現ぱろ
「劉唐と暮らすのではなかったのか」
「暮らすが?」
公孫勝はこともなげに言うと、コートを脱ぎ捨てた。
「もう、来ないのかと思った」
我ながら女々しいと思ったが後の祭りだ。一度口に出した言葉は悔いたところで取り戻せない。公孫勝がくっと喉を鳴らす。
「さては、私が劉唐に鞍替えしたと、そう思ったのか」
事実であったが、肯定することは矜持が邪魔をした。林冲は無言で顔をしかめる。
「あれは図体こそ一人前だが、まだ子供だ。手を出したら犯罪だぞ」
「なるか。18だろうか」
「17だ。3月の末の生まれだからな」
「春になれば」
「春になったところで、犯罪に違いない。私にあれの幸福な未来まで奪えと言うのか。劉唐にも人並みに恋をして家庭を持ち父親になる権利がある」
「おまえはどうなのだ?」
手首を掴んで力任せに引き寄せた。弟分の幸福の心配をしてやれるほど公孫勝が幸福だとは思えない。
「私はなんにでもなるさ。良い恋人にも、良い夫にも、良い父親にもなれる」
「おまえが?」
「できないと思うのか? 私は役者だぞ。男にも女にもなる私をおまえは間近で見てきただろう」
公孫勝は林冲の手を払い、首に腕を回す。かすかに首を傾けて林冲の目を覗き込んだ。匂い立つような色香が漂う。これに抗える男がいるのか、と思うほどだった。確かに公孫勝は林冲の前で男にも女にもなる。公孫勝ならば良い恋人を演じることができるのかもしれない。だが、
「それは妻子を欺くということではないのか」
公孫勝がわずかに目を瞠り、次いで空気が抜けるようにふと笑った。
「おまえは存外ロマンチストだな。いくら役者でも己の中にないものは演じられない。演技は虚だと思うか? だが、それも確かに私の中にある実だ」
「では、」
では。
間近にある公孫勝の眸を見下ろす。では、公孫勝が林冲の腕の中で見せる顔も、虚ではなく実だというのか。問いを言葉にすることはできなかった。