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Calvariae Locus

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 童虎が我に返った時、シオンは既に気を失っていた。
 血に塗れ、ぐったりとした姿に慌てて首筋に手を当てたが、温かな体温と共に確かな脈拍が伝わってきて、ほっと胸を撫で下ろす。
 開いてしまった傷の手当をし、汚れた体を清める間も、疲れ果てたように昏々と眠るシオンは、身動き一つしなかった。
 峻烈なまでの輝きを宿す両目が閉じていれば、硬質な美貌も年相応にあどけなくさえ見える。
 本当は、このまま朝まで抱き締めていたかった。
 だがもう二度と自分には、互いの心臓の音を聞きながら誰かと体温を分け合う日は来ないだろう。

 「許せ……シオンよ」

 同じ寝台に横たわりながらも、童虎はシオンを抱き寄せることなく、背を向けたまま目を閉じた。
 もはや人の身ならぬ胸の鼓動を、決して彼に悟られないように。



 深い、泥のような眠りから童虎が目覚めたのは、陽が中天に差し掛かる頃だった。
 体が鉛のように重かったが、ふと横を見ると、寝台にシオンの姿はない。

 「シオン?」

 起き上がった自分の体には、傷の手当がしてあった。
 眠りに落ちる前に簡単な治療はしておいたものの、自分が眠っている間に、こうしてシオンが手ずから包帯を巻いてくれたのだと思うと胸が熱くなる。

 (それにしても、何処に行ったのじゃ……)

 あの体では動くことも辛かろうに──そう思いつつ室内を見回すと、そこには牡羊座のパンドラボックスのみが置かれていて、昨夜並んで鎮座していた筈の天秤座の聖衣が見当たらない。

 「!? まさか……」

 嫌な予感に童虎は寝台から飛び下り、自由にならない体を引きずるようにして白羊宮の奥にある工房に駆け込んだ。

 「シオン!」

 案の定、工房には簡素な長衣を纏っただけのシオンの姿があり、血の臭いが充満していた。

 「何をやっておるんじゃ、シオン。死んでしまうぞ!」

 修復の槌を握るシオンの前で、ボロボロになった天秤座が彼自身の血を受け止めている。

 「シオン、やめい!」
 「──良いのだ、童虎」

 作業を止めさせようとする童虎に視線を向けることなく、シオンは静かに言った。

 「これくらいしか、もはや私はお前にしてやれぬ」
 「……シオン……」
 「天秤座の修復が終わらねば、お前は魔星の監視に旅立てぬ。一日も早く女神のご意志を遂行することが、教皇としての私の務めなのだ」
 「…………」
 「それに──」

 大きく亀裂の入った天秤座の円盾に、シオンはそっと愛しむように手を当てた。
 血に染まった円盾はやがてほの明るい光を放ち出し、傷が塞がっていく。

 「嬉しいのだ。こうしてお前の聖衣に、私の思いが宿るかと思えば……」
 「シオン……」
 「だから童虎、止めてくれるな」

 青ざめた顔でそれでも微笑むシオンに、それ以上何も言うことは出来ず、彼は一人工房を後にした。

 「……──セージ様、ハクレイ殿。貴方がたの強さを、どうかわし等にも……」

 閉めた扉の向こうから響いてくる、再び槌をふるう音を聞きながら、童虎は祈るような気持ちでそう願った。

 せめて自分がここにいられる間だけでも、シオンの負担を減らしたい。
 シオンが工房に籠もっている数日間、童虎は聖域のあちこちに転がる兵士達の遺体を埋葬し、瓦礫を片付けた。
 未だ傷も癒えてはおらず、鼓動を刻まぬ心臓を抱える童虎にとって、決して楽な作業ではなかったが、文字通り命を削るようにして天秤座を甦らせているシオンに較べれば、何と言うこともない。
 陽が落ちて白羊宮に戻れば、力尽き昏倒したシオンを抱きかかえ、寝室に連れて行く日が続いた。



 「──童虎……」

 六日目の夜、眠っているとばかり思っていたシオンがいつの間にか、窓辺に佇む童虎の後ろに立っていた。

 「何じゃ」
 「天秤座の修復は、今日で完了した」
 「そうか……」

 いよいよ、彼をこの荒廃した聖域に独り残して行かねばならない。
 断腸の思いに唇を噛み締める童虎に、シオンは穏やかに言葉を継いだ。

 「別離を思えば、辛くないと言うのは嘘になる」
 「……ああ」
 「だが、ハーデス城でお前を喪ったと思った時に較べれば、耐えるのは遥かに容易い」
 「シオン……」
 「お前が生きて、この地上の何処かにいると思うだけで、私も人ならぬ時を生き抜くことが出来よう」
 「……それはわしも同じじゃ」

 最後の夜。今この時くらいは、彼をこの腕に抱き締めたい──
 童虎は、しかし全力を持ってその衝動に耐えた。
 代わりにシオンの前に跪き、深くこうべを垂れる。

 「天秤座の童虎、明朝五老峰に向けて出立し、百八の魔星の封印を監視する任に就きまする」
 「……ああ。頼むぞ──天秤座」

 自分達の運命は、女神が「生きよ」と命じた時から、もはや己個人のものではない。
 この時代を未来に繋ぐ為の「かすがい」となると、散っていった同胞に誓ったのだ。
 だからこそ別れは、教皇と一人の黄金聖闘士として、果たさなければならぬ。
 口にせずとも、それが自分達共通の決意であったから──



 翌朝の空は、穏やかに澄み渡っていた。
 シオンはこの日初めて法衣を纏った。
 黒き重厚な装束は長身のシオンに良く映えたが、何処か死者を弔う喪服のようにも童虎には思える。

 「さばらじゃ、シオン──」
 「……私より先に死ぬことは許さぬ。これは、教皇命令だ」
 「なかなかに貫禄が出てきたではないか。その法衣、よう似合っておるよ」





 一歩、一歩。この丘を下る。
 降り注ぐ明るい陽射しの中、見送る友を振り返らずに行く。
 聖域を──この地上の全てを、己が目に焼き付けながら。
 もう二度と会うことが叶わなくても、我らの心は一つだと──


 この命が尽きるまで、お前への想いを抱いて、長き茨の道を歩いて行こう。



FIN
Calvariae Locus/ゴルゴタの丘
2012/2/28 up
作品名:Calvariae Locus 作家名:saho