夜鷹の瞳4
シェラザードに促されてジャーファルは本を開き、指で文をなぞりながらたどたどしく読み上げていく。シェラザードは本の内容を暗記しているのでジャーファルが間違えたり詰まったりするとすぐに答えを教えてくれる。そうやって最後まで読み終わったらまた頭から。そして全部一人で読めるようになったら今度はもう少し難易度の高い本を読む。日が暮れて文字が見えなくなってきたらそれが終いの合図。シェラザードは娼婦の仕事に行き、ジャーファルは暗殺の仕事に出る。それが二人の日常だった。
ジャーファルは調子よく読み進めていたが、不意に言葉を止め、口を結んだ。
「……シェラザード、ひとつ教えてください」
「なに? わからない単語があった?」
首を傾げるシェラザードにジャーファルは「いいえ」と首を振った。
「なんであの男を殺すのを止めたんですか」
ジャーファルはシンドバッドの瞳を思い出すだけで何度も胃が焼けるような苛立ちに襲われた。今からでも殺してやりたいとも思う。しかし依頼のない殺しは私怨だ。ジャーファルにはそんな殺しをするような無様な自分にはなりたくないというプライドもあり、結局その苛立ちの矛先はシェラザードに向けるしかなかった。
そんなジャーファルの怒りを受け止め、シェラザードは見えもしない空を仰いでつぶやいた。
「あなたのためだから」
一言、さも当然のように言われてジャーファルは頭に血が上った。
「相手が国王だからですか!? 俺はそんなリスク怖くない! 殺しの相手が教皇だろうと国王だろうとやる。それで逆に命を狙われるとしても怖気付いたりしない!!」
「そういう意味じゃないわ。あなたにはあの人が必要よ」
「……なんであなたにそんなことが分かるんですか」
「他人だからよ」
いくら問いかけても返ってくる答えは意味のわからないものばかり。ジャーファルは到底納得できなかったが他になんと問いかければいいのかも分からなかった。ジャーファルが黙り込むとシェラザードはくすりと笑った。
「そんなに気になるなら会いにいきなさいよ」
「はあ!?」
「ジャーファルなら宮殿に忍び込むことくらい簡単でしょ?」
「それは、まあ……。いや、そういう問題じゃなくて会いに行ってどうするんですか」
「話をするのよ。そうしたら彼がどういう人かわかるわ」
これ以上話してもしょうがないと悟り、ジャーファルは深く諦めの息を吐いた。
「……もういいです」
「いい考えだと思うけどなー。まあ、でも、既に縁ができちゃったから放っておいてもきっと何か起こるわよ」
「何かってなんですか?」
「『何か』よ」
シェラザードはいたずらっぽく笑ってジャーファルの髪をぐしゃぐしゃに撫でた。