優しき愛
「……やっと弁当付きで、ここに来れたな」
満開の桜の大木を見上げながら金澤が呟くと、隣に並んだ香穂子が笑顔で頷いた。その両手で大事そうに抱えているのは、大きなバスケットだ。
「はいっ……『三度目の正直』ですね」
「そうだな」
金澤と香穂子が肩を並べてこの桜を見るのは、今年でもう三回目――即ち、三年目となる。休日の森の広場が、二人の貸し切り状態なことにもすっかり慣れた。
「おータビ……元気そうだな」
桜の木の根元には、愛らしい先客が身体を丸めてまどろんでいた。金澤の呼びかけに野良猫は、頭を上げて尻尾を振ると、甘い声でにゃあと鳴く。
「ほい、ご馳走だ」
金澤はジャケットのポケットから缶詰を取り出すと、慣れた手付きで蓋を引き上げた。
その傍らで香穂子がレジャーシートを敷き、自分たちの食事を楽しそうに並べている。早起きして彼女が作ったのは、サンドイッチと鶏の唐揚げだ。
「なんだ!? お前さん……もう嫁さん、見つけたのか」
幹の陰からシナモン色の牝猫がひょっこりと顔を出し、ぴたりと寄り添った。
その光景に金澤は思わず口元を弛める。
「あら、奥さんだけじゃなさそうですよ」
香穂子が微笑んで茂みを指させば、色違いの子猫が三匹、さらに姿を見せ、母猫の足元にじゃれついた。
「ふふっ、家族集合ですね……猫缶、足りるかなあ?」
バスケットの傍らに置いたスーパーのビニール袋を覗き込んで、首を傾げる。
「いや、ある分だけでいいさ。俺は別にこいつらを扶養してるわけじゃないからな。残念ながら、猫は俺の家族じゃない。だから餌をやるのだって、義務じゃない。だけどな……」
金澤はそこで意味深に言葉を区切った。
にやりと笑うと、神妙な顔つきをした香穂子の肩を強く抱き寄せ、耳元に唇を寄せる。「――お前は違う」
「――ひ、紘人さんっ!?」
耳に吹き掛かる甘い声に、香穂子がすくみ上がった。
「来年は家族になって、一緒にお花見ってのはどうだ?」
「えっ……え、ええっ――?」
瞬きを繰り返して、言葉の意味を反芻する。
「香穂子……俺のヨメさんになってくれ」
青から赤へ――信号のように目まぐるしく顔色を変える香穂子の髪についた桜の花びらを指先で払うと、金澤は半開きになった桜色の唇に素早くくちづけた。
「もうっ……」
顔を離せば、困惑した香穂子の瞳と目が合う。
「おっと、去年はハナさんに見られたんだっけ。ま、お猫様公認ってことで……で、返事は?」
僅かな沈黙を挟み、香穂子は紅潮した顔で金澤を見つめ返した。
彼女の心は、あの日――学園祭の夜、屋上で彼と再会したときから決まっている。
「……はい。世界で一番素敵な、白いドレスを私に着せてください」
満開の桜の大木を見上げながら金澤が呟くと、隣に並んだ香穂子が笑顔で頷いた。その両手で大事そうに抱えているのは、大きなバスケットだ。
「はいっ……『三度目の正直』ですね」
「そうだな」
金澤と香穂子が肩を並べてこの桜を見るのは、今年でもう三回目――即ち、三年目となる。休日の森の広場が、二人の貸し切り状態なことにもすっかり慣れた。
「おータビ……元気そうだな」
桜の木の根元には、愛らしい先客が身体を丸めてまどろんでいた。金澤の呼びかけに野良猫は、頭を上げて尻尾を振ると、甘い声でにゃあと鳴く。
「ほい、ご馳走だ」
金澤はジャケットのポケットから缶詰を取り出すと、慣れた手付きで蓋を引き上げた。
その傍らで香穂子がレジャーシートを敷き、自分たちの食事を楽しそうに並べている。早起きして彼女が作ったのは、サンドイッチと鶏の唐揚げだ。
「なんだ!? お前さん……もう嫁さん、見つけたのか」
幹の陰からシナモン色の牝猫がひょっこりと顔を出し、ぴたりと寄り添った。
その光景に金澤は思わず口元を弛める。
「あら、奥さんだけじゃなさそうですよ」
香穂子が微笑んで茂みを指させば、色違いの子猫が三匹、さらに姿を見せ、母猫の足元にじゃれついた。
「ふふっ、家族集合ですね……猫缶、足りるかなあ?」
バスケットの傍らに置いたスーパーのビニール袋を覗き込んで、首を傾げる。
「いや、ある分だけでいいさ。俺は別にこいつらを扶養してるわけじゃないからな。残念ながら、猫は俺の家族じゃない。だから餌をやるのだって、義務じゃない。だけどな……」
金澤はそこで意味深に言葉を区切った。
にやりと笑うと、神妙な顔つきをした香穂子の肩を強く抱き寄せ、耳元に唇を寄せる。「――お前は違う」
「――ひ、紘人さんっ!?」
耳に吹き掛かる甘い声に、香穂子がすくみ上がった。
「来年は家族になって、一緒にお花見ってのはどうだ?」
「えっ……え、ええっ――?」
瞬きを繰り返して、言葉の意味を反芻する。
「香穂子……俺のヨメさんになってくれ」
青から赤へ――信号のように目まぐるしく顔色を変える香穂子の髪についた桜の花びらを指先で払うと、金澤は半開きになった桜色の唇に素早くくちづけた。
「もうっ……」
顔を離せば、困惑した香穂子の瞳と目が合う。
「おっと、去年はハナさんに見られたんだっけ。ま、お猫様公認ってことで……で、返事は?」
僅かな沈黙を挟み、香穂子は紅潮した顔で金澤を見つめ返した。
彼女の心は、あの日――学園祭の夜、屋上で彼と再会したときから決まっている。
「……はい。世界で一番素敵な、白いドレスを私に着せてください」