Weird sisters story
Lachesis 3
画面に映し出される、点滅する三つの赤い点。
場所はここより南に位置する地球軍基地、オーブ。
ギルバートは腕を組み、机に凭れた。
と、その隣に真っ白なカップが置かれる。
「38時間経った」
レイは不意に紡がれたその言葉さえ気にもせず、褐色の液体を注ぐ。
独特の香りが部屋中に広まった。
「オーブですか」
それだけ答えると、ギルバートは脇に置いていた資料を手にする。
「今頃はメンテナンス中だろう」
「ナチュラルであの量の情報処理には相当時間が掛かるかと思われますが」
「好都合だね」
三つの機体情報が書かれた文面に目を通しながら、カップを手にする。
「だが、あちらがブラックボックスに気付かない保障はない。なるべくなら急いだ方がいい」
「心配ありません」
言い切ったレイへと、ギルバートは書類を手渡す。
目を落せば、例の強奪された機体が置かれている場所の詳細が示されていた。
新型を開発するに当たって、レイが密かに組み込んでいた特殊な発信機によるものだ。
「整備班は他の仕事に掛かりきっています。よってファントム程度の修理に割く人材もありません」
「君に任されているという事か」
「エラーコードは判っています。完了する時間も任意に決められますが」
「いや―――」
ギルバートは軽く言葉を切る。
不思議に思い、レイは顔を上げた。
「そこは君に任せるよ」
レイが数回、瞬きをする。
驚いているのか、困惑しているのか、いや、その両方だろう。
「それでは、」
「君にも、何かと都合があるだろう?」
細められる瞳。
口元は、僅かに笑みをつくる。
「決まったら、どんな方法でも構わないから私に教えてくれ。いつでも手筈は整っているからね」
レイは頷けない。
どうしてこの人は、迷わせる余地を残すのだろう。
もういっそ、突き放してくれた方が楽なのに。
それがギルバートの精一杯の譲歩であると知らず、レイは憮然としながら顔を上げた。
「――わかりました、出来る限り早めにします」
「そうしてくれ。こちらも、中々忙しくなってきてね」
何かを含ませる響きに、レイは疑問を顔に表す。
読み取ったギルバートは、ふっと微笑んだ。
「こそこそと嗅ぎ回る鼠も、世の中には居るものだよ」
「…………どうなさるんですか?」
「さぁ、どうだろうね。たいてい人は、自分に害のないものには何もしないだろう」
そう言ってギルバートは、注がれたコーヒーに口をつけた。
もう夜半を過ぎている。
夜間勤務の整備士が仮眠から起き上がり、重い瞼を擦りながら修理に取り掛かる姿が見られた。
レイはザクファントムのデータファイルを立ち上げ、確認する。
―――自分が起こしたのだ。エラーしている箇所など把握済みだ。
あの騒ぎの中、わざわざ故障した原因を探ろうとする者など先ず居ない。
指先で修復コードを打ち込みながら、レイの中を様々な想いが駆ける。
どうにも振り切れなくて、小さく溜息をついた。
いつから自分は、こんなにも弱くなってしまったのだろう。
己が負うと決めた運命を知った時からだろうか。
そっと、目を閉じる。
脳裏に浮かび上がるのは優しい顔。
指先に残る暖かな温もり。
だがそれらは一瞬にして拭い去られる。
青碧色と、真っ赤な瞳に。
ハッとして覚醒すると同時に、名を呼ばれた。
「レイ」
驚いて、コントロールパネルを退けハンガーに目を落す。
ルナマリアが、こちらを仰いでいた。
それに小さく息をつくと、リフトに乗り移り下へ降下する。
「何だ?」
リフトが停止する音と共に尋ねると、腰に手を当てた彼女は溜息と共に返した。
「シン、知らない?」
ピクリ、誰にもわからない程度にリフトにかかるレイの指が跳ねる。
「さぁ、俺は知らないが」
「どこ行ったのかしら…」
「何か用でもあるのか?」
わざわざこんな遅い時間に探すほど。
ルナマリアは少し唸った後困った表情をする。
「アタシじゃなくって、マユちゃんがちょっとねぇ」
「彼女がどうかしたのか?」
「ホラ、軍に入って初めての実戦だったでしょ?」
と口を開くルナマリアの腕には、まだ取れない包帯がある。
いきなりあれ程大きな強奪、そして戦闘はかなり精神的なショックを強いられたらしい。
「それで、いろいろ心配になってシンに会いに行ったらしいんだけど…いないんだって」
レイは無言で目を見開く。
「部屋にも、か?」
「そうね、心当たりがある場所は一応回ったらしいのよ」
ホント、どこ行ったのかしら、とルナマリアは顎に手をやる。
レイはただ、己の推測に眉を寄せた。
まさか、何て思いたくもなかった。
コールボタンの目の前で立ち止まる。
そっと、ボタンを押す。
呼び出しの電子音が鳴り、名乗ろうとした矢先に声が掛かった。
「開いてるぞ」
確かめもしないのに、とシンは半ば苦々しい顔をする。
「失礼します」
ドアを開け、部屋に入ると同時に響く憮然とした声。
「何時だと思ってるんだ」
「どうせ、眠ってなかったんでしょう」
「これから寝るつもりだった」
大量に束ねられた紙を机に放り投げ、その人は欠伸を零す。
「全く、恩知らずな奴だ」
「感謝はしていますよ」
「ではなんだ、今日は日頃のお礼でも言いに来たのか?」
シンはすっと顔を上げる。
目の前に座る人を見据えながら、口を開いた。
「あいつは…レイは、一体何をしようとしているんですか?」
教えてください。
そう告げられた言葉に、トダカは薄く笑っただけだった。
作品名:Weird sisters story 作家名:ハゼロ