監獄島へようこそ!!
折原臨也の生活は単調だった。
朝起きて合成食を口にしながら祖父母から両親と妹たちの様子をモニタ越しに聞く。いつも変わらない。変えようがない。
成長している妹たちに感慨もない。あと数年も経たないうちに臨也のいる学園に入学するらしいが学年が違うので交流もないだろう。いつものように二人宛ての手紙として短い言葉をタイプして渡してもらえるように伝える。優しい祖父母は臨也の電子手紙を勝手に開封することはない。
(アイツら、どんな風に育つんだろう)
双子の妹たちに対する関心はその程度。自分の言葉が他者に及ぼす影響を地道に臨也は観察していた。
監視カメラと白い部屋。
加工品だけの食事に機械が算出した人間関係をなぞる日々。
不毛な徒労にしか感じない。
微笑みながら祖母に妹たちのことを頼みモニタの電源を落とす。人間は好きだったが機械越しで触れ合うのは気持ちが悪い。
この世界は何でもかんでも機械越し。生身で会うと何か問題でもあるというのか。確かに諍いによって肉体を損ねるのは問題だがそうなってしまうのは初めから人間的に問題があるやつがいるからだ。人はそんな簡単に人を殺さない。
(何世紀か前は人を殺さないと辛抱できないタイプの人間がいたって授業で言ってた。けど、快楽殺人者は適当な機械人でも与えて壊させていればいい。人の形を壊したい欲求は結局のところ自殺願望に近い。あるいは崩れない優越感が欲しいんだ)
臨也は愛想笑いではない本心から笑う。
(その点、俺の優位性は動かない。俺にはある)
自分だけの存在を持っている自分に臨也は誇らしくなる。
カプセルの中で寝ている伴侶。
友人も恋人も結婚相手も決めるのは機械だ。
同性同士は子孫を残せないから基本的には禁止されている。
だが、現在は人工子宮や細胞に対する分野の発達で問題視されることは少ない。機械が決めたことなら尚更だ。最高のパートナーとして機械が決定を下すということはその二人は絶対だという証明に他ならなかった。機械に飼育されているようなこの世界に気持ちの悪さを感じながら臨也は微笑むことが出来た。
「俺の方が先に帝人君を見つけた」
確信していた。眠っている少年は自分のものだ。
――竜ヶ峰帝人。
機械から宣告されるよりも前に臨也はあの場所で帝人と出会ったのだ。学園の最奥、機械の大本とされる『最果て』。
難解なパスワードを潜り抜けた先に居た『竜ヶ峰帝人』。
(俺に会うために居たんだ)
臨也は確信していた。信仰に近いのかもしれない。
崩れた世界に馴染めない自己を支える柱。
金属アレルギーの人間に無理やり上から下まで貴金属がついた服をプレゼントされている気持ちの悪さがこの世界にはあった。単純に臨也は機械が嫌いだと言ってしまえばそれまで。
(機械の方が俺を嫌ってる)
これは気付いてからは対処がとれたが当初は気付かなかった。いつも臨也だけが席がなかったり必要なものの個数が足りなかったりする。孤独も孤立もそれ自体はどうでも良かったが原因が機械だと気付いてからの世界に対する嫌悪は計り知れない。気持ちが悪くて、気持ちが悪くて仕方がなかった。
全てに平等な機械。
覆らない計算式。
正しい道筋への指針。
嘘だったのだ。大嘘を大人たちは信望している。
人間が機械如きに使われている。
臨也が苦痛を甘受して学園生活を続けている理由は機械に対するささやかな復讐だ。機械はどうやら臨也を帝人から遠ざけたいらしい。自分で帝人を伴侶に決めておきながら学園から追い出そうとするように臨也の点数を下げるのだ。
(誰がお前の思う通りになるか)
機械と臨也の水面下での攻防など誰も知らない。知られなくて構わない。どんな妨害工作も意味をなさないまで臨也が自力で上りつめればいいのだ。機械も機械で無茶はしない。ちょっとした誤作動程度の茶々入れはあっても根本的な信用がなくなるほどのバグを露見させることはないのだ。臨也がとるべき機械への対策など簡単だった。優秀であればいい。それだけだ。
(帝人君に見合うには――)
これも試練だと愛しい人の姿を思うなら苦しくない。
(目覚めた時に君が喜ぶ世界にしよう)
何の保証もないというのに無邪気に純粋に臨也は自分が世界から機械を駆逐すれば帝人が目覚めると思っていた。
誤解というより妄想と言っていい。
自分の願望が相手の望みだと解釈する。
狂った世界にふさわしい歪んだ思想。
こんな世界ではなく冷静であるならば気付けることも与え続けられるストレスで擦り切れ続けた精神では分からない。
正しさは自分が所属する場所による。
この世界で臨也は臨也を肯定していた。
言葉を交わしたことのない同性へ向ける異常な愛情。
それを真っ当な道へ戻す者はいない。友人ともいえる岸谷新羅もまた、たった一人へ異常な執着を見せていた。恋とはそういうものなのだという刷り込みを誰も訂正できなかったのだ。
作品名:監獄島へようこそ!! 作家名:浬@