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その獅子を喰らう獣の名を夜は知らない

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「全くニンゲンの、特に貴方の考えていることは理解し難いですね、獅郎」
「ああ?」
 上等の酒があると呼び出され、教会にある獅郎の自室で杯を傾け始めたのが数時間前。招待を受けたはずなのに件の酒の大方はホストであるはずの男の腹に消え、それに腹を立てたメフィストは、散らかった部屋から彼秘蔵のコレクションを発掘しては‘飲ませろ’‘駄目だ’の攻防を繰り広げて、空瓶を増やしていくという報復に出た。口喧嘩なら言葉を操る悪魔であるメフィストの方に歩があるわけで、何本目かの銘酒を空にされたあたりで獅郎はすっかりへそを曲げた。
 部屋のすみでいじけたように何やら作業をしている背中に向けて、先ほどの発言となったわけなのだが。
「飲むためのものを飲まずに飾っておく行為に意味はあるのですか?まして貴方は飾ってすらおらず、その辺に転がしていたくせに、いざ飲まれるとなると惜しい…。それは一体どういう心理なのです?」
「るせぇなぁ。俺がどういう気持ちでとって置いたとしたって、もうテメェが飲んじまってんだから今更どうでもいいだろうが」
「私一人が飲んだみたいに言わないでください。貴方だって半分以上飲んだじゃありませんか」
「俺の酒を俺が飲んで悪いのかよっ。どうせ開いちまったんだから飲まなきゃ損だろうがっ」
「いや、だから開けずにとっておく真意について尋ねているのですよ」
「男のロマンだっ。お前だって菓子のオマケだの、ガチャガチャだの集めてんじゃねぇか。それと一緒だ」
「私のコレクションは、コンプリートしてディスプレイすることを目的としています。貴方のお酒とは違いますよ。お酒は飲むことを目的としているでしょう」
「あーもー、お前はごちゃごちゃうるせぇな!」
 酒のせいか少し短気になった獅郎が手にした何かを投げつけてくる。難なくそれを受け止めて、メフィストは首を傾げた。
「木の実?」
 獅郎は再び背を向けると作業を再開する。彼の傍らにあるザルの中にはメフィストの手の中にあるのと同じ木の実がぎっしりと入っている。
「そういえば、さっきから何をしているんです?」
 秘蔵の酒を飲まれて拗ねているだけなのだと思って特に気にしてはいなかったが…。
「酒造ってんだよ」
「お酒?貴方は飲むだけでは飽き足らず、密造酒にまで手を出しているんですか?」
「人聞き悪い言い方すんじゃ…って、テメェ分ってて言ってやがるな?」
 椅子の背に肘をついてにやにやと笑みを浮かべるメフィストを軽く睨みつける。
「で、実際のところソレは何なんです?」
「酒だっつってんだろ。まあ俺が飲むヤツじゃないけどな」
「では何のために作っているんです?」
「クロのヤツがコレを気に入ったんで、作り置きしておいてやってんだ。すぐには熟成出来ねぇしな」
「クロ…?ああ、先日アナタが調伏した妖猫ですね。ではこの実は、猫が好むというマタタビですか?」
「喰うんじゃねぇぞ、うまくねぇし、第一まだ青い」
「……もう少し早く言って欲しかったですね」
 ぺぺぺっと、舌を出しながら渋い顔をするメフィストに獅郎が苦笑いを浮かべる。
「お前は悪魔のくせにときどき抜けてるよな」
 立ち上がった獅郎はメフィストの前に歩み寄ると、傍らの酒瓶を手に取る。
「ほら口直し」
 そう言って中身を煽ると、そのままメフィストに口づけた。自分にはない熱い舌にこじ開けられ、続いて流れ込んでくる芳醇な酒の香りにメフィストの意識がふわりと上昇する。
 飲みきれない雫が口端から零れて白い喉を伝い、それを追うように無骨な指先が肌を撫でる。
「ん…っ」
 口内のアルコールがなくなっても獅郎の唇は離れず、より執拗にメフィストの粘膜を嬲る。強引に差し込まれた舌に誘われるまま獅郎の口内に舌を忍ばせると、罠にかかったとでも言わんばかりに白い歯が堪らない刺激を与えてくる。
「ちょ…、獅郎…っ!」
 流石にこれ以上は…と、振り上げた手が思いがけず男の眼鏡をはじき飛ばして、ようやっと横暴な獣の動きが止まる。
「何…っ、なんです、あな…た、突然…」
 未だ整わない息で抗議するメフィストに獅郎は憮然として頬をかく。
「お前がやらしい舌出すからだろうが」
「は?!私のせいだって言うんですか?!」
「そうだ、お前がやらしいのが悪い」
「そういう非論理的な交渉の進め方をするから貴方はいつまで経っても私に口で勝てないんですよ」
「いいんだよ、口以外で勝ってっから」
 自信満々で言い切る獅郎に、メフィストは次の言葉を予想して忌々しげに口を歪める。
「惚れた方が負けって言うだろ、昔から」
「貴方のその自惚れも大概ですね」
「悪魔は欲望に忠実なんだろ。否定すんじゃねぇよ、自分の欲求を」
「間違ってもらっては困ります。我々は否定する快楽の求道者ですよ?私が貴方を愛していることが真実だとすれば、貴方の生も死も等しく私の快楽であることをお忘れなく」
「熱烈だな」
 目の前の男は笑い飛ばすけれど、本当の意味を分らぬほど暗愚ではない。軽く口にしてしまったことをメフィストの方が恥じた。
 この男はメフィストにとって唯一無二だ。
 長くアッシャーに留まり、長くニンゲンと関わってきた。だけど獅郎のような男は一人もいなかった。ヒトにはおよびもつかないような永い年月の中でさえ、こんなにも魂を揺さぶられる存在に会ったことはない。そして自分の魂が尽きるまで二度と会うことはないだろう。
 獅郎だけだ。
 だからこそ、メフィストはらしくなく不安になる。
 この男と自分がやろうとしていることは、確実にこの男の人生を歪め、喰らうだろう。サタンの息子を育てるという、ある意味荒唐無稽な計画は。
 ことがヴァチカン本部にばれれば、現職パラディンと言えども粛清の対象となることは免れ得ない。
(そうなったとき、私は変わらずニンゲン共の組織に留まれるでしょうかね)
 悪魔であるメフィストはある意味感情に忠実だ。愛しい男を殺した組織のニンゲンなど一人残らず八つ裂きにするだろう。それで自分が二百年かけて築いた信頼を反故にし、狩られることになったとしても。
(しかしそれこそ、本来あるべき姿なのかもしれないな)
 人はアッシャーに、悪魔はゲヘナにあって、交わるべきものではない。アッシャーにある悪魔は狩られるのが定め。自分と関わらなければこんな計画に巻き込まれることもなかっただろうに。
「おい」
 不意に獅郎が不機嫌そうに声を上げる。
「なんです?」
「テメェ今何考えてやがった?」
「なんでそんなことを聞くんです」
「物騒な顔してやがる」
「…さて」
 勘の良すぎる恋人にすっとぼけてみせると、獅郎は物言いたげにメフィストを睨みつける。しかしそれ以上何も得られないと判断すると、舌打ちしながら元の作業に戻って行った。
 その背中にふと疑問が湧いて、今度はメフィストが問いかける。
「貴方は何故この計画に手を貸すんです」
「ああ?」
 突然投げられた言葉に獅郎が眉を寄せる。しかし計画と言われて思い当たることなどひとつしか浮かばず、考え込むように腕を組んだ。
 これだけ危険な計画を勢いで決めたはずもないだろうに、今更考えることではないと思ったが、メフィストはおとなしく獅郎の言葉を待つ。