【にょたりあ】ビードロと真っ赤な私
庭に行くと、敵国が縁側で足をぶらつかせていました。
私を見つけるとそれはニコニコと笑いました。私にはそれが、此方の事情を全て知り、その上で私を馬鹿にしているようにしか感じませんでした。
「やぁ。怪我は大丈夫だったかい?」
「えぇ、大したことないです。上司たちは……」
「上司たちは話し合い中だぞ」
「そうでしたか。………遅かれ早かれ、受け入れる準備をしているのでしょう。貴方の申し入れを」
「本当かい!俺の上司も喜ぶんだぞ。珍しい物もいっぱい持ってきたんだ。後でいっぱい紹介するよ!」
敵国は両腕を大きく振って喜びました。
仮にも敵国の前だと言うのに、隙も何もあったものじゃありませんか。
この方は私を馬鹿にしているでしょうか。女の身では、自分を倒すことはできないと、過信しているのでしょうか。
怒る代わりに、身体に鈍い痛みが走りました。
胸も頭も……そしてお腹も痛いのです。全身が自分のものでないような痛み。私はどこかに自分の身体を置いてきてしまったのでしょうか。
怒るはずなのに、身体を支配するのは喪失感でした。
「なぁ、日本はミシンとか、天秤とか知っているかい?後それから模型蒸気機関車!俺には小さくてもの足りないけど、きっとビックリするんだぞ!!」
「それは、それは。すごく、楽しみです」
彼は言う。絵空事のような、様々な話を。
だけどそれはきっと、本当なのだろう。その事を私は知っている。
この身体が何よりも、それを知っているのです。
「本当に……すごいです」
とても、とても。すごい。
この国は、もっと成長する。私が瞬きをするほどより速く。敵国が、私を大きく強くしてくれる。大きな犠牲を払って。
「日本……君、泣いているのかい?」
「いえ。国の女たちが、泣いているのです」
私は敵国の前で不様に泣きました。
止めようとしても、涙がポロリと、ポロリと溢れるのです。
本当は気づいていたのです。女たちが泣いているという事を。けれど私はそれを認めませんでした。
何故ならこの国の男たちがそう決めたからです。この国を代表する男たちがその存在を認めなかった。だから私もその存在を認めませんでした。
だけどもう、私は気付かずにはいられませんでした。
私の体は変わってしまいました。それと同時に気づいてしまったのです。
私はそれを、全てを、認めなくてはなりません。
布団にくるまって、嫌だ嫌だと駄々をこねていたあの頃のようにはいきません。
彼は私を抱きしめました。
ハグというものだと、後に知りました。
私は何も知りません。
他国がどれくらい恐ろしいかも、この国の行方も知らないのです。
だけど一つだけ、わかった事がありました。私の痛みが、その事を教えてくれました。
この人の体温は、私と同じようにあたたかい事を。
私は久しぶりに、他人のぬくもりを感じたのでした。
私はゆっくりと、全てを閉じ込めるようにして目蓋を閉じました。視界の端に蠢くビードロもろとも。
作品名:【にょたりあ】ビードロと真っ赤な私 作家名:千米ともち