水底にて君を想う 水底【4】
賢木は呆然と、そんな皆本を見つめる。
「情けないな」
静かな声。
微かに鼻をすする音がした。
「なんだか、すごく情けない。いや、情けないって言うより悔しいのかな?」
「……なにがだよ」
皆本は少し笑う。
「結局、お前は僕のことを信用していないんだ」
仕方ないかな、と続けて皆本は自分の手を見る。
ブラスターの重さがまだ残っている。
「『気持ち悪い』ってあれ、僕に対する気持ちのことじゃないだろ?」
「……」
言葉を返せない賢木に皆本は、また、寂しそうに笑う。
「そんなこと、思ったことないよ。賢木を『気持ち悪い』なんて思ったことない」
「皆本……」
皆本の目が賢木をまっすぐに捉える。
「お前との出会いは『ギフト』だと思ってる」
いつか皆本が口にした言葉。
超能力は神から与えられた贈り物なのだと。
「だから、賢木」
皆本は一度言葉を切ると、ゆっくりと手を賢木へと差し出す。
「一緒に帰ろう」
どこか、祈りにも似た響きを持った言葉と共に。
賢木は苦笑いを零す。
差し出された手はその瞳と同じく揺ぎ無い力を持っている。
(惚れた方の負けってやつか?)
その手を拒む術を賢木は持たない。
捉えて離さなかったヘドロから、恐ろしくあっさりと抜け出す。
皆本が賢木を抱き締める。
春のような暖かさが伝わってくる。
その背に腕を回しながら、賢木は呟く。
「俺、お前に告白したんだけど?」
「……嬉しいよ、嘘じゃない。驚いたけど」
拒絶されなかったことに賢木は胸を撫で下ろす。
皆本の耳が赤く染まっている。
「でも……」
辛そうな声。
「いいぜ、言わなくて」
「えっ?」
「お前の好きな奴くらい知ってるから」
皆本が心底驚いた顔で賢木を見る。
賢木は笑ってみせる。
「死んだ奴には勝てないって言うけどよ、存在しない相手ってのもやっかいだよな」
「どうして?」
「……内緒。けどよ、お前がそいつに出会うまで、好きでいてもいいだろ?」
皆本は賢木を見つめる。
賢木も皆本を見つめている。
「……それでいいのか?」
「ああ」
皆本は困ったような顔で笑う。
「馬鹿だなぁ……」
「あ、ひでえ」
ため息と共に吐き出された言葉に、賢木は笑った。
光が差し込んでくる。
陽光を弾く水面のように、辺りが輝きだす。
そして、視界が開けた。
目の前に皆本の顔。
優しく、どこまでも優しい瞳。
「お帰り、賢木」
「……ただいま」
世界はただ、光に満ちていた。
-完-
作品名:水底にて君を想う 水底【4】 作家名:ウサウサ