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らんぶーたん
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novelistID. 3694
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小説インフィニットアンディスカバリー

INDEX|25ページ/65ページ|

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「それほど規模は大きくないようですが、少なくとも二体のトロルは目撃されています」
「シグムント、どうする?」
 ユージンが問う。答えは決まっていた。
「翌朝、その村へ向かう」
「……そうだね。だけど、まずはアーヤ君に話を聞こう。この辺りの地理には詳しいだろう。何か知っているかもしれない」
「ああ」

 しばらくすると、アーヤとカペルが薪を集めて帰ってきた。砂丘と言ってもオアシスの近くには潅木も散在している。一晩分の薪程度なら何とかなる。
「ほら、ぶつぶつ言わずに歩く歩く。雑用をやらない新入りなんていないんだから」
「僕、雑用係なの?」
 行った時と変わらない調子で帰ってきた二人に、ユージンが声をかけた。
「アーヤ君、ちょっといいかな?」
「あ、はい」
 二人は薪を手近に置くと、シグムントたちのところにやってきた。
「どうしたんですか?」
「ここから南にある村のこと、何か知ってるかい?」
「南……ショプロン村のことでしょうか?」
「どういう村なんだい?」
「ショプロン村は……、その、新月の民が作った小さな集落です。フェイエールの統治下というわけではないので、あまり詳しい事はわかりませんが。何かあったんですか?」
「ああ。そのショプロン村に、どうやら月の鎖が打ち込まれたらしい」
「ショプロンに!? あそこには封印軍と戦える人なんていないはずです!」
「新月の民の集落なら、そうだろうね。そういうわけだから予定を変更することになるよ」
「はい。でも封印軍はどうしてそんなところに……」
 ここで考えても仕方のないことだとシグムントは思った。鎖があるのなら、まずはそれを斬ることだ。
「翌朝、ショプロン村へ向かう。アーヤ、案内を頼む」
「はい」
「ユージン。おまえはフェイエールに向かい、遅れる旨を伝えた上で事前協議を始めておいてくれ」
「わかった」
「ソレンスタム卿には、ユージンに同行していただく。エンマたちを護衛につける」
「その方が謁見も円滑に進むでしょう。お引き受けします」
「残りの者はショプロンへ向かう」


 砂丘で野営ともなれば、食事は簡素なものだ。それでも丸一日歩き続けた身体には染みるようにおいしく感じる。空っぽになった胃へ食事を流し込む作業に没頭しながら、カペルはしみじみとそう思った。
「また行きたくないとか言い出すかと思ったら、今回は素直についてくるのね」
 カペルの隣に座ったアーヤが言った。彼女には炎の明かりがよく似合う。焚き火を照り返す頬が赤く染まり、少女の面影がいつもより艶を帯びたように感じる。それで思わず目をそらすと、アーヤの向こう側に、バルバガンと一緒になってくつろぐルカとロカの姿が見えた。ふと、なんとなく二人を取られた気分になって、カペルは身勝手な寂しさを少しだけ感じた。
「新月の民の村、っていうのに興味があってね。珍しいでしょ?」
「そうなの?」
「新月の民の大半は、住む土地を持たない放浪の民なんだ。持たないというか持てないんだけど……。街には彼らの居場所は無いからね。だから多くは街を点々として行商みたいなことをやってるんだよ」
「それは知ってるわ。フェイエールにも行商は来るもの。でも……あの人達、帰る場所が無かったんだ」
「そう、僕と同じ、根無し草ってやつ」
「カペル、やけに詳しいわね」
「……僕は旅芸人だからね。アーヤよりはいろいろ世界を見てきてるつもりだよ」
「ふーん、カペルのくせに生意気ね」
「……これまた理不尽な物言いで」
 ただ、最近はモンスターが増えたせいで旅をするのも難しくなってきているだろう。そうなれば街に留まるしかないわけだが、街には彼らの居場所はない。力の弱い者、縁起の悪い者、理由は何でもいいのだろう、侮蔑の目があるからだ。それに同情する人が憐れみの声をかけてくる。それさえも彼らを苦しめることになる。
「カペル、ついてこい」
 シグムントが言った。カペルはそれに従って、皆とは少し離れた場所でシグムントと二人になった。
「どうしたんです?」
「……お前はフルート吹きだと言っていたな」
「そうですけど」
「貸してみろ」
「えっ、これですか?」
 予想していなかった言葉に戸惑ったが、カペルは言われるままにフルートを渡した。
「これは」
「青龍を助けた時に貰ったんです。ずっと使っていたものは封印軍に取られたままで……」
「そうか」
 フルートを受け取って何をするのだろうとカペルが訝しげに思っていると、シグムントはおもむろにそれを吹き始めた。
 どこか懐かしくも感じる、どこか寂しくも感じる、聞いたことがあるようで無いような不思議な曲。驚いたのも一瞬、カペルは少しの間、シグムントの笛に耳を傾けていた。
 本当に不思議な感覚だった。すべてを任せてしまってもいいような、大きな包容力を感じる旋律。それが曲のせいなのか、それとも奏者のせいなのか、カペルにはよくわからなかった。
「……返すぞ」
「シグムントさん、フルート吹けるんですね。意外だな」
「昔取った杵柄だ」
「……しかも僕より上手いかも」
「カペル」
「は、はい」
「この先、お前はどうするつもりだ」
「どうするつもりって、明日はショプロン村に行くんですよね」
「その後のことだ。私たちはこれからも戦い続ける。おまえはどうする」 
 戦力になるほどに自分は強くない。何よりも戦うことに慣れていないし、慣れたいとも思わない。月の鎖が斬れるかもしれないというのも、シグムントがいれば大して意味のないことだ。それでもついて来いと言っているのか。それともただ飯ぐらいの厄介払いでもしようというのか……。
「いきなりそんなこと聞かれても困りますよ。しばらくはお世話になるつもりですけど」
「そうか」
「あの、一緒に行ってもいいんですか?」
「認めたのは私だ。かまわん」
「よかった。今ダメって言われたらアーヤに怒られるところでしたよ」
「そうなったら私も一緒に怒られよう」
「……冗談、ですよね?」
「……」
「……」
「カペル、明日は私の側で戦ってもらう」
「はい」
「お前に鎖を斬らせるつもりだ」
「役には立たないと思いますよ」
「……かまわんさ」
 シグムントが夜空を見上げた。それにならってカペルも見上げる。
 わずかに欠けた月が巨大な鎖を大地に降ろしている。あれを僕が斬る。出来る自信はなかったが、やるだけやってみればいいと思える余裕が、今のカペルにはあった。