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螺旋

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 あの夢はアスプロスの無念が見せた願望だったのか。
 それとも、私が引き起こす乱への予知夢だったのだろうか。
 私の拳は、夢と同じく真っ直ぐに教皇の心臓を貫いた。
 事切れた教皇から、仮面と法衣を剥ぎ取る。
 さぞかし恨みに満ちた形相をしているかと思えば、人ならぬ時を生き抜いたとは信じられぬほどに若々しく、往年の美貌を窺わせる穏やかな死に顔がそこにあった。
 この老人が、聖域に長く根付いた双子への悪弊を改めなかったこと。
 私ではなく、射手座を選んだこと。
 それらを思い出して憎しみを掻き立てようとしたが、甦るのは私をはじめ聖域の全てのものを慈しんだ、在りし日の姿ばかりだった。
 虚無感に苛まれながらスターヒルから見上げる星空には、はっきりと凶兆が顕れている。
 教皇補佐として数年星見を学んだだけの私にさえ感じる、明らかな「内乱の相」。
 二百数十年を教皇として生きたこの老人に、読み取れぬ筈はなかった。
 それなのに何故、手をこまねいていたのか。
 どうして私が罪を犯す前に、かつての双子座と同様、禍の種として葬ってくれなかったのか。
 私の抱える闇に気付いていたのだと、その口で語っていたと言うのに。

 それとも──これもまた、大いなる神のはかりごととでも言うのだろうか。
 ならば、女神よ。
 貴方が御自ら聖域での同士討ちを望むのなら、私は最後まで道化を演じましょう。




 あの子はいつから、私が教皇と入れ替わっていることに気付いていたのだろう。
 それとも、常に目を閉ざし、この世の真理を見定めようとするあの子には、初めから仮面など何の意味もないものだったかもしれない。
 仮面越しに対面するたびに、私はあの子が私の犯した悪事を白日の下に知らしめ、先代の乙女座のように断罪してくれることを願った。
 しかしあの子はただ黙って教皇としての私の命に従い、任務を果たした。
 幼かったあの子も、いつの間にか美しい少年になっていた。
 長い金髪をなびかせたあの子が、直線的にして優美とも言える乙女座の黄金聖衣を纏う様は、作り物めいて見えるほどに神々しかった。
 その姿はまさしく聖戦の鍵を握る、正義の女神アストライアの星を抱くもの。

 『いずれは先代同様、双子座(俺達)にとって厄介な存在になるのだとしたら、今のうちに芽を摘んでおいた方が得策だろう?』

 『別に消せと言っている訳じゃない。こっちの邪魔をしないよう、手懐けてしまえばいいのさ。今ならお前の自由になるだろう?心も──体もな』

 かつてカノンが囁いた誘惑は、いつしか己自身の内なる声に重なっていた。
 そうだ。天上に飛び去る乙女の翼をもぎ取ってしまえば、あの子は永遠に私の物になる。
 いや──もしもあの子が先の乙女座同様、私に誅戮の拳を向けるというのなら。
 それもまた、本望だ──

 しかしあの子は、悲鳴一つ上げなかった。
 ただ黙って、私の突然の暴挙を受け容れた。

 「……何故だ、シャカ」
 「…………」
 「何故殺してくれなかったのだ……!」

 螺旋状に縺れ合った双子座の呪縛から私を解き放てるのは、乙女座のお前だけであったものを。
 大逆の罪人として裁かれるのなら、他ならぬお前に手を下して欲しかったものを。
 仮面を外した私の目から涙が溢れ、力なく横たわるあの子の白い頬を濡らした。
 教皇を弑し、女神を放逐し、親友に汚名を着せて謀殺した私に、まだ涙など残っていたのかと思うと、不思議だった。
 あの子は腕を伸ばし、そっと私の頭をかき抱いた。

 「サガ……やっと会えた」
 「──シャカ……」
 「乙女座が言うのだ……君が泣いていると。だから、これからは私が側にいる」

 私は、この手で穢したあの子の華奢な体を抱き締め、咽び泣いた。
 これがカノンが示唆した未来だというのなら、あまりに惨すぎる。
 こんなことの為に、あの子を愛したのではなかった筈なのに。
 女神よ──私はどれだけ罪を重ねれば、貴方の御心に叶うのでしょうか。




 「──日本にいるその娘が何故、真の女神だと……?」
 「天馬星座よ」

 聖域で修行していた天馬星座の少年に、私も数回会ったことがあった。
 聖闘士の何たるかなど未だ理解しておらぬくせに、真っ直ぐで、恐れを知らぬ目をしていた。
 神話の時代より、天馬星座の魂は常に女神の傍らに在った──戦史はそう語る。
 歴史は繰り返す。
 長きに渡って待ちわびた、裁きの時が遂にやってくる。

 「地獄に堕ちることを、今更恐れはしない」
 「サガ……」
 「だが、この身が死して尚、女神に仇なすものに成り果てまいか、それだけが気掛かりだ」

 十三年間、纏うことのなかった我が聖衣。
 善と悪──光と闇を宿す禍々しいこの双子座を、謀反の果てに自らの命を絶ち、冥闘士に身を堕としたあのアスプロスもかつては纏ったのだ。
 死後も聖域の秘事を冥王に売り渡し、かりそめの肉体でもって尚も女神に拳を向けた裏切り者・双子座。
 そのの呪われた運命がまた繰り返されるではないかと、私は危惧していた。

 「……戦史にも綴られぬことがある」
 「なに……?」
 「アスプロスも、そしてデフテロスも、役割は違えど女神の聖闘士として、その生を全うしたのだよ、サガ」
 「…………」
 「だから──例え君が……君ならぬものに姿を変えようとも、双子座の聖闘士である宿命に変わりはない」
 「……シャカ……」
 「いかなる時も、私は君の正義を信じよう」

 それがあの兄弟の真実の結末であるのなら──もはや何も思い残すことはなかった。
 あの禁断の書に、私の名が逆賊として記されようとも。
 これから向かう地獄で、如何なる裁きが下されようとも。
 私は最後まで、女神の聖闘士としての生を全うしてみせる。

 「……では万が一、私が女神に再び拳を向けるようなことがあれば──」
 「…………」
 「今度こそ打ち滅ぼしてくれ──乙女座であるお前の手で」

 その時にこそ連綿と続いてきた双子座の呪縛を、断ち切ることが叶うように思えた。




 十二宮の火時計に今、灯が点る──
 私の罪にようやく終止符が打たれる時が、刻々と迫っている。


FIN
螺旋
2012/2/28 up
作品名:螺旋 作家名:saho