小説インフィニットアンディスカバリー
<二>
昨夜見たものが、エドアルドは気になって仕方なかった。シグムントとカペルのことだ。二人は何を話していたのか。カペルを見るシグムントの目は、自分を見るものとは違うように思えた。瓜二つの相手に特別な感情があるということなのだろうか。しかし、自分の知っている光の英雄は、そんなことで心を動かすような人ではなかったはずだ。
カペル、お前はいったい何者だ……。
「報告通り、封印軍はそれほど大規模ではないようです。入り口は一つ。村人たちの姿は見あたりませんでした」
斥候としてショプロン村を偵察してきたエドアルドは、戻って来るなりそう報告した。
ショプロン村はオアシスから南の岩石地帯にあった。岩壁を天然の城壁に見立てた小さな集落には、その隙間に設けられた門からしか出入りできないようで、それにエンマの部下の情報を総合した結果が報告の内容だった。
「そうか」
カペルが報告したのなら、ねぎらいの言葉の一つでも仰ったのだろうか。そんなことを考えている自分に気づいたエドアルドは、それを振り払うように話を続けた。
「村人が見あたらないというのは幸いです。すでに逃げ出したか隠れているか……。いずれにせよ、戦いが始まっても影響はないでしょう」
あるいは……。おぞましい想像はそれ以上せず、エドアルドは言葉を継ぐ。
「どうしますか。敵の数もそう多くありません。ここは一気に敵の頭を取るべきかと」
「……カペル、お前はどう思う」
まただ。カペルに聞いたところで、まっとうな答えができるとは思えない。にも関わらず、シグムントはカペルに問うた。何故だ。その疑問をなんとか飲み下して、エドアルドは沈黙を保った。
「ええっと、僕は専門的なことはわからないけど、エドアルドがそう言うならいいんじゃないかな」
その言葉を受けて、シグムントがまた沈思する。
「……バルバガン。殿軍を頼めるか」
「おう」
「ルカ、ロカ、お前たちはバルバガンから離れずにいろ。助けてやってくれ」
「あいあいさー」
「ミルシェ、お前は怪我人の手当だ。封印軍の襲撃で村人にも被害が出ている恐れがある」
「任せて」
「エドアルド、切り込むのはお前だ。私も続く。アーヤとカペルはそれについてこい」
「はい」
先鋒は俺だ。それでも何となく喜べないでいる。
アーヤに何か口うるさく言われてうなだれているカペルが見えた。エドアルドはそれを見なかったことにした。
大人三人が並んで通るのがやっと、といった程度の村の入り口にはそれほど強固な門が据え付けられているわけではない。さらにこの時、その門は開け放たれていた。
物陰から飛び出したエドアルドに門番が気づいた頃には、すでに間合いに入っていた。
大剣を一閃。門番が倒れる。
もう一人をシグムントが倒すのを確認したエドアルドは、そのまま中になだれ込んだ。
「どけえええ!」
一人二人となぎ倒しながら、村の中央へと一気に駆け抜ける。討ち漏らした分は後続が叩いてくれる。こっちの方が寡兵だ。だから雑魚は気にせず、敵の頭を叩く。
中央の広場が見えた。トロルが二体。封印騎士を除けば、あいつらが駐留部隊の戦力の中心だろう。やつらを叩けば……。
エドアルドは大剣の柄を握り直して構えなおすと、地面を蹴った。
瞬間、何もなかった空間に身体を弾かれた。
「くそっ、結界か」
ぶつかった空間が波紋のように歪むのをエドアルドは見た。紫色の波紋が、その場所に壁があることを教えている。魔法で作られた結界はエドアルドの剣では斬れない。結界を破るには、その源を絶たねばならない。
それを探すために、視線を周囲に振った。結界の向こうにいる魔術師たちか。だが、やつらは襲撃に慌てふためいて、今頃詠唱を始めたばかりだ。違う。それなら……。
状況判断に思考を巡らしていたエドアルドは、ふいに頬がちりちりと焼けるような感覚に襲われた。咄嗟に横に飛びのく。一瞬の間をおいて、エドアルドのいた場所に複数の火球が出現し、爆発した。大剣を構えて爆発の衝撃波から身を守る。それをやり過ごしても、粉塵が舞い上がって視界を奪われた。エドアルドは小さく舌打ちする。
大きな爆発ではないが、直撃すればただでは済まない。爆発が続けざまにエドアルドを襲う。壁の向こうの魔術師たちの攻撃だった。辛うじて身をかわすが、こちらからでは手を出せない。
「アーヤ、上だ」
シグムントの声が聞こえた。振り返ると、シグムントが何かを指差している。
「木の陰だ」
アーヤの視線の先にある場所。広場の入り口の脇に生えた大きな木の陰に、紫色の光を帯びている黒ずんだクリスタルが浮いていた。あれが結界の源か。
ふわりと飛び上がったアーヤが矢を放つ。矢は吸い込まれるようにクリスタルに突き立った。
しかし、結界は消えない。
「もう一つ!」
再び飛び上がり、アーヤが矢を放とうとした刹那、エドアルドを襲っていたはずの火球が、今度は彼女に殺到した。
「きゃあ!」
直撃は免れたものの、空中にいたアーヤは爆風に煽られ、バランスを崩して落下した。が、大地に叩き付けられるよりも早く回り込んだカペルがそれを受け止めた。受け止めるのに失敗して、絡まるようにして二人は地面に突っ伏しているが、怪我はないようだ。
「アーヤ、もう一度だ」
再び現れた火球から二人を守りながら、シグムントが言った。
「はい!」
飛び上がったアーヤを見て、エドアルドは体勢を立て直しつつ敵の魔術師に視線を据え直した。矢が再びクリスタルに突き刺さる。砕け散ると同時に結界が消えた。その瞬間に飛び出し、慌てふためいている魔術師を一人二人と打ち倒していった。
トロルが二体、兵士たちを伴ってこちらを見ている。
「エドアルド、行くぞ」
「はい!」
シグムントが横を駆け抜けていった。次々と兵士を打ち倒しながらトロルに向かって直進する。
エドアルドはもう一体のトロルに向かって駆けた。
敵を威嚇し、その隙を駆け抜ける。封印軍の兵士の練度は高くない。それは今までの戦いから何となくわかっていた。すれ違いざまに腹に柄を叩き込む。悶絶して倒れるのを確認する必要もない。
幾人かを倒したら、そこはもうトロルの懐だった。トロルが棍棒を大きく振りかぶっている。
「遅い!」
エドアルドは飛び込んだ勢いそのまま、トロルの喉を突き上げた。その身体を抜ける前に剣が何かに引っかかる。もう一度、月印の力をのせて押し込んだ。切っ先がトロルの向こう側に出た。振り上げた棍棒と一緒に、トロルの巨体は膝から崩れ落ちた。
「うわあああああ!」
敵兵の悲鳴に、武器を落とす音が混じる。もう一体のトロルも、シグムントの手ですでに沈められていた。
月の鎖は村の奥にあった。そこには湧き水の溜まる小さな池があり、同時に、祭事を行うための祭壇があった場所でもあるらしい。村の生命線とも言える水源を押さえられ、村人たちの困窮は切実なものだったろうことは容易に想像できた。
封印騎士はまだそこにいる。
作品名:小説インフィニットアンディスカバリー 作家名:らんぶーたん