回り道
――――それは3月14日のこと。
「檜佐木修兵!」
突然呼ばれた自分の名に、俺はびっくりした。だって俺、副隊長だから呼び捨てにされることそんなにないし。なにより声の主が、綾瀬川弓親だったし。
綾瀬川にはそれなりに名前を呼ばれていたが(もちろん用くらいあるからだ)、こんな切羽詰まった声は始めてだった。
俺、なんかしたっけ?
足を止めて、俺は振り返る。
「どうしたんだよ?」
自室へ戻る途中、木々の生い茂る小道。夕暮れの赤い光の中に綾瀬川が立っていた。
長く伸びた影が、俺の足元にまで届いていた。
気晴らしに歩こうと思って、遠回りをした。死神の居住区からは離れた公園だった。どこかの貴族の別邸だったという。今は改装されて、誰でも入れる公園になっていた。
ずんずんと、綾瀬川が近づいてくる。呼び止めたくせにうつむいているようで、俺はまたびっくりした。
「綾瀬川?」
「…よこせ」
俺の前に立って、綾瀬川が言った。
よこせ?
「はい?」
「だからよこせって!」
「何をだよ!?」
「おかえし!」
ようやく綾瀬川が顔を上げた。いらだってるような声に、俺はじっと綾瀬川の顔を見る。影が射していて、その表情はよくわからなかった。
おかえし。
今日は3月14日。
何のことか、知っている。
「一か月前にあげただろ!」
一か月前、俺は綾瀬川からチョコレートをもらっていた。
まあ、バレンタインの贈り物ってやつ。
俺は嬉しかったが、綾瀬川に特別な気持ちがあったわけじゃねえって知っていた。十一番では副隊長が毎年、綾瀬川とチョコレートを作っていた。あまりだと言って、綾瀬川が親しい連中に配っているのも知っていた。
俺がもらったのは今年が初めてだったけれど。それは俺と綾瀬川が最近親しくなったからで。
本当は嬉しかった。
綾瀬川が俺以外にも配っているのが嫌だった。
だが、他の連中がもらったものより俺のチョコレートの方が大きいことが、嬉しかった。斑目すら石粒みたいなチョコレートが3つ入ったのをもらっていたのに、俺のは小さな袋いっぱいに入っていた。
それに、特別な意味を見出そうとしていた。
綾瀬川の態度が変わらなくて、俺は結局特別な意味を見つけられなかったのだが。
手の中のそれを、俺は指で撫でた。
「なんだよ、僕が君からのお返しを欲しがったらおかしいわけ?」
「……おかしくはないけどよ」
遠回りをした。
今日の自分が嫌になったからだ。
綾瀬川に会いたかったのに、避けた。会いに行って、声が聞こえた瞬間帰った。何度も様子をうかがったが、結局俺は綾瀬川に会わなかった。
会えなかったんじゃない。会わなかったんだ。
「いったいどうしたんだ?」
「もういい!」
「綾瀬川!」
背を向けた綾瀬川の手を、俺は掴む。
「檜佐木修兵!」
突然呼ばれた自分の名に、俺はびっくりした。だって俺、副隊長だから呼び捨てにされることそんなにないし。なにより声の主が、綾瀬川弓親だったし。
綾瀬川にはそれなりに名前を呼ばれていたが(もちろん用くらいあるからだ)、こんな切羽詰まった声は始めてだった。
俺、なんかしたっけ?
足を止めて、俺は振り返る。
「どうしたんだよ?」
自室へ戻る途中、木々の生い茂る小道。夕暮れの赤い光の中に綾瀬川が立っていた。
長く伸びた影が、俺の足元にまで届いていた。
気晴らしに歩こうと思って、遠回りをした。死神の居住区からは離れた公園だった。どこかの貴族の別邸だったという。今は改装されて、誰でも入れる公園になっていた。
ずんずんと、綾瀬川が近づいてくる。呼び止めたくせにうつむいているようで、俺はまたびっくりした。
「綾瀬川?」
「…よこせ」
俺の前に立って、綾瀬川が言った。
よこせ?
「はい?」
「だからよこせって!」
「何をだよ!?」
「おかえし!」
ようやく綾瀬川が顔を上げた。いらだってるような声に、俺はじっと綾瀬川の顔を見る。影が射していて、その表情はよくわからなかった。
おかえし。
今日は3月14日。
何のことか、知っている。
「一か月前にあげただろ!」
一か月前、俺は綾瀬川からチョコレートをもらっていた。
まあ、バレンタインの贈り物ってやつ。
俺は嬉しかったが、綾瀬川に特別な気持ちがあったわけじゃねえって知っていた。十一番では副隊長が毎年、綾瀬川とチョコレートを作っていた。あまりだと言って、綾瀬川が親しい連中に配っているのも知っていた。
俺がもらったのは今年が初めてだったけれど。それは俺と綾瀬川が最近親しくなったからで。
本当は嬉しかった。
綾瀬川が俺以外にも配っているのが嫌だった。
だが、他の連中がもらったものより俺のチョコレートの方が大きいことが、嬉しかった。斑目すら石粒みたいなチョコレートが3つ入ったのをもらっていたのに、俺のは小さな袋いっぱいに入っていた。
それに、特別な意味を見出そうとしていた。
綾瀬川の態度が変わらなくて、俺は結局特別な意味を見つけられなかったのだが。
手の中のそれを、俺は指で撫でた。
「なんだよ、僕が君からのお返しを欲しがったらおかしいわけ?」
「……おかしくはないけどよ」
遠回りをした。
今日の自分が嫌になったからだ。
綾瀬川に会いたかったのに、避けた。会いに行って、声が聞こえた瞬間帰った。何度も様子をうかがったが、結局俺は綾瀬川に会わなかった。
会えなかったんじゃない。会わなかったんだ。
「いったいどうしたんだ?」
「もういい!」
「綾瀬川!」
背を向けた綾瀬川の手を、俺は掴む。