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らんぶーたん
らんぶーたん
novelistID. 3694
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小説インフィニットアンディスカバリー

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 が、男はリュウカの声を無視したまま、その口元を歪ませた。それに呼応したように飛び出した無数の鎖が青龍に殺到し、逃げる間を与えずにその巨体を絡め取る。もがく身体に食い込んだ鎖は、出血の代わりとでも言いたげに赤く鳴動している。言葉にならない咆哮を最後に、青龍は沈黙した。
「青龍は直にいなくなる。神官殿、そなたももう用済みだ」
 男がリュウカを一瞥する。それに反応した背中の鎖が一本伸び、そして、リュウカの腹を貫いた。



「カペルー、どうなってるんだよー」
 背後からルカの声がした。二人が通路から出てこようとしている。
「ルカ、来ちゃ駄目だ!」
「何で……パパ!」
 カペルが制止するのもむなしく、二人はリュウカの姿を見てしまった。父親を呼ぶ声と同時に二人が柱の影から飛び出した。気づかれた。
「……誰だ」
 仮面の男がこちらを一瞥すると、リュウカを突き刺していた鎖が反転、こちらへと一直線に伸びてくる。
 覚悟を決める時間もなく、カペルは飛び出さざるを得なかった。同時に剣を抜き払い、ロカの目前まで伸びた鎖を間一髪で跳ね上げる。
「ほお、これは英雄殿ではないか。何故、このような所においでかな?」
 わざとらしく驚いてみせる男は、仮面の下に笑みを湛えている。カペルを光の英雄と間違えていてなお、この余裕だ。いったい何者だ?
 いや、今はそれよりも……。
 リュウカが震える手をこちらに伸ばしていた。取り押さえていたトロルの手から解放され、自らの作った血だまりに突っ伏している。
「……ルカ……ロカ……逃げなさい……」
「パパ!」
 リュウカさんはまだ生きている。でも、どうしたらいい。相手が自分を英雄と間違えている間に何とかしないと……。慣れない状況に思考が空回りし始めたせいか、男の異様な雰囲気にのまれたせいか、カペルは不用意にも叫んでしまった。
「リュ、リュウカさんを離せ!」
「……ふむ。牢を抜け出してブルガスに行ったのかと思えば、なるほど……これは面白い」
 笑みの裏に隠されていた警戒の目が消え、正真正銘の余裕の笑みが男の顔に浮かび上がる。
「パパをはなせ!」
「どうしてこんなひどいことするの!」
 ルカとロカの声を無視して、仮面の男はカペルを舐め回すように見続けている。その視線に身がすくみ、カペルは動けずにいた。
「……サランダ」
「はい」
 仮面の男に寄り添う赤いドレスの女が答えた。
「帰るぞ」
「よろしいので?」
「うむ。いずれにせよ面白い事になる。……いや、その"英雄"殿に執心しておる愚物がおろう。やつに任せる」
「わかりました……ふふふ、坊や、運が良いね」
 仮面の男に細い顎を撫でられながら、サランダと呼ばれた女はカペルを値踏みするように見つめている。
「ヴェンバット。あとは任せたよ」
 女がそう言うと、リュウカを取り押さえていたトロルを残して、封印軍の全員が消えた。その跡には、黒く光る空間の歪みがガスのように揺れている。
 あれはいったい何者なんだ……。
 

「グフフフフ、久しぶりだなぁ、英雄様よぉ」
「……!」
 仮面の男の視線から解放されたカペルが声の主を見やる。見覚えがある、どころではない。こいつは、牢獄を出る際に立ち塞がったあのトロルだ。その証拠に顔の半分が焼けただれていて、もともと醜悪なその顔をさらにひどいものにしている。見れば身体のそこかしこにも火傷の後があり、膿んだままにされたところから垂れ始めている体液が、汚れた皮膚をさらに汚している。地獄の汚泥を塗りたくったような、という最悪な印象に、カペルは顔をしかめた。
「英雄さんよぉ……疼くんだよ、あんたのことを考えるとよぉ、この火傷の後が疼くんだよぉぉぉおおおお!」
 侮蔑と憤怒、執着と憎悪、様々な負の感情がない交ぜになったまま、トロルは吠えた。
 カペルはそれを無視して、トロルの足下に倒れたままのリュウカを見た。きっと、今ならまだ助かる。だけど、どうやって……。
「ん、これが気になるのか?」
 そう言うと、トロルは倒れたリュウカをつまみ上げた。
「これが欲しいのか?」
 言いながら、トロルはもう一方の手に持った棍棒を振り回し、リュウカの傷口を打った。神官様が呻きを漏らして吐血する。
「やめろ!」
「そう怒るなよ。返してやるからよぉ」
 トロルはリュウカをカペルの方に向かって高く放り投げた。カペルは剣を捨てて、尻餅をつきながらも、なんとかそれを受け止めた。
「ぶはははは、無様だなぁおい!」
「カ、カペル君……」
「喋らないでください」
「ルカと……ロカを……頼む」
「わかりましたから、喋らないで!」
 受け止めたカペルの身体を、リュウカの血が真っ赤に染める。鎖による傷は背中まで貫通している。出血が止まらない。
「パパ!」
「ルカ……ロカ……私のかわいい……子供たち……」
 走り寄ってきた二人の頬を神官様が力なく撫で、溢れそうな涙をぬぐってやっている。このままじゃ……このままじゃ……。
 カペルは二人に神官様を預け、落とした剣を拾った。
「まだ間に合う。二人とも、神官様を連れて逃げて!」
 村に連れて帰れば、きっと助かる。アーヤだって助かったんだ。きっと……。
「ここは僕が引き受けるから。さぁ早く!」
「またその目か。おぉおぉ怖いねぇ」
 あの時と同じにやけ面をにらみ返す。やれるだけのことはやってやる。
「カペル……」
「お父さんが……死んじゃったよぉ……」
 振り返ると、二人が泣き崩れていた。その腕の中で、子供たちの頬を優しく撫でていたはずの神官様の手がだらりと下がり、地を撫でている。
 内奥で何かが切れた音を、カペルは聞いた。
「うわあああああああああああ!!」
 絶叫と同時に、カペルはトロルに向かって突進した。
 直前で跳躍し、大上段に構えた剣を力任せに振り下ろす。
 しかし、その刃がトロルを捉える前に、なぎ払われた棍棒によってカペルは吹き飛ばされた。
「どうしたぁ、英雄様よぉおおお、そんなもんかぁあぁああ」
 剣を杖に立ち上がり、口元からこぼれる血を拭いながら、カペルは叫んだ。
「僕は英雄なんかじゃない。だけど……僕はおまえを許さない!」


「おまえがあああ、英雄かどうかなんて関係ねぇんだよぉおおおお! おまえだぁああ! おまえのことを考えると、傷が疼くんだよぉおおおお!!!」
 半狂乱で叫ぶのに合わせて、トロルの右手が赤く光った。光の紋章が浮かび上がる。
「月印!?」
 トロルが月印を使えると言う話をカペルは聞いたことが無かった。
 いや、よく見れば、それは月印に似ていても何かが違うような微妙な違和感がある。
 あれはなんだ……。
 トロルの右手が高く突き上げられると、赤い光輪が水平に広がっていった。すると、柱の影からそろりと大蛇が現れる。壁の出っ張りに張り付いていたコウモリがばさばさと翼をはばたかせ始めた。
「あの方にもらった力だ。おまえで試せるのか? いいぞぉ、それはいいぞぉおおお!」
 まさかルカと同じ獣使いの月印か? だけど……。
 頭の上のコウモリが次々と襲いかかってきて、カペルにそれ以上考える猶予を与えない。剣を振り回して牽制する。何匹かを落としたが、それでもコウモリの数は減ったようには思えなかった。