つながっていた時間 その1
滝沢が姿を消したあの夏の日から1年が立っていた。
「絶対戻ってくる」という滝沢の言葉を信じていたけれど。やっぱり、咲の気持ちにはさみしさと、もしかしたら・・・っていう思いが広がり始めていた。滝沢が自分のことを忘れてしまったとは思わない。そんなヒトではないことくらいわかってる。でも、咲一人のことよりも、もっと大切なこと、もっとたくさんの他の人たちを救うために、自分自身さえ投げ出すことをいとわないヒトだとも、わかっているから。自分と咲だけがシアワセならそれでいいなんて、思うヒトではないって、わかっているから。
（私だけの王子様じゃないから・・・）
滝沢のことを愛してる。それは、一年前のあの夏の日、痛いほど自覚した。でも、同時に、滝沢には自分だけのことにかまっていられない、もっと彼がやりたいこと、やるべきことがあるとも、わかったのだ。
「もしかして、もう、このままずっと会えないのかも・・・」
咲は晴れ渡った夏の空をみあげた。
（この青空、今の私にはまぶしすぎる・・・）
23歳になった咲に恋心を抱く男はたくさんいた。再生した東のエデンのクライアントの何人かはなんとか咲を食事や飲み会に誘い出そうと努力していたし、デザインのテクニックをもっと磨くために最近仕事帰りに通っているデザインスクールでも、数人に声をかけられていた。そのたびに咲はお酒飲めないので、とか、仕事に戻らないといけないので、とか、いろいろと理由をつけて断っていたけれど。時間がたつに連れて、滝沢と会えない寂しさが、どんどん咲の心の中に広がってくのを止めようがなかった。
あれから滝沢は一度も帰ってこない。連絡もない。
（こうして、私、帰ってこないヒトをずっと待ち続けるのかな・・・。）
咲はいつも首からさげているゴールデンリングにさわってみる。このゴールデンリングがある限り、滝沢とのキズナはつながってるって思っていたのに・・・。
「あ～、滝沢くんは、もう私のこと、そんなに大事じゃないのかもな～」
もっと大事なものをみつけたのかも。もっと助けたいヒトをみつけたのかも・・・。
その疑念を口に出してみると、まるでそれが本当のことのように思えて、咲はぎくりとした。今日オフィスで残業しているのが咲だけでよかった。こんな独り言、他の人に聞かれたら・・・
「おい、パン屋の姉ちゃん！」
「えっ！！い、板津くん！？」
もうみんな帰ったと思ったのに、ドアのところに板津が立っていた。
「びっくりした・・・もう、帰ったかと思ったのに・・」
「おう、一度帰ったで。でも、戻ってきた。パン屋の姉ちゃんにやっぱりいわんといけんと思うてのう。」
「え？」
板津は一歩部屋の中へ入ってきた。
「滝沢は帰ってきたで」
「えっ？」
「2ヶ月くらい前、帰ってきたんじゃ」
「えっ？うそ！？どこに？じゃあ、なぜ・・・」
「全治三ヶ月。」
「え？」
「全治三ヶ月の大ケガじゃったんじゃ、ヴィンテージ」
「ケガ？ケガしてるの？滝沢くん！」
「俺一人ここにいるとき、あいつから電話あって。あんたには絶対黙っててくれっていうから、いえんかった。あいつ、ひどい怪我してて、そんな姿みせてあんたに心配かけたくないっていってた。全快してからあんたに会いたいって。」
「そんな！なぜ、そんな大怪我・・・」
「相当ヤバイ目にあってたらしい。何たって銃で何発も撃たれた怪我じゃから・・」
「じゅ、銃で・・・！」
「ああ、まだ歩けんしのう。頭や顔の怪我はだいぶ、よくなったけんのう。」
「そ、それで、どこにいるの？滝沢くん？どうして、教えてくれなかったの？私、ずっと待ってたのに・・・私・・・」
「あんたのこと、歩いて迎えにいきたいっていっとった。松葉杖ついででもいいから、あんたのこと、両腕ひろげて、迎えにいきたいとさ」
「そ・・・そんなこと・・・」
「わしも男じゃけん。ヴィンテージの気持ち、わかるんじゃ。アイツのそういう気持ち、わかったから・・・だから・・・今まで、言えんかった、悪い！」
板津は咲に両手を合わせて頭を下げた。
「とにかく、滝沢くんがどこにいるか、教えて！！お願い！」
「ああ、それを言おうと思って、戻ってきたんじゃ、病院から」
「病院って、滝沢くんのいる病院？どこ？どこの病院？」
「坂下病院。あんたんとこのアパートのすぐ向かいの。」
「え？」
「まだケガ治さないとあんたには会えんっていうとうたけどな、でも、あんたにはものすご～会いたかったんじゃろ。毎日あんたのこと、見れる向かいの病院に入院しちょるよ。窓から、毎日、あんたのこと、みとるで、あいつ」
「えっ・・・」
あまりにも意外な事実に咲はめまいがしそうだった。確かに坂下病院は咲のアパートの斜め向かいにある。そこにずっと、2ヶ月前から、滝沢くんはいたの？！自分のこと、ずっと見てたの！？
「ひどいよ！そんな、そんな近くにいながら・・・・私、何にも知らないで・・・」
咲は涙がこみあげてきた。そんな姿見て、板津は困ったように頭をかいた。
「すまんのう・・・あんたの気持ちがわからないわけじゃなかったんじゃが、アイツの気持ちもわかるもんじゃから・・じゃが、もう、やめた。だいたい、アイツももうやせ我慢しすぎなんじゃ。・・・それに・・・」
「それに？」
「最近、アイツ、なんか元気ないんじゃ。あんたのこと、毎日、毎日、病院の窓から眺めて・・・わしに、エデンでのあんたの様子、あれこれ全部報告させよってからに。それに、あんたの一人言も聞いてしまったからのう・・・」
「あ・・・さっきの・・・」
「あ～、滝沢くんは、もう私のこと、そんなに大事じゃないのかもな～」
咲はそんな疑いの言葉をつぶやいていたのだ。
「おい、パン屋の姉ちゃん！」
「は、はい？」
板津は咲を指差して、決然と言った。
「うじうじ考えてるなんて、アイツには全然似合わんよ。でも、姉ちゃんのことだと、アイツでも、弱気になるんじゃよ。なんだかんだいったって、俺たちと同世代のワカモンじゃけん。アイツだって、スーパーマンじゃないけん。わかってやってくれんかい、そこんとこ。」
「板津くん・・・」
「ヴィンテージはな、毎回毎回、わしと話すたびに、聞くんじゃ。咲はまだゴールデンリングをしてる？ってな。姉ちゃんが、その首にかけてるヤツじゃろ？二人にとって、ソレがどんな意味を持つのか、わしが知る必要ないけどな、よっぽど二人にとって大事なもんじゃろう？だから、アイツ、毎回、毎回、同じこと聞くんじゃろう？」
「あ・・・」
咲は首からさげているゴールデンリングに思わず触った。
「わしには、恋人同士の気持ちなんてわからんけどな、あんたたちが、お互いをものすごく好いちょることはわかるんじゃ。ヴィンテージが、姉ちゃんのこと、すっげー大切にしていることは、わかるんじゃ。だから・・・」
「板津くん・・・」
「わし、悪者になるわ。ヴィンージに恨まれるじゃろうが。かまわん。だいたい、アイツ、格好つけすぎなんじゃ。姉ちゃん、せいぜい、アイツをいじめてやってくれや。」
「板津くん、ありがとう・・・」
咲は涙をぬぐってどうにか笑顔を見せた。
「絶対戻ってくる」という滝沢の言葉を信じていたけれど。やっぱり、咲の気持ちにはさみしさと、もしかしたら・・・っていう思いが広がり始めていた。滝沢が自分のことを忘れてしまったとは思わない。そんなヒトではないことくらいわかってる。でも、咲一人のことよりも、もっと大切なこと、もっとたくさんの他の人たちを救うために、自分自身さえ投げ出すことをいとわないヒトだとも、わかっているから。自分と咲だけがシアワセならそれでいいなんて、思うヒトではないって、わかっているから。
（私だけの王子様じゃないから・・・）
滝沢のことを愛してる。それは、一年前のあの夏の日、痛いほど自覚した。でも、同時に、滝沢には自分だけのことにかまっていられない、もっと彼がやりたいこと、やるべきことがあるとも、わかったのだ。
「もしかして、もう、このままずっと会えないのかも・・・」
咲は晴れ渡った夏の空をみあげた。
（この青空、今の私にはまぶしすぎる・・・）
23歳になった咲に恋心を抱く男はたくさんいた。再生した東のエデンのクライアントの何人かはなんとか咲を食事や飲み会に誘い出そうと努力していたし、デザインのテクニックをもっと磨くために最近仕事帰りに通っているデザインスクールでも、数人に声をかけられていた。そのたびに咲はお酒飲めないので、とか、仕事に戻らないといけないので、とか、いろいろと理由をつけて断っていたけれど。時間がたつに連れて、滝沢と会えない寂しさが、どんどん咲の心の中に広がってくのを止めようがなかった。
あれから滝沢は一度も帰ってこない。連絡もない。
（こうして、私、帰ってこないヒトをずっと待ち続けるのかな・・・。）
咲はいつも首からさげているゴールデンリングにさわってみる。このゴールデンリングがある限り、滝沢とのキズナはつながってるって思っていたのに・・・。
「あ～、滝沢くんは、もう私のこと、そんなに大事じゃないのかもな～」
もっと大事なものをみつけたのかも。もっと助けたいヒトをみつけたのかも・・・。
その疑念を口に出してみると、まるでそれが本当のことのように思えて、咲はぎくりとした。今日オフィスで残業しているのが咲だけでよかった。こんな独り言、他の人に聞かれたら・・・
「おい、パン屋の姉ちゃん！」
「えっ！！い、板津くん！？」
もうみんな帰ったと思ったのに、ドアのところに板津が立っていた。
「びっくりした・・・もう、帰ったかと思ったのに・・」
「おう、一度帰ったで。でも、戻ってきた。パン屋の姉ちゃんにやっぱりいわんといけんと思うてのう。」
「え？」
板津は一歩部屋の中へ入ってきた。
「滝沢は帰ってきたで」
「えっ？」
「2ヶ月くらい前、帰ってきたんじゃ」
「えっ？うそ！？どこに？じゃあ、なぜ・・・」
「全治三ヶ月。」
「え？」
「全治三ヶ月の大ケガじゃったんじゃ、ヴィンテージ」
「ケガ？ケガしてるの？滝沢くん！」
「俺一人ここにいるとき、あいつから電話あって。あんたには絶対黙っててくれっていうから、いえんかった。あいつ、ひどい怪我してて、そんな姿みせてあんたに心配かけたくないっていってた。全快してからあんたに会いたいって。」
「そんな！なぜ、そんな大怪我・・・」
「相当ヤバイ目にあってたらしい。何たって銃で何発も撃たれた怪我じゃから・・」
「じゅ、銃で・・・！」
「ああ、まだ歩けんしのう。頭や顔の怪我はだいぶ、よくなったけんのう。」
「そ、それで、どこにいるの？滝沢くん？どうして、教えてくれなかったの？私、ずっと待ってたのに・・・私・・・」
「あんたのこと、歩いて迎えにいきたいっていっとった。松葉杖ついででもいいから、あんたのこと、両腕ひろげて、迎えにいきたいとさ」
「そ・・・そんなこと・・・」
「わしも男じゃけん。ヴィンテージの気持ち、わかるんじゃ。アイツのそういう気持ち、わかったから・・・だから・・・今まで、言えんかった、悪い！」
板津は咲に両手を合わせて頭を下げた。
「とにかく、滝沢くんがどこにいるか、教えて！！お願い！」
「ああ、それを言おうと思って、戻ってきたんじゃ、病院から」
「病院って、滝沢くんのいる病院？どこ？どこの病院？」
「坂下病院。あんたんとこのアパートのすぐ向かいの。」
「え？」
「まだケガ治さないとあんたには会えんっていうとうたけどな、でも、あんたにはものすご～会いたかったんじゃろ。毎日あんたのこと、見れる向かいの病院に入院しちょるよ。窓から、毎日、あんたのこと、みとるで、あいつ」
「えっ・・・」
あまりにも意外な事実に咲はめまいがしそうだった。確かに坂下病院は咲のアパートの斜め向かいにある。そこにずっと、2ヶ月前から、滝沢くんはいたの？！自分のこと、ずっと見てたの！？
「ひどいよ！そんな、そんな近くにいながら・・・・私、何にも知らないで・・・」
咲は涙がこみあげてきた。そんな姿見て、板津は困ったように頭をかいた。
「すまんのう・・・あんたの気持ちがわからないわけじゃなかったんじゃが、アイツの気持ちもわかるもんじゃから・・じゃが、もう、やめた。だいたい、アイツももうやせ我慢しすぎなんじゃ。・・・それに・・・」
「それに？」
「最近、アイツ、なんか元気ないんじゃ。あんたのこと、毎日、毎日、病院の窓から眺めて・・・わしに、エデンでのあんたの様子、あれこれ全部報告させよってからに。それに、あんたの一人言も聞いてしまったからのう・・・」
「あ・・・さっきの・・・」
「あ～、滝沢くんは、もう私のこと、そんなに大事じゃないのかもな～」
咲はそんな疑いの言葉をつぶやいていたのだ。
「おい、パン屋の姉ちゃん！」
「は、はい？」
板津は咲を指差して、決然と言った。
「うじうじ考えてるなんて、アイツには全然似合わんよ。でも、姉ちゃんのことだと、アイツでも、弱気になるんじゃよ。なんだかんだいったって、俺たちと同世代のワカモンじゃけん。アイツだって、スーパーマンじゃないけん。わかってやってくれんかい、そこんとこ。」
「板津くん・・・」
「ヴィンテージはな、毎回毎回、わしと話すたびに、聞くんじゃ。咲はまだゴールデンリングをしてる？ってな。姉ちゃんが、その首にかけてるヤツじゃろ？二人にとって、ソレがどんな意味を持つのか、わしが知る必要ないけどな、よっぽど二人にとって大事なもんじゃろう？だから、アイツ、毎回、毎回、同じこと聞くんじゃろう？」
「あ・・・」
咲は首からさげているゴールデンリングに思わず触った。
「わしには、恋人同士の気持ちなんてわからんけどな、あんたたちが、お互いをものすごく好いちょることはわかるんじゃ。ヴィンテージが、姉ちゃんのこと、すっげー大切にしていることは、わかるんじゃ。だから・・・」
「板津くん・・・」
「わし、悪者になるわ。ヴィンージに恨まれるじゃろうが。かまわん。だいたい、アイツ、格好つけすぎなんじゃ。姉ちゃん、せいぜい、アイツをいじめてやってくれや。」
「板津くん、ありがとう・・・」
咲は涙をぬぐってどうにか笑顔を見せた。
作品名：つながっていた時間 その1 作家名：なつの