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比翼連理

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「……」
 シャカは黙したまま、鋭い眼差しで男を射る。男は顔に脂汗を浮かべながら、顔色を失くしていった。
「あ…っと…どうぞ、こちらへ。宮にご案内しましょう」
 男は引き攣った笑いを浮かべながら、離された杖を胸に仕舞うと、手を差し伸べてシャカを案内しようとした。
 その手を、シャカは汚い物でも見るかのように冷たい視線で見ると、縮こまったままの巨人に振り返り、声をかける。
「おい、おまえ。私を運べ」
「や、しかし、それは下賤な……」
「聞こえぬのか?巨人よ、こっちにきて私を運ぶのだ」
 こくりと頷いた巨人の差し出した大きな掌にすとんと軽やかに乗り移ると、巨人は大事そうに右手で抱えあげた。その腕には幾多の傷と出来たばかりの痛々しい火傷の痕があった。
 男のあとを追いながら、どすんどすんと歩み出す巨人の腕にシャカがそっと手を触れると、ぴくりと巨人がシャカを見た。
(おまえはそのまま、あの男に黙ってついていけばよい)
 そう心話で語りかけると、了解の意味なのか大きな単眼を一度瞑り、前を見た。
 ぽうと掌に小宇宙を集中させながら、周囲を見回す。
「まるで、迷路のようなところだな、ここは」
 呟くように言うと、前を歩いていた男が振り返る。
「作用でございますな。ここは迷宮。我々の王に忠誠なき者が入り込めば、出ることの叶わぬ迷宮となるのです。たとえ神々であったとしても」
「ところで、おまえは何者だ?おまえたちのいう王は何をしようとしている?」
「さて、私ですか?私の名を聞いてくださると?誠光栄でございます。私の名はペイリトオス。その昔、冥王が大切にしていた宝を盗もうとして、冥王の怒りを買い、永き時に渡り冥界に繋がれておりました。よもや晴れてこの身が再び地上に戻れるとは。女神に感謝すべきでしょうな、本来ならば。しかし、この身を留めておくためには私は我々の王に従わなければなりません。まぁ、女神への恨みという点を除けば、王と考えは一致していますから。憎き冥王への意趣返しに賛同しましてね、ここに居るというわけですよ」
 ぺらぺらと聞いてもいないことまで話し出す。語るに堕ちるとはこのことを言うのだろうな、とシャカは思った。しかし、まだ肝心なことが聞き出せていない。
「それで?おまえたちの王は何をしようとしているのだ?」
「地上を人間たちの理想郷にして下さると。ティターンの神々が統治し、その庇護の下、我らに飢えや苦しみのない世界を創って下さるというのです。そして、私を再び人間たちの王としてくださると。素晴らしいと思いませんか?」
 うっとりと心酔して語るその口ぶりにシャカは心底呆れた。この男は甘言を信じきっているというのだろうか?
 人間は支配するものでも、されるものでもないというのに。飢えや苦しみは人間が作り出すというのに。憐憫の情さえ起きた。
「ああ、もうすぐ宮へと着きますね。おしゃべりはこれぐらいにしましょう。ティターンの神々もいらっしゃることでしょうから」
 男のいう言葉など全く無視して、シャカは瞑想するように自己の意識に集中した。
 神々が統治したところで、なんら人間にとって良いことなどない。それどころか過去の神々の争いを考えれば、人間にとってそれは最も不幸なことでしかない。
 そのような世迷いごとを、この男や、この巨人たちに信じ込ませることができる王とは一体どのような人物……いや、神なのか。
 世迷い事を嘯く王とやらの本心は一体何を望んでいるのか。女神に恨みを持っているとこの男は言っていた。だとすれば……女神は、アテナはご無事なのだろうか?それに……他の聖闘士たちは?―――確かめねばなるまい。
 彼らの王と直接、対峙せねば。そして、命を賭して、その野望を阻止せねばなるまい。シャカの内なる小宇宙が力強く鼓動を始める。
 その確かな鼓動を感じながら、シャカは薄い笑みを浮かべた。



作品名:比翼連理 作家名:千珠