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らんぶーたん
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小説インフィニットアンディスカバリー

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<四>


 雨が降っていた。
 儀式の翌日には、次の目的地であるフェイエール首長国へと向かおうした解放軍一行だったが、明け方から猛烈に降り始めた雨によってブルガスに足止めされていた。昼を過ぎて勢いは弱まったものの、いまだ降り止まない雨の音は城内のどこにいても聞こえる。
 蒼竜王の御厚意により、解放軍はもう一泊、ブルガスに逗留することになった。
 時間をもてあましたカペルは、いい機会だからと城内を散策していた。ミルシェに声をかけられ、午後のティータイムに付き合うことになったのは、そんな折だった。

「カペル君って本当にシグムント様にそっくりね」
 ブルガスアップルの果汁を入れたアップルティーが甘くて芳醇な香りを漂わせる向こうで、ミルシェはマジマジとカペルの顔を見て言った。
「よく言われます」
「弟さん?」
「違いますよ。……いやでも、もしかしたら」
「ん?」
「僕、孤児だったって言ったじゃないですか。捨て子だったんです。だから親の顔も知らなくて、兄弟がいたかどうかさえ……。だからもしかしたら、生き別れの双子の兄がいたかも、なんて思ったんですけどね」
「……だったら素敵ね」
「でも、シグムントさんと兄弟だったら大変だろうな。優秀な兄と比べられちゃって、僕、ぐれてたかも、なんてね。ははは」
「カペル君なら大丈夫よ。素直でかわいい子だもの」
「か、かわいい、ですか」
「そう、かわいい」
 にこりと笑うミルシェは、アーヤとは違う魅力を持った女性だと思えた。シグムントさんとは、いったいどんな関係なんだろう……。
「そうだ」
 ティーカップを机に置いて、ミルシェはおもむろに立ち上がると、ちょこんとカペルの横に座りなおした。
「へ?」
 間近にミルシェの顔を見てドギマギしていたカペルを、彼女は突然抱擁した。
「えっ、ちょ、ミ、ミルシェさん!?」
「お兄さんは無理だけど、私が今日からカペル君のお姉さんになってあげる」
「お姉さん、ですか?」
「これでカペル君は天涯孤独の身じゃなくなったわよね」
 思いがけない言葉に、カペルの心臓が一つ大きく脈打つ。
「嫌?」
「嫌なわけないですよ……」
「嬉しい?」
「そりゃもう……いろいろ……感触とか」
「え?」
「あは、あははは、嬉しいなー」
「うん」
 家族のいないカペルにとって、その言葉は深く胸をついた。それを思わず隠そうとして軽口をたたこうとしたが、ミルシェの真摯な眼差しの前では引っ込めるしかなかった。
「じゃあこれからはお姉さんって呼んでね」
「いや、それはちょっと。さすがに恥ずかしいですよ、ミルシェさん」
「あらそう? ふふふ、ざーんねん」
 そう言って離れたミルシェは、すっかり冷めたアップルティーのカップを見て、片づけを始めた。この後、シグムントさんとユージンさんのところに行く予定らしい。優しいお姉さんとの語らいも、ここでとりあえず終了だ。
「じゃあ行くね」
「はい」
 カペルはしまりのない顔でそれを見送った。よくわからない人だけど、ミルシェさんっていい人だよね。いろんな意味で。
 そんな天国の余韻に浸っていたのもつかのま、カペルの背中にざわりとした感覚が走った。それはまるで、皮膚の下を虫が這い回ったようなとも言えるし、鋭い刃物が突き立てられたようなとも言える。この感覚は初めてじゃない。確か、神官様の家で――
「……見てたわよ」
「ひぃ!」
 カペルが振り返ると、部屋の端の暗いドアが少し開いていて、そこには殺気をはらんだ目を浮かび上がらせたアーヤが、顔だけを覗かせていた。
「なによ、デレデレしちゃって」
「……アーヤ、ちょっと怖いよ」
「ふん!」と荒ぶりながら、ずかずかと部屋に入ってきたアーヤは、どかっと音を立ててソファに腰掛けた。
 アーヤの視線に促されて、というよりは命令されたように感じて、カペルは対面のソファに座った。
 沈黙。
 それきり黙ってしまったアーヤは、足をプラプラさせながら窓の外を見ている。何か言いたげだが、言いにくそうな顔。
 視線を外したまま、アーヤは言った。
「……捨て子っていうの、本当?」
「うん」
「親の顔を知らないっていうのも?」
「そうだよ」
 また沈黙。
 それに耐えきれなくなり、カペルは自分から話を続けた。
「まあこうやって無事で大きくなったわけだし。案外何とかなるもんだよね。親はなくても子は育つ、って言うし」
「親はなくても……か」
「アーヤ?」
「ううん、なんでもない」
 何がいいたかったのかはわからない。ただ、アーヤもまた自分のことを気にかけてくれているということが、カペルにはありがたかった。
 少しの間を置いて、俯いていたアーヤの視線が再び雨に戻る。
「早くやまないかな、雨。私、あんまり好きじゃないんだ」
「雨がしたたる、って感じじゃないもんね」
「どういう意味よ!」
「いやその……、アーヤは雨っていうより太陽って感じじゃない? こう、ぱーって明るい感じが」
「よく言うわよ……」
「ほんとだって」
 また怒らせてしまった。だけど、何か思い悩んで俯いているよりも、こうやってぷりぷりしている方がアーヤらしいと思えるのは、出会った頃から同じだった。もう少し控えた方がいいとも思うけれど。
 雨が降る。
 アーヤにならって、カペルも窓の外に目をやった。
 太陽に例えたのは嘘じゃない。いつもまっすぐな目の前の少女が、カペルには少しまぶしかった。


 晴れていれば城下を見渡せるはずのバルコニーで、カペルはぼんやりと雨を見つめていた。日はもう沈んでいる。分厚い雲の上に隠れた星の代わりに、城の明かりを反射した雨が闇夜に浮かび上がっていた。
「カペル君、こんなところで何をしているんですか?」
「あっ、ソレンスタムさん」
「風邪をひきますよ」
 プレヴェン城で封印軍に囚われていた“星読み”と呼ばれるハイネイル。高名な人らしいが、威張り散らす事も無く気さくに話しかけてくるあたり、俗世を離れて権威とは無縁な隠遁生活を送っていた人らしいとも思える。
「ソレンスタムさんは、僕とシグムントさんを見間違わないんですね」
「そうですね。雰囲気が少し違いますから」
「ですよねー。ははは……」
 カペルの乾いた笑いに微笑を返し、ソレンスタムは窓の外に目をやった。
「……雨ですか。月の見えない空というのも悪くないものですね」
「ハイネイルなのに、そんな風に思うこともあるんですか?」
「ハイネイルといっても、月ばかりを見上げて生きているわけではありませんよ。ときには月を見ずに、我々の生きる大地に目を向けるというのも、何かの発見があるものです」
「へえー、意外だな」
「私が変わり者のせいかもしれませんがね。時には月の神ベラのやりように疑問を持つこともあります。例えば、この月印」
 ソレンスタムの月印が光る。コモネイルのそれと大差ないように見えるハイネイルのそれに、カペルは視線を落とした。