小説インフィニットアンディスカバリー
「ほら、踊れよ英雄殿。蛇に嚼まれて死ぬよりましだろうがぁああああ」
コウモリに気を取られていると、足下から大蛇が飛んでくる。なんとか横に剣を薙ぐが、大蛇は吹き飛んだだけですぐに起き上がってくる。
「ふははははは、素晴らしい、この力は、素晴らしいぞおおおお」
襲い来る獣を撃退するのに手一杯で、カペルは一歩も前に進めない。
「くそ……僕に力があれば……力が……」
カペルの脳裏を、今までに見た幾つもの月印の光がよぎる。モンスターから救ってくれた通りすがりの剣士の月印。法外な治療費を請求してきた治癒術士の月印。見たこともないきれいな宝石を売り歩く錬金術師の月印。アーヤの見せた炎の月印……。
「さっきまでの威勢はどうしたぁあああ、英雄さんよぉおおおお」
届かない。僕の力じゃ、この剣はあいつに届かない……。
無力さが絶望へと変わろうとしたその時、巨大な咆哮が祠全体を圧した。コウモリたちがバタバタと落ち始める。
青龍が目を覚ましたのだ。
大きく身体を持ち上げた青龍が紅蓮の火球を吐き出す。それは、カペルに襲いかかろうとした大蛇を飲み込み、至近の石柱に激突すると同時に爆散した。
「ぐわあああああああああ!」
火球があたったわけではない。そうではないのに、トロルは狂ったように身悶え始めた。
「いやだああああああ! 火はいやだああああああ!」
火球を吐き出した青龍はそれが限界とばかりに倒れ、再び沈黙していた。
「はぁ……はぁ……くそ! もう一度だ、もう一度獣を使って……!」
再び高く上げられたトロルの右手から、同様の光輪が広がる。
しかし、モンスターは一匹も現れなかった。そして、カペルの背中から幼い声が二つ響いた。
「カペルをいじめるな! ぼくがゆるさないんだぞ!」
「ゆるさないんだから!」
「ルカ、ロカ!」
涙の後をぬぐいながら、二人がトロルを睨み付けている。
「ああん? チビどもが何をゆるさないってえ?」
子供の力がどれほどのものかと二人を舐めてかかるトロルの後ろから、遅れて大蛇が現れた。
「こいつがお前らを食っちまうぞぉ! ……なっ!?」
現れた大蛇は二人に襲いかかるのではなく、棍棒を伝ってトロルの腕に絡みつき始めた。
「何しやがる! くそ、どうなってんだ!?」
「ぼくのほうがゆーしゅーなんだぞ。おまえなんか、ぼくがやっつけてやる!」
ルカのタクトを包む月印の光。大蛇を操っていたのはルカの方だった。
もがきながら醜悪な舞を見せるトロル。絡みついていた大蛇は、振り回された棍棒の遠心力によって引きはがされ、壁に激突すると息絶えた。
「はぁ……くそが……誰をやっつけるってぇ? 獣を使えなくても……ぎゃあああ!」
トロルが顔を上げたところに、今度は炎を纏った小さな竜のようなものが張り付いた。ロカが召喚した火の精霊だ。
「カペル!」
「うん!」
青龍と二人が作ってくれたチャンスを無駄にするわけには行かない。カペルは床を蹴りつけると、トロルの懐に一気に潜り込んだ。
左下から逆袈裟に一閃。その刃を返して、今度は袈裟に切り捨てる。
「ぎゃあああああああああああ!!!!!」
深々と斬りつけられたトロルが咆哮をあげて崩れ落ちる。
「ま、まだだ……まだ……!」
倒れたまま、三度突き上げられるトロルの右手。
しかし、広がるはずの光輪が一転、トロルの右手に収束を始めた。
「な、なんだ……どうなって……ぐわああああああ!」
月印の一部が弾け飛ぶのをカペルは見た。同時に屹立した光の柱が、トロルの肉体と断末魔を呑み込んで立ち消えていった。
「何が起こったんだ……」
目の前で起こった出来事を把握できぬまま、カペルは呆然とトロルの消えた後を見つめていた。
「カペル、青龍様が!」
ロカの声に振り返ると、青龍を縛っていた赤い鎖が大きく脈動を始めていた。同時に、青龍そのものが明滅するように消えかかっていく。青龍が消えゆく度に鎖の脈動は大きくなり、徐々に姿を現した真紅の光球が鎖もろとも青龍を包み込んだ。そこから、光が螺旋を描いて天へと伸びていく。光は徐々に形を整え、巨大な鎖の姿を形成し始めた。
「あれは……鎖!?」
天へと伸びる巨大な鎖。
その姿に、カペルは一つの事実を思い出した。
「封印軍が月を縛り上げるって、本当だったんだ……」
世界の力の象徴である月は、この数年の間に何本もの巨大な鎖を大地に下ろすようになった。それが、月からではなく、地上から封印軍によって打ち込まれたものであるという話をカペルは聞いたことがあったが、本当かどうかは疑わしいと思っていた。
人間があんな巨大なものを月に打ち込むことができるとは、到底思えなかったからだ。ただ、今それが目の前で現実になろうとしている。
「カペル……青龍様もいなくなっちゃうの?」ルカが言う。
「そんなのやだー!」ロカが叫んだ。
考える事なんて何もなかった。二人の声に応じるように、身体が、心が、そうしろと叫んでいる。カペルはその叫びに身を任せ、無心で祭壇を駆け上がった。
跳躍。
天に向かって伸びようとする光の鎖を一閃する。
甲高い金属音が悲鳴のように響きわたり、脈動するように光っていた鎖は最後の煌めきとともに霧散した。舞い散る光の粉の中で、青龍を覆っていた光球も消え、縛り付けていた鎖もぼろぼろと崩れ落ちる。消えかかっていた青い巨体が、次第に元の姿を取り戻す。
「斬れちゃった……」
自分がしたことを飲み込めないまま、カペルは光の雪に包まれていた。心臓がばくばくと音を立てている。断ち切った際の金属音が、耳朶を何度も打っている。
しばしの呆然の後、カペルは祭壇を降りた。
父親の亡骸を抱いたまま、ルカとロカはこちらを見ていた。
「青龍様は助かったの……?」
消えかかっていた青龍はすでに安定しており、目を瞑って動かないでいるが、死んだわけではないようだった。
「わからないけど、たぶん大丈夫だと思う」
「カペルぅ……」
普段はやんちゃで元気なルカが必死で涙を堪えようとしていた。いつも笑顔で跳ね回っているロカが大粒の涙を流していた。
居ても立ってもいられなくなり、カペルは二人を抱きしめた。
「……ごめん、ルカ、ロカ……ほんとに、ごめん」
間に合わなかった。ああすれば良かった、こうすれば良かったと、無数にあふれ出てくる悔悟の念もむなしいだけだ。リュウカさんは、死んでしまった。
「カペルは……カペルは悪くない!!」
「そうだよ、悪いのは封印軍だもん。封印軍が……封印軍が……うわあああああん」
カペルも泣いた。
今の僕には、一緒に泣くことしかできない。
「ルカ、ロカ、パパを連れて帰ろう」
神官様の亡骸を抱き上げながら、カペルは泣いている二人を促した。
「ママも心配して待ってるよ」
「……うん」
肩を落として歩く二人に、いつもの元気がないのは当たり前だ。目の前で父親を失ったのだ。その姿に、そして何よりも腕の中で眠るリュウカを見て、カペルをどうしようもない無力感がおそう。
「我が友、我が僕よ。そなたを巻き込んでしまったのだな……」
出口に向かって歩き出すと、背中から声がした。青龍が目を覚ました。
「青龍さま!」
作品名:小説インフィニットアンディスカバリー 作家名:らんぶーたん