくして制した。
「あ……わ、るい」
「いえ、分かって頂ければ」
それは、かつての奥州王であった政宗様と今生の主を否定するに相当する言葉だ。
何を口にしようとしていたのか気付いた成実殿は、両手で顔を隠すように覆って、
「ごめん。俺が言っていい事じゃなかった…ごめん、小十郎」
下に敷いた布団に額づくほどに深く俺に頭を下げた。
「俺も……言い過ぎました。貴方も政宗さまを大事に想っておられる一人に変わりないというのに」
詫びて、項垂れた成実殿の肩を押し上げるようにして姿勢を戻させる。
俺が政宗様と顔を合わせてから俄かに思い出したのと違い、この方は初めから覚えていたと言っていた。それがどんなに辛い事だったか俺などには到底計り知れない。
「………俺、さ。小十郎?」
「なんです、改まって」
消沈した面持ちで、しかし冷静さを取り戻した様子に安堵する。
「今からじゃ間に合わないけどさ。もう殿の右目は取り戻せないけど……でも…それでも俺、」
まさむねをまもりたい。吐息と共に溢された言が、すとんと俺の胸に入り込む。
「俺、医者になろうかと思ってるんだ」
俺も成実殿も、記憶があろうと政宗様に仕えねばならない道理はない。それでも、また、俺達は魅了されている。
「………」
自嘲にも似た笑みが零れるのを耐えていると、
「おい、堪えるくらいならいっそ笑えよ」
己の声明を笑われたと勘違いしたらしい成実殿が、拗ねたように口元を尖らせて苦情を述べてきた。
「い、いえ…ぷっ、すみません、つい……あの鬼成実が…っ」
俺もそれに乗って軽口で返す。
「やっかましいわ」
いよいよむくれてそっぽを向かれる。
「あぁ勘違いしないで下さい、馬鹿にしている訳ではありません」
「わーってるよ……ったく」
相変わらず顔を背けたままなのは照れ隠しもあるのだろう。
「俺はこれからの殿の…いや、政宗の憂いを払う。今生での俺の意味を見付ける」
戦場でその手に得物を持ち正義を掲げたあの頃とは違う道を。
「……どうやっても、今から取り戻す事は出来ねぇからな。だったら先を見る」
「いいご決断です」
頷く俺に、
「別に、今思い付いたンじゃねーぞ?」
慌てて言い募る様相は年相応の稚さを見せる。
「分かっていますよ。その為に勉学に励んでおられたのも知っています」
忍び笑いを浮かべて答えると、
「うん。……で、だ」
成実殿の面に浮かぶ稚さが悪戯っ子のそれにすり替わる。直感的に好まざる内容を告げられるのを覚って、身構えてしまった。
「俺は医学部に進む。来年、お前らと一緒に暮らす」
ほら来た。
「い、いや、しかし政宗さまの進学される大学に医学部は…」
確か併設されていなかった筈だ。
「別に同じ大学に行くとは言ってねぇ。違う大学だけど、近くに医学部のある学校あるじゃんか、そこ行く」
あっさりと言い放たれたが、俺が知る限りで政宗様の大学の近くにあるのは全国でも屈指の名門校ではなかっただろうか。
俺の考えている事を見通したかのように、成実殿が双眸に強い光を孕み、ニヤリと…政宗様がなさるのとよく似た笑みを浮かべられた。
宣言するからには勝算があるのだと解釈して、
「分かりました。では、お待ちしておきます。必ず、」
俺は目の前の年若い武者に、ゆうるりと辞儀をした。




作品名:つわものどもが…■08 作家名:久我直樹