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さよならメモリーズ

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「もう泣くなって」
「だって、だっでえええ……」
「鼻水垂れてるぞ、ティッシュ使え」
「あ、ありがどう゛……んく、ん……」
「あーあー、シャツにまで」
「いいのよお、今日が最後なんだがらあ……最後?最後?!ああ、今日がもう最後なんだあ……うええええん」
「だからさっきから言ってるだろ、今生の別れじゃないんだぞ」
「でも、会えなくなるのは一緒じゃない!」
「会おうと思えば会えるだろ」
「なによぞれえ、適当なごどいま言ったらごろずわようっ」
「適当じゃねえ。だからいい加減離せよ、な?」
「あははー、もっとやれ!!!」
「こらマリア、お前なにを言ってるんだ?!」
「やっぱり適当じゃないのよおおお!うええええええーーーん、ごばどぢゃんんんんんんん」
 抱きしめられた、というよりふたつの贅肉の塊に押し潰された当の羽瀬川小鳩は、ほとんど気を失っていた。や!といつものように声を張り上げることさえしない。兄たる小鷹も一応助けようとはしているが、胸のふくらみに挟まれた妹を見るたび顔を赤くして逸らすので、まったく役に立ってはいなかった。
 いつものように部室のソファに足を組んで腰掛けていた夜空は、大きなため息を吐いた。
 話題以外に、部室にいつもと変わった兆候はない。小鳩がひっつかれて嫌がり、それを小鷹が止めようとして出来ず、マリアが三人の周りを跳ね回り、理科は面白そうに、幸村(いつものメイド服を身につけている)は無表情で眺めるばかり。
 卒業式の余韻に浸る気はなかったし、そもそも浸るような余韻を夜空は持ち合わせていなかったのだけれど、それでもすこしだけ、違和感が頭の端に引っかかっていた。
 3月9日。本日をもって夜空と小鷹と、おまけに星奈は聖クロニカ学園を卒業した。
「あの、夜空先輩、あれは流石に止めだほうがいいんじゃ」
「お前、あの間に入ってみるか?」
「遠慮しておきます」
「おふたりとも、お茶をどうぞ」
「ああ、ありがとうございます幸村くん」
「観戦していても、小腹はすくでしょう。お饅頭など、いかがですか?」
 なのに夜空には明日も部室に自分がいるイメージを捨てられず、傍観者三人の間には、のんびりらした空気すら流れはじめている。
「なんだ、用意がいいな」
「卒業式の手伝いで、紅白饅頭をいただきました」
「なるほど。いただきますね、幸村くん、夜空先輩」
「わたしにことわる必要はないだろう」
 結果から言えば、夜空が部長を勤めあげた代の隣人部は失敗だった。友達を作るという大義名分は少なくとも卒業する三人の間には果たされず、かといって夜空が小鷹をここクロニカ学園にて見つけた日から持ち続けてきたささやかな願いも叶わなかった。
 もっとも、後者について言えば、4月にはふたりは同じく地元の国立大学に進学することになっているから、夜空はまだまだ諦めるつもりはなかった。
 なにしろいま号泣しながら小鳩にすがっている邪魔者の星奈はひとり上京することになっているのだから。
「あ、これ、美味しいな」
「ですねー。あんこの甘さなんかもちょうどよくて皮がもちもちです」
「どこのお店のものなのでしょうか」
 だから夜空は今頃、楽になった軽い気持ちで部室を眺められるはずなのに、たとえば明日来てみたところでこの空間は保たれていないであろうことにどこかでいらついている。
 保たれはしないものの、幸村は快く、というより進んで部長役を引き受けたので、来年小鳩が入部すれば部員数は最低限の3人、つまり隣人部は少なくともあと一年長らえられる。理科が卒業したあとは、夜空にはもう随分先のことに思えて想像出来なかった(アニキの跡を継ぎます、と気合を入れている幸村は結成されつつある中等部の小鳩親衛隊に期待しているらしい)。
 温かい緑茶を一口含んでゆっくりと飲み込む。縺れ合う4人から目を離し、ゆっくりと部室を見まわしてみる。古いものの心地よく使い込まれたソファ、ところどころやたら高級感を漂わせるテレビ台まわりの電化製品、英語でない外国語のロゴが印刷されたコーヒーメーカー、黄ばんだカーテンをはためかせるやわらかな春の風。受験の追い込み期には理科も含めた三人がかりで小鷹を教えた名残の、参考書がまだ何冊か窓際に置かれている。
 名残惜しくはない、けれど心地良かったことはどうやら認めなければならないらしかった。
 なぜか戦国武将の話題で盛り上がりはじめた理科と幸村に辿り着いた視線を自分の手元に戻す。いつの間にか小鳩が解放されていたのだった。綺麗にアイロンがかかっていた袖で容赦無く顔をごしごしと拭いた星奈は布地についた色で自らの、気合を入れたのだろうナチュラルメイクがすっかりはげたついでに鼻水がついたおぞましい形相にようやく気づいたらしい。音もなく悲鳴を上げるやいなや鞄を引っ掴み部室を飛び出してゆく。
 今更見送る者もなく、夜空の後ろで理科と幸村のおしゃべりは続けられ、所在なさげにマリアがぺたりと絨毯に腰かけてテレビゲームをはじめた。目を回した小鳩をソファのもう片端に横たえた小鷹が、
「なあ、あれ追いかけたほうがいいよな」
「無駄足になるだけだ。やめておけ」
「けど、さすがに……いや、残念なことは残念な行動だったが、あれでも星奈のやつは……」
「小鷹」
「なんだ?」
「あれを見ろ」
 指差すまでもなく顎をしゃくってやる。
「ああ……」
 小鷹はゆっくりとドアに歩み寄り、腰をかがめて黒い紙筒を拾い上げた。ついでに扉を閉めてしまう。
「肉といえども、卒業証書を置き去りにはしまい。化粧直しが終われば戻ってくるだろう」
「化粧直し?」
 聞き返しながら椅子を引いて小鳩の前あたりに座る。
「そのためにわざわざ鞄を持っていったに決まっているだろう。それより小鷹、さっきの言葉の続きはなんだったんだ?」
「さっきの続きって、どれのだよ」
「『あれでも星奈のやつは……』。あれでも肉のやつが、どうしたんだ?」
「どうって……」
 口ごもる指が、汗に濡れた幼い額に張り付いた前髪を払って小鷹が妹を見るふりをしている隙に、夜空はとっくりと彼の横顔を眺めた。今でもすこし慣れない。目付きの鋭さではなくて、変わってしまったことに。
 思ってもみなかった再会を再会だと明かした日を夜空はまだすこし後悔していた。時間ばかりかかって近づけずに馴れ合いを積み上げてきた結果生まれた胸の痛みを連れてきたのもまた、あの日の告白だったから。
「どうしたんだ?」
 上履きを見つめたまま声を重ねる。
「夜空、お前機嫌悪いのか?」
 それに、星奈――柏崎星奈。
「機嫌は悪くない。お前の答えで今更悪くもしない。だから話せ。さあ、小鷹」
 彼女の入部があまりにも早い誤算のはじまりだったと夜空は思う。恥ずかしげもなく小鷹に近づき、部室中に特有の残念なエネルギーを撒き散らしてちっとも悪びれない。そうしてはためにも分かりやすく小鷹を慕う彼女を、小鷹もまた少なからず気にしている、今目の前で繰り広げられているような場面に出会うと、夜空の心は自ずと沈んだ。
作品名:さよならメモリーズ 作家名:しもてぃ