Weird sisters story
Lachesis 9
内心、レイは辟易していた。
鉄格子の少し内側に、冷え切った料理。
そして外には、苛々している様子の少年の姿。
「お前、いいかげんにしろよ!」
他に人影のない営倉だから、怒鳴り声はやけに大きく聞こえた。
「おい!」
呼びかけても、答えない。
レイがここに入って、4日が経っていた。
捕囚用のトレイの中身は、一度だって減っていた事がない。
水分さえ取っていない。常人なら、もう既に息絶えている。
反応のない捕虜に舌打ちして、アウルは忌々しげに口を開いた。
「死ぬ気?それだったら、あいつらが来て注射するから、無駄だぜ」
レイは片膝を立て瞑目している。
その瞳がアウルを捉えたのだって、初めて会ったあの時のみ。
「…クソッ!」
蹴られたのか、ガチャンと音を立て、揺れる鉄格子。
そのままドアへと向かう足音も響いている。
小さく息を吐いた。
何故あの少年が逐一捕虜の面倒を視ているのかが不思議だ。
前もって得ていた情報によれば、彼はパイロットの筈だ。
彼が、この営倉に入れられて初めて食事トレイを回収しに来た時から、この無益な問答は続いていた。
どうやら、わざわざ来てやっているのに毎回食事が減っていない事に腹を立てているらしい。
始めはからかっていたのだが、3日も過ぎると怒鳴り始めた。
恐らく、「次に来る時までに絶対に食べろ」という彼の指示を無視しているからだろう。
自分の思い通りにいかない事が悔しいのか、あちらも躍起になっている。
だがレイとて、何時までもこのような事をしていられるわけがない。
(次、か…)
そろそろ、いいだろう。
これ以上は寧ろ逆効果になる。
レイの瞳は、下げられなかったトレイを見つめていた。
ドアが開くと同時に、見るからに苛立っている様子のアウルが入ってきた。
「クソ!あいつ…!」
「また食べてなかったのか」
図星だったらしい。青碧色の瞳に盛大に睨まれた。
「ネオ、あいつほんとに死ぬぜ」
「さぁ、どうだろうな。そんなに馬鹿ではないはずだが…。ザフトの軍人は何考えてるのか、わからんね」
苦笑交じりに返すと、更に頭にきたのかアウルが詰め寄ってきた。
「だから僕に鍵貸せって言ってるだろ!」
「そんな事したらお前、無理矢理食わせるつもりだろう。相手はあのレイ・ザ・バレルだぞ」
「それが何だよ!」
まるで今直ぐにでも飛び掛ってきそうな気迫に、ネオは溜息をついた。
通常、捕虜の世話は雑務として下級兵士に任せるものだが、今回は一応、今まで痛い目に合わされてきたレイを警戒してアウルに頼んだのがまずかった。
どういうわけかレイは全くアウルに取り合わないらしい。
この間様子を見に行った時は別段変わった様子もなかったし、端的なものだったが会話もした。
その事をまたアウルが知って、更に拍車を掛けてしまったようだ。
アウルから目を逸らせたネオは、手にした書類を再び眺めた。
「いい加減、諦めたらどうだ?どうせもう直ぐ上からの回答が来る」
「イヤだね。あれほどムカつく奴は一発ぶん殴らなきゃ気がすまねぇ」
「あのなぁ、お前にはまだ他にやる事があるだろう」
「アビスならあいつらがいつもカンペキにしてるだろ?」
「そうじゃなくて、データ分析の方だ。スティングもステラも、もう2ndステージまで終わってるぞ」
言うと、今まで睨んでばかりだったアウルが顔を背ける。
少しだけ眉が寄っていた。
「あれ、面白くねーもん」
「面白くない?何がだ?」
「敵が弱すぎ」
「…当たり前だ。まだ基本的なデータさえわかってないのに、最大ポテンシャルの状態でテストなんて出来るわけないだろう」
聞くのも嫌になったのか、アウルはとうとう背を向けてしまった。
「アウル」
「…わかったよ。やればいいんだろ?」
心底嫌そうに返される。
そのままドアへと向かうが、出て行く直前になって振り返った。
「これが終わったら、鍵、貸してもらうぜ」
「アウル!」
ニヤリ、と笑みを残してドアが閉まる。
「全く…」
ネオは盛大に、溜息をついた。
久しぶりに明るい光の中に出て、一瞬だけ目を眇める。
徐々に明瞭になってくる視界には、不躾な視線を送ってくる人々が映った。
それに取り合わず、シンはさっさと足を進める。
と、通路の間から知った顔がひょっこり飛び出てきた。
「シン!」
「ヴィーノ、どうしたんだ?」
「どうしたって、お前が今日営倉から出てくるって聞いたから様子見に来たんだよ。あーでも元気そうで、よかったよかった」
同僚に背をバシバシ叩かれながら、シンは短くお礼を言う。
命令無視から始まるシンの罪状は、全て不問になった。
あれだけの事が何故、一切咎められなかったのかシンは知らない。
ただ、出ろと言われたから出ただけだ。
「ヨウランとか、ルナとかは今忙しいから来れないって。あいつらもお前の事心配してたよ」
「そっか。心配かけて悪かった」
「俺に謝るなって。何かシンから謝られるの、気持ち悪い」
「なんだよそれ」
久しぶりに交わす談笑も懐かしく、思わず笑みが零れた。
その仕草に、そう言えば笑ったのも久しぶりだったと感慨に耽る。
「あ、あとさ、お前の…マユちゃんだっけ?も、かなり心配してたよ。営倉って上官クラスじゃないと入れないから、顔も見れないし」
「マユは元々心配性だから、余計………」
シンの言葉が不自然に途切れる。
隣を歩いていたヴィーノが呼びかけてみるが、シンの視線は前方に注がれていた。
ヴィーノもそれに倣い視線を前に遣る。
「あ……」
アスラン・ザラが、そこに居た。
シンは口を引き結び、歩き出す。
「無事、釈放だそうだな」
横を通り抜けようとしていたシンへと、声が掛かった。
足を止め、背を向けながら口を開く。
「おかげさまで」
「インパルスには、引き続きお前が乗る事になった」
シンは無言で答える。
その場に居たくなくて、再び一歩踏み出した。
「もう一つ、言っておくことがある」
カツン、と足音が止まった。
「今日からお前は、俺の直属の部下だ」
「、え…?」
思わず、振り返る。
しかしアスランは背を向けたままで。
「通達は以上だ」
それだけ言うと、驚きに固まるシンを残し、アスランは通路の向こうへと消えて行った。
作品名:Weird sisters story 作家名:ハゼロ