小説インフィニットアンディスカバリー
アーヤの平手が振り下ろされる直前に、ショプロンの長老が声をかけてきた。タイミング良く入ってきた長老に救われた形のカペルは、「さすがは年の功!」と胸中で賛辞を送った。
「我々、新月の民は良い食材を手に入れるのにも一苦労でしてな。その分、調理には工夫を凝らしてありますのじゃ。この鬼魚の活け作りのタレなんぞ、先代の長老から受け継いだ古いものでしての」
「そんなに古くて、大丈夫なんです?」
「こういうものは時間が経つほど、味に深みが出るものなのじゃよ、お嬢さん。もちろん、手間もかかりますがの」
「へえー、そういうものなんですか」
「……ときに、次はフェイエールへ向かわれるとか」
「ええ」
「ついでと言ってはなんですが、もし、この村の者たちを見かけたならば、帰ってくるように伝え願えませんか。封印軍が来るということで、子供たちを連れて避難させた者たちがおりましてな」
「そういえば、子供の姿が見えませんね」
「最近は砂丘のモンスターも凶暴化するばかり。無事でおれば良いのですが」
「わかりました。見かけたら声をかけておきますね」
「よろしくお願いします」
食事を終え、フェイエールへの出発は太陽が傾き始めた頃になった。肌寒さを覚える時間には、中継地点のオアシスにたどり着く予定だ。
門前に集まり、見送りに出てきた村人たちと最後の挨拶をする。ただ、ルカとロカがまだ来ていない。二人だけで遠くに行くことはないだろうが、落ち着きのないルカのことだから、珍しい虫でも追いかけて迷子になっているなんてこともありうる。
「ねえ、アーヤ。ルカとロカ、見なかった?」
「ふふふ、あそこ……」
アーヤが指さした先に二人はいた。村人の一人、ちょうど二人の母親くらいの女性と何やら楽しげに話している。頭を撫でられて照れ笑いを浮かべている様子は、二人がまだ子供だと言うことを思い出させるのに十分だった。
「……この辺で、二人はモンタナに帰した方がいいかもしれないわね。なんだかんだ言っても子供だもの。やっぱり寂しいんじゃないかな」
「じゃあ、僕も一緒に行こうかな」
「……逃げる気でしょ」
「だって、敵の本拠地なんて行きたくないよ」
「だめ」
「そう言うと思ってました。とほほ……」
大袈裟に肩を落としてみせる。その肩を叩かれてカペルが振り返ると、そこにはシグムントがいた。
「そろそろ行くぞ」
「あ、はい」
「ルカ、ロカ、行くわよ」
アーヤに呼ばれた二人が駆け寄ってくる。最後にもう一度名残惜しそうに振り返り、二人は全身でさよならを言った。カペルも一緒になって手を振る。穏やかで微笑ましい、そんな出発の光景だった。
「……余計な事をしてくれた」
ふいにどこからか、そんな声が聞こえた気がして、エドアルドはそちらを振り返った。だがそこには、送り出す村人たちとそれに手を振るカペルたちがいるだけで、不穏な言葉を発するような人影は見あたらない。
「……気のせい、か」
「エドアルド、どうした?」
「いえ、何でもありません」
もう一度確かめるように声のした方を振り返る。やはり見あたらない。目に映るのは、先ほど鎖を斬った男の姿だけだ。
「……カペル、どうしてお前なんだ。何故俺じゃない」
口中につぶやく言葉は、エドアルドの心にくすぶった熱を静めるには不十分だった。
作品名:小説インフィニットアンディスカバリー 作家名:らんぶーたん