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らんぶーたん
らんぶーたん
novelistID. 3694
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小説インフィニットアンディスカバリー

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 それが心の隅に引っかかったカペルだったが、気にしても仕方ない、自分がそう感じるくらいだからシグムントたちにはもうわかっていることなのだろう、と一人で納得することにした。
 後顧の憂いはない。あとは月の鎖を断つだけだ。
 事前の情報と助け出した捕虜の話を総合すると、鎖はプレヴェン城の最奥から出られるバルコニーにあるようだ。一行はそのバルコニーへと進んだ。そこからはルセ平原が一望でき、主力軍同士のぶつかり合いがよく見える。戦況はまだ膠着したままだ。
 ぼんやりとそれを見ながら歩いていたカペルは、立ち止まったシグムントの背中に危うくぶつかりそうになった。「いきなり止まらないでくださいよ」と文句を言おうとしたカペルだったが、その背中の向こうに、漆黒の甲冑を纏った剣士がいるのを見つけて言葉をのむ。
 あれは……。
「英雄殿ご一行とお見受けするが?」
「……」
「遅いじゃないか。ここまで来てもらおうと城内を手薄にしておいたのに、僕は待ちくたびれたよ」
 あれは、レオニードと一緒にいた連中と同じ恰好だ。目の前の男が青龍の祠に居合わせたかまではわからないが、鎖を守っている様子からも、封印軍の幹部クラスだと思われる。
 陽動に成功したとはいえ、いくらなんでも手薄すぎると思っていたが、それはわざとだと男は言う。ここに罠が仕掛けられているのか、それとも自分の強さにそれだけ自信があるということなのだろうか。
「封印騎士レスター。君たちを倒す者の名だ。覚えておいて損はないよ」
 エドアルドが剣を構えて前に出ようとするのを、シグムントは右手で制した。
 直後、エドアルドの足下に光の矢が突き立って、消えた。
 封印騎士レスターの後ろで天を貫く月の鎖。青く光る球体を始点にする鎖の基部は、バネのように巨大な螺旋を描いている。そこに腰掛けた赤いドレスの女。レオニードの側に侍っていたサランダとかいう女だ。
「英雄さん、おひさしぶりね」
「サランダか」
「まだ頑張るのね。あんたじゃレオニード様を倒せないのはわかったでしょうに」
 サランダがそう言い終わるよりも早く、アーヤが彼女に矢を射かけた。矢はサランダの直前で赤い鎖に弾かれる。レオニードと同じ赤い鎖を操る女が笑う。
「ふふふ、相変わらず勝ち気なお嬢さんだね。嫌いじゃないよ」
 そう言いながらも見下すような目。その目がアーヤの隣にいたカペルに止まる。
「あら、坊や。やっぱり生きていたのね」
 サランダの視線がカペルのそれと交錯する。前と同じ、値踏みするような視線に不快感がこみ上げてくる。
「レオニード様の仰ったとおりだね。……そう、解放軍に合流したの。面白くなってきたじゃないか」
 何か合点がいったのか、サランダの高笑いが響く。狂気をはらんだその笑い声に、カペルは戦慄を覚えた。一しきり笑い終えると、サランダは口元に笑みを残したまま片手を空に掲げた。
「レスター。力をくれてやる。男を見せな」
「ふん、さっさとやれ」
「せっかちな男は嫌いだよ」
 サランダの手が赤く光り、その光がレスターに降り注ぐ。赤い光の中で、レスターの左手に刻印が浮かび上がった。月印。怪しく光るそれは、やはり普通の月印とはすこし違うようにカペルには思えた。トロルの時と一緒だ。
「ふははははは。これだよこれ。これさえあれば、英雄の一人や二人、俺が屠ってやるよ!」
「口だけ、なんてことはよしておくれよ、レスター」
「黙って見ていろ、サランダ」 
 昂ぶる気持ちを抑えられないといった風に身をよじる姿が、破壊衝動にとりつかれた笑みと相まって、カペルの肌を粟立てる。
 レスターが間合いの遙か外から剣を横に薙いだ。切っ先から赤い光を織り込まれた衝撃波が放たれる。空気を切り裂く轟音。直撃していればバルコニーからはじき飛ばされたかもしれない。
 それを、先頭にいたシグムントが一歩踏み込み、剣を一閃するだけではじき返した。散り散りになった衝撃波が、あたりに土煙を演出する。
「シグムント様、俺が」
 エドアルドが出ようとするのをシグムントが再び制する。
「見ていろ」
 その言葉は、視線と一緒になって、エドアルド越しにカペルへとやられた。
 僕に言っている?
 エドアルドが驚いた顔をし、カペルを睨み付けた。
 シグムントが前に出た。
 悠然と間を詰める。
「一人で大丈夫なの? 強そうだよ、あの封印騎士って人。みんなでやっつけちゃったほうが――」
「黙って見てなさい」
 アーヤにしかられたカペルは、心配に思いつつもシグムントの姿を目で追った。
 まだ剣の間合いではない。レスターがでたらめに剣を振り回し、そのたびに飛び出す衝撃波をシグムントが切り捨てる。その砕片が飛び散り、壁や床をばりばりと剥がしていく。
 それでもシグムントは、一歩、また一歩と普段通りの足取りで進んだ。
 しびれをきらしたレスターが、月印の力を借りて爆発的に突進した。
 交錯する。
 金属音が聞こえた時には、レスターの剣が宙を舞っていた。
「……!」
 レスターの驚愕の表情をシグムントの背中越しに見たカペルは、そのまま動かない二人を固唾をのんで見ていた。
「そ、そんな……ぐは」
 吐血。漆黒の鎧に鮮血の赤が映える。
 シグムントの剣が、鎧の隙間からレスターの腹を深々と貫いている。
 勝負は一瞬でついた。あっけないほどに。
 シグムントが無表情に剣を引き抜くと、支えを失ったレスターは、自分の血の海にそのまま崩れ落ちた。それを一瞥して、シグムントは剣の血を払った。払いながら、何もなかったかのように再び歩み始める。
「おや、ちょっと強くなったかい?」
「……」
「ふふ、まあいいわ。この鎖はもう用済みだ。あんたたちにくれてやるさ」
 サランダはそれだけを言い残してその姿を消した。レスターの死骸はそのままにされた。


 鎖は断ち切られた。シグムントの剣が青く光る球体を袈裟に断つと、月の鎖は一瞬の閃光の後に光の粉となって消え失せた。カペルが青龍の時に見た光景と同じだ。
 直後に平原から喚声が上がった。鎖が消えたのを確認したブルガス軍が勝ち鬨を上げたのだ。見ると、封印軍は散り散りになって南の方へと逃げていく。追撃もほどほどに、ブルガス軍はもう一度、大きな勝ち鬨を上げた。



「こちらです」
 城内の掃討を終えたブルガス軍の兵士が、客室に人を連れてきた。封印軍に捕らえられ、軟禁されていたその場所で、ソレンスタムはそのときを待っていた。
「“星読み”ソレンスタム殿とお見受けする」
「いかにも。光の英雄殿ですね。お噂はかねがね」
 まだ若い。容貌から十七、八といったところか。だが、それに似つかわしくない落ち着いた雰囲気。醸し出される威厳。それが生来のものなのか、それとも英雄と呼ばれることで身についたものなのか、ソレンスタムには判断がつかなかった。
 英雄シグムントの後方に控えていた眼鏡の男が続ける。
「ユージンと申します。ブルガス王の要請で、封印軍に捕らえられていたあなたを救い出すよう仰せつかっております。我々に同行して王都までお戻りいただけますか」