Behave badly
夜が明ける。濃い瘴気に覆われていた路地裏に真白い光が届く。ビルの合間から見え始めた朝日に、青年は目を細めた。
「ようやく朝かよ」
目の前にいた黒い影が眩しい光に姿を消してゆく。
黒のロングコートの裾が舞いあがる。土埃のために薄汚れていた。漆黒の髪が差し込む朝日により蒼く映る。
青年は未だ地面に残った残骸を踏みつけると顔を顰めた。青い瞳に映るものは、闇の世界の住人である。
「――ッたく、手こずらせやがって」
忌々しいと靴底で幾度も消し去る。
ようやく灰となり消えていったそれを忌々しいと靴底で幾度も消し去る。消えていったそれが吹き抜けた朝風に乗り、街の奥へと消えてゆく。
闇の世界の住人――それはこの世界と対となる虚無界と呼ばれる世界に住まうもの――悪魔と呼ばれる存在である。本来ならば、互いの干渉を是非とせずただ平行に世界は進むはずだった。
この世界の住人はもう一つの世界をしらない。地面に横たわるサラリーマン風の壮年の男の傍に膝を折った青年は呼吸を確かめると安堵の息を吐いた。意識を失ってはいるが、とりつかれてそれほど時間が経っていなかった為、外傷は見当たらない。コートの内側から携帯を取り出しコール音に耳を澄ませる。
繋がると同時に名を告げた。
「――上二級祓魔師の奥村燐だ。任務は完了した。一人、悪魔に憑かれた奴がいるから、病院の手配を頼む。――いや、外傷はない。意識を失っているだけで、命に別状はない」
――だが、悪魔はこの世界のあらゆる物に憑依し、干渉する。それは、この世界を我が物とする為あらゆる物、人や動物、自然界に生きる植物にも憑依する。憑依した悪魔はこの世界に住むもの達を脅かし、時には命すら奪う。
そんな闇の住人たちと対抗する者――それが祓魔師と呼ばれる存在である。左胸に掲げられた十字架をモチーフにしたバッチがその証でもある。
青年は胸ポケットに仕舞い込んでいた煙草を取り出すと、無造作に加える。慣れた手つきで火をともせば、煙が朝焼けに染まった空に立ち上った。
口元を覆うように手を添え、深く吸い込めば少しだけ眠気が覚めた気がした。危険な悪魔もいなくなり、彼らが活発に活動する夜は今しがたあけたばかりである。
これ以上、ここにいても役には立たない。
青年は半分ほど減った煙草を放し、地面に落とす。
未だ煙を上げ、赤い光をともすそれを踏みつぶして消せば、黒い跡が地面に残った。
「っし、帰るか」
持っていた銃を腰のホルダーに仕舞い、後は処理班に任すべきだと踵を返した時だった。
突然後頭部に感じた衝撃に目を見開く。
じんとした痛みに顔を顰め、振り返る。何だと怒鳴りつける前に顔が引き攣っていた。風に翻る黒髪が、視界に映った瞬間、青年は後退っていた。
「――ちょっと、何逃げようとしてんのよ」
聞こえてきたのは不機嫌そのものの声。青年は、引き攣りながらも何とか笑顔を浮かべ、声の主に挨拶を返した。
「よ!早いな、出雲。も~参ったぜ、昨日から連続で悪魔討伐でさ~」
困った困ったと人畜無害を装い、頭をかく。
だが、返ってきたのは地を揺らすほどの怒気と急速に襲われる窒息感だった。
「あ~ん~た~ね~!自分の役目、分かってんの!」
襟元を強く圧迫され、さらに怒鳴られる。耳を貫いたのは強烈な痛みだった。思わず耳を塞げば、さらに怒声が響き渡った。
「毎回毎回上への報告が疎かだって、私のところに皺寄せが来てんのよ! もう許さないわよ。すぐさま支部に戻って報告書を書きあげてもらいますからね!」
燐の身体を羽交い絞めにし、引きずりはじめる。
――神木出雲。巫女の血統であり、祓魔師とならんが為共に学び舎で学んだ級友である。團服の前を肌蹴け、銃を持ち颯爽と駆ける姿は凛凛しくもあり、憧れる男も多いと聞く。外見だけを見れば確かに綺麗な女性だと思うが、如何せん中身と言うか性格とのギャップが激しい。大の大人を引きずる女などそうそうお目にかかれるものではない。ない、が。このまま拘束されたままであるなど、男の沽券にかかわる。燐はそっと力を抜くと大人しく従うふりをする。諦めたと感じた出雲が手を緩めたのを見逃さなかった燐は、素早く身を翻し、走り出した。
「わりぃな、出雲。俺は先に帰らせてもらう!」
呆けたまま走り去る燐を見送る彼女に言い放てば、大声で怒鳴り返される。
「ちょっと、待ちなさいよ!奥村燐!――覚えておきなさいよ!」
そんな捨てゼリフが聞こえた気がしたが、耳に届く前に風の中にすてさる。
「ようやく朝かよ」
目の前にいた黒い影が眩しい光に姿を消してゆく。
黒のロングコートの裾が舞いあがる。土埃のために薄汚れていた。漆黒の髪が差し込む朝日により蒼く映る。
青年は未だ地面に残った残骸を踏みつけると顔を顰めた。青い瞳に映るものは、闇の世界の住人である。
「――ッたく、手こずらせやがって」
忌々しいと靴底で幾度も消し去る。
ようやく灰となり消えていったそれを忌々しいと靴底で幾度も消し去る。消えていったそれが吹き抜けた朝風に乗り、街の奥へと消えてゆく。
闇の世界の住人――それはこの世界と対となる虚無界と呼ばれる世界に住まうもの――悪魔と呼ばれる存在である。本来ならば、互いの干渉を是非とせずただ平行に世界は進むはずだった。
この世界の住人はもう一つの世界をしらない。地面に横たわるサラリーマン風の壮年の男の傍に膝を折った青年は呼吸を確かめると安堵の息を吐いた。意識を失ってはいるが、とりつかれてそれほど時間が経っていなかった為、外傷は見当たらない。コートの内側から携帯を取り出しコール音に耳を澄ませる。
繋がると同時に名を告げた。
「――上二級祓魔師の奥村燐だ。任務は完了した。一人、悪魔に憑かれた奴がいるから、病院の手配を頼む。――いや、外傷はない。意識を失っているだけで、命に別状はない」
――だが、悪魔はこの世界のあらゆる物に憑依し、干渉する。それは、この世界を我が物とする為あらゆる物、人や動物、自然界に生きる植物にも憑依する。憑依した悪魔はこの世界に住むもの達を脅かし、時には命すら奪う。
そんな闇の住人たちと対抗する者――それが祓魔師と呼ばれる存在である。左胸に掲げられた十字架をモチーフにしたバッチがその証でもある。
青年は胸ポケットに仕舞い込んでいた煙草を取り出すと、無造作に加える。慣れた手つきで火をともせば、煙が朝焼けに染まった空に立ち上った。
口元を覆うように手を添え、深く吸い込めば少しだけ眠気が覚めた気がした。危険な悪魔もいなくなり、彼らが活発に活動する夜は今しがたあけたばかりである。
これ以上、ここにいても役には立たない。
青年は半分ほど減った煙草を放し、地面に落とす。
未だ煙を上げ、赤い光をともすそれを踏みつぶして消せば、黒い跡が地面に残った。
「っし、帰るか」
持っていた銃を腰のホルダーに仕舞い、後は処理班に任すべきだと踵を返した時だった。
突然後頭部に感じた衝撃に目を見開く。
じんとした痛みに顔を顰め、振り返る。何だと怒鳴りつける前に顔が引き攣っていた。風に翻る黒髪が、視界に映った瞬間、青年は後退っていた。
「――ちょっと、何逃げようとしてんのよ」
聞こえてきたのは不機嫌そのものの声。青年は、引き攣りながらも何とか笑顔を浮かべ、声の主に挨拶を返した。
「よ!早いな、出雲。も~参ったぜ、昨日から連続で悪魔討伐でさ~」
困った困ったと人畜無害を装い、頭をかく。
だが、返ってきたのは地を揺らすほどの怒気と急速に襲われる窒息感だった。
「あ~ん~た~ね~!自分の役目、分かってんの!」
襟元を強く圧迫され、さらに怒鳴られる。耳を貫いたのは強烈な痛みだった。思わず耳を塞げば、さらに怒声が響き渡った。
「毎回毎回上への報告が疎かだって、私のところに皺寄せが来てんのよ! もう許さないわよ。すぐさま支部に戻って報告書を書きあげてもらいますからね!」
燐の身体を羽交い絞めにし、引きずりはじめる。
――神木出雲。巫女の血統であり、祓魔師とならんが為共に学び舎で学んだ級友である。團服の前を肌蹴け、銃を持ち颯爽と駆ける姿は凛凛しくもあり、憧れる男も多いと聞く。外見だけを見れば確かに綺麗な女性だと思うが、如何せん中身と言うか性格とのギャップが激しい。大の大人を引きずる女などそうそうお目にかかれるものではない。ない、が。このまま拘束されたままであるなど、男の沽券にかかわる。燐はそっと力を抜くと大人しく従うふりをする。諦めたと感じた出雲が手を緩めたのを見逃さなかった燐は、素早く身を翻し、走り出した。
「わりぃな、出雲。俺は先に帰らせてもらう!」
呆けたまま走り去る燐を見送る彼女に言い放てば、大声で怒鳴り返される。
「ちょっと、待ちなさいよ!奥村燐!――覚えておきなさいよ!」
そんな捨てゼリフが聞こえた気がしたが、耳に届く前に風の中にすてさる。
作品名:Behave badly 作家名:sumire