小説インフィニットアンディスカバリー
「ほ、ほら、やっぱり無理ですよ。僕に斬れるわけが」
「カペル。集中しろ。自分が鎖を斬る姿をイメージするんだ。お前にならできる」
「でも」
「やってみろ」
命令しているようには聞こえない。失望しているようにも、期待しているようにも。
シグムントの言葉に感じるのは……。
信頼。
おまえはやれると、無条件に信頼してくれているような、そんな温もりだ。何故かはわからないが、カペルは確かにそう感じた。
シグムントの言葉に後押しされ、もう一度剣を構え直す。
「集中……鎖を斬る……イメージ……」
柄に残った温もりが、シグムントの体温を伝えているような気がした。
イメージ。
それに合わせて、剣を振り下ろす。
「カペル!」
今度は手応えがあった。
光球は最期に強烈な光を発し、剣の通った場所を境に真っ二つに割れて崩れ落ちた。月の鎖は光の屑と化して雪のように舞い散り、跡形もなく消え去った。
「き、斬れちゃった……」
散りゆく光の雪の中で、カペルは巨大な鎖のあった場所を呆然と見上げていた。
駆け寄ってきたアーヤが何か言っている。振り返ると、エドアルドが唖然とした面持ちでこちらを見ている。だが、どちらも意識の外にしかない。
シグムントと目が合った。微笑しているように見える。その眼差しから、カペルは目をそらすことが出来なかった。
封印軍がやってきたにしては、ショプロン村は大した被害を受けていなかった。月の鎖の影響で、村の水源である湧き水がわずかに汚染されてはいるが、回復には大した時間はかからないだろうという話だ。
戦いの跡は片付けられ、広場には村人が集められていた。怪我人はほとんどいないらしく、仕事がないとミルシェがふてくされている。
破壊も強奪もほとんどない。ただ鎖を打ち込んだだけだと村人は言っているが、その表情からは、悪意は感じないが、何かを隠しているような印象も受ける。
とは言うものの、それは差別の対象であり続けた人たちの自己防衛の本能から、とも言えるかもしれない。彼らにしてみれば、シグムントたちは眩しすぎるほどに月印の恩恵を受けているように見えるだろう。
いずれにせよ、深く考えてもわからないならと曖昧に判断したカペルは、その疑問をとりあえず横に置くことにした。
「ありがとうございました」
代表して感謝の言葉を述べているのは、長老といったところか、穏やかな微笑を浮かべる老人だった。
「怪我人はほとんどいなかったということだが」
「ええ。不思議なことに略奪などもありませんでしたな」
「……ならいい」
シグムントもどこか訝しく感じているようだ。だが無理に聞き出そうとはしない。聞き出す必要も感じていないのかもしれない。
「それでは英雄様。歓待の宴を用意させておりますので、戦いの疲れをお癒しくだされ」
「いや、月の鎖はここだけではない。我々はすぐにフェイエールへ向かう」
「あっ……」
アーヤが何かを言いかけて、その言葉を飲み込んだ。カペルにも、言いたいことは何となくわかる。シグムントが血を吐いたのはつい先ほどだ。休ませた方がいいに決まっている。
だが、それを知っているカペル、アーヤ、そしてエドアルドの三人は、口外しないようにとシグムントにきつく言い含められていた。だから言い出すわけにもいかず、かといって、このまますぐに出発するのもどうかと思う。シグムントを休ませるには……。
「あのー」
「どうした、カペル」
「僕、おなか減っちゃったんで、歓待の宴におよばれしたいなぁ、なんて」
「ちょっと、カペル! 何を言い——」
と、言い出したアーヤに、カペルは目配せをする。アーヤがはっとした表情を見せる。
「鎖を斬るのも手伝ったわけだし、ご褒美がほしいなぁ」
「わ、私もおなかが減ったかなぁ。あはは……」
「おまえたちなぁ、何を——」
今度はエドアルドに目配せ。彼も察したらしい。
「あっ……。シグムント様。カペルはともかく、せっかく用意していただいたものを断るのもどうでしょうか。フェイエールの方はユージンさんがうまくやってくれているはずです。食事の時間程度なら問題ないのではないでしょうか」
しばらく考えた後、シグムントは申し出を受ける旨を村長に伝えた。
「カペル、本当はご飯を食べたかっただけなんでしょ」
「ほ、ほんなほとないよ」
「もう、食べながらしゃべらないの。ルカとロカが真似したら、お母さんに申し訳ないわよ」
「……おいひいよ、これ」
アーヤにキッと睨まれ、カペルは口の中のものを慌てて飲み込んだ。
結局、シグムントは料理にはあまり口をつけなかった。エドアルドとミルシェを伴って、今は別室で休んでいる。
ミルシェは、カペルたちが戻ってくると何か感づいたような顔をしていた。ひどく悲しげだった。もしかしたら、シグムントの身体のことも知っていたのかもしれない。自分に出来ることがあろうはずもなく、それなら今は彼女に任せるしかないと割り切って、カペルは食事に専念していた。
簡素ながらも手作りの温かい料理は、初めて食べる類のものだったが、どこか懐かしさを感じさせるところもある。食材はけして良いものではないが、その分、手間暇をかけて下準備がされているのだろうことは、口中に広がる味が雄弁に語っていた。
「まっ、カペルにしては気が利いてたわね」
そう言ってデザートのお菓子を頬張るアーヤは、いつになく満足気だ。
「どうもどうも」
カペルもデザートの果物に手をつける。完熟のレッドベリィはカペルの好物の一つだ。喉を潤す果汁に、なんとなく、アーヤを抱えてモンタナ村へ走ったときのことを思い出す。ふいに顔を上げてアーヤの方を見ると、彼女は真剣な面持ちでこちらを見ていた。
「……ほんとに鎖、斬れちゃうのよね」
「……みたいだね」
月の鎖を斬ったのはついさっきの出来事で、それなのに、いや、だからこそか、カペルは実感が沸かないでいた。月の鎖が散る様はとても幻想的だったが、手応えはありふれた感触でしかなかった。夢だったと言われても、何も不思議には思わないだろう。
はっきりしているのは、何か大きなことに巻き込まれつつあるという漠然とした感触だけだ。
「僕、どうなっちゃうんだろ?」
「知らないわよ、そんなこと」
「知らないって、巻き込んだのはアーヤでしょ」
「なによ、文句あるわけ?」
「ないわけじゃないけどさ」
「何?」
「いえ、なんでもないです……」
「……私たちと一緒にいればいいじゃない。どうせ行くあてなんて無いんでしょ」
それは事実だ。ふらふらとあてもなく放浪の旅を続けていたカペルにとって、目的のある旅はこれが初めてなら、仲間と一緒の旅というのも、初めてだ。居心地の良さも悪さも同居する仲間との旅路。それは新鮮な経験で、口には出さないが、まだしばらくは続けていたいという思いもある。
「仕方ないなぁ。アーヤがそこまで言うなら一緒にいてあげるよ」
「ご、誤解を招くような言い方しないでよね! 別に私が……」
「またまたー、遠慮しなくていいのに」
「かーぺーるー!」
「ほっほっほ。いかがですかな、料理の味は」
「長老様」
作品名:小説インフィニットアンディスカバリー 作家名:らんぶーたん