Weird sisters story
Clotho 5
久しぶりだった、こんな朝は。
起きても誰もいなくて、静かな空気が寒くて、妙に思考が冷静になる。
結局、あれから一言も話さなかった。
どっちも無言で、ずっと、そのままで。
「……なにやってんだろ、俺」
溜息と共に吐き出した。
判っていた事だった。
自惚れだと、罵ってくれてもいい。
アイツは、レイは、俺に一度も「好きだ」と、言った事がない。
判っていた。
これは俺が強引に進めた事。
好きになった事をキッカケに、同室になった事をイイコトに、無理矢理に口付けた。
ただレイは憐れみで、同情で付き合ってくれていただけに過ぎないのに。
寂しいなんて思ってはいけない。
なのにこの想いは暴走する。
アスラン・ザラ。
レイが付き人になったあの人に、話さえした事の無いのに嫉妬している自分に気付く。
取られたくない。
ハッと瞬いた。
小さく舌打ちしてベッドから地に足を着けた。
取られたくない、だと。笑わせる。
最初から、レイは俺なんかのものじゃないのに。
レイは自分より少し大きな、しかしそれほど変わらない様な背中を追いかけている。
アスランからは何処へ行く、との目的は特に発せられずこのようについて行っているのだ。
道を知っているかのような足取りに軽く驚いたが、昨日渡したデータにはこの建物の構造データも入っていたから、それを参考に歩いているのだろう。
かなりな量だが、彼の能力を考えればそれくらいの情報処理は容易い。
アスランの部屋がある西棟から東へ、本棟に着くとエレベーターで地下まで降下する。
ここまで来ると流石に見当がつく。
(トレーニングブース?)
眉を顰めると、アスランが部屋前の表示を見て足を止めた。
「ここだ」
「…腕でも鈍りましたか?」
嫌味、だとかそういうのは一切なしで本心からそう問いかけると、アスランは困ったように笑って言った。
「そうだな…久しぶりだし、軍に入るのなら基本は抑えておきたい」
「貴方の射撃の精確率はかなりなものでしたが」
「君が知っているのは以前まえのデータだろう?」
アスランは足を進め、「shooting range」のドアを開き中へと入った。
少し遅れてレイも倣う。
「…驚いた、全く変わってないんだな」
「元より最善のシステムで構築されたターゲットですので」
懐かしそうに一式を取り出す様に、システムのスイッチを入れたレイが手を貸す間もなく着々と準備が進んでいく。
「君の最高クラスは?」
「SSです」
感触を確かめていたアスランが驚いたように振り返った。
「凄いじゃないか」
「貴方もでしょう」
呆れたように言い返すと、目の遣り場に困ったのか視線を彷徨わせた。
「まぁそうだが…多分鈍ってるだろうな」
諦めたような笑みを一つ。
ガチャリとセーフティを外す音が聞こえ、それを開始の合図と見て取った。
「ターゲットタイプは?」
「君の好きなものでいいよ」
レイは少しだけ唇を引き結んだ。
こういった返答は苦手だった。
己に好き嫌いの分別が無いからである。
キーを操作する指に、ふと懐かしい記憶が蘇った。
「ばっかレイお前、AじゃなくてDにしただろ!」
「戦場では己の描いた通りに万事進むとは限らないぞ」
「だからって俺の苦手なやつにしなくてもいいだろ!このデータが俺の基礎値として議長のトコにいくのに!」
「いいじゃないか。二等兵から始めるのも」
「駄目だって!それじゃあ俺、お前と一緒に居れな……」
「……は?」
「いや、なんでもないよ…」
一瞬の衝動で、レイの指はDランクのボタンを押していた。
ブザー音が鳴ってアスランが外界の音を遮断し、両手で構える。
様々な方向、位置、角度からターゲットが現れる。
赤いものは敵、青いものは味方。
すなわち青いターゲットを撃つと誤射とされマイナスとなる、判断力、集中力等、かなり高度な技術を要するタイプだ。
しかしアスランはどうだろう。
モニターに映る着弾データはいつかの彼・とは比べ物にならない代物だ。
終了の音が聞こえる。
ふぅ、と息をついたアスランが銃を置いてこちらへ来た。
「結果は?」
「SSです。完璧な射撃で…」
「いや、一箇所少し外れた」
覗き込むように指で指し示す。
「ここだ」
見れば、確かに着弾点が中心点から斜め右下にずれている。
しかしそんなもの数ミリの世界であって、ほぼ問題ないレベルだ。
「やっぱり、腕が落ちたな」
直ぐ隣で笑う気配がして、レイは顔を向ける。
間近で見えた青碧の瞳を、初めて見た気がした。
作品名:Weird sisters story 作家名:ハゼロ