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Those simple things

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「宍戸さ~ん」

鳳が呼びかけても、遥か前を走る先輩は振り向こうともしない。
校外を巡る、二人揃った走り込みの最中に鳳があまりに宍戸に声を掛けすぎたためだった。
それも平生の言葉なら宍戸も普通に受け止めたに違いない。しかし。

『宍戸さん』
宍戸と並んで走りながら鳳は言った。口調はいかにも真摯だ。
『なんだ』
宍戸はその調子に気おされて、練習中といえども耳を傾けずにいられない。だが。
『宍戸さんが好きだ…!』
続く言葉は、宍戸の混乱を招かずにはいなかった。
『お前は時と場所を弁えろ!!』
そう言い捨てると宍戸は見事な加速で瞬く間に消え去った。
…確かに、鳳の言葉は練習中という時と場所を考えると、適切とは言えなかった。今や宍戸は、鳳を振り払うためにただ前へ一目散だ。

宍戸はそういう言葉をかけられることを嫌がった。
(言葉じゃない…とかそういうタイプなんだ、あの人は)
鳳は宍戸の心情をよく理解していた。
…しかし、こういう単純なことが愛を深くするんじゃないかなぁ。
口にして伝えられるものならば伝えたい。分かって貰えるなら本望だ。
鳳は一途だった。悪く言えば思い込みが激しい…というかアホなのだ。

「宍戸さん!」
(また来やがった…)
鳳の声に、宍戸は後ろを振り向いた。
「宍戸さん…なんで逃げるんですか!!」
(逃げてるわけじゃねーんだけど…)
走り込み。最も疲労を招くトレーニングの最中はいくらなんでも勘弁して欲しい。宍戸は惰性のように足を動かしながら思った。
ここは一つ、先輩としてきつく言っておいた方がいい。
「…じゃあ、言うけどな」
「はい」
真剣な鳳の目に向かって宍戸は言った。
「お前、目がヤバイからやだ」
「ええッ…?」
作品名:Those simple things 作家名:りょくや