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らんぶーたん
らんぶーたん
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小説インフィニットアンディスカバリー

INDEX|38ページ/65ページ|

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 悪くなる一方のフェイエールの現状を、自分の力でなんとかしたい。しなきゃいけない。そう思い詰めた結果、ちょうどヴェスプレームの塔攻略に向かった解放軍一行に、半ば無理矢理といった形でアーヤは参加した。
 解放軍の中には危ぶむ声もあったが、それは実力で黙らせた。弓の腕には自信があった。十分戦えるとも思った。ただ、その最初の戦いは、解放軍の最初の敗戦になってしまった。
「でも、アーヤさんたちがヴェスプレームの塔の攻略に成功すれば、モンスターもいなくなるんですよね」
「そうよ。もうすぐだから期待してて待っててね」
 今度こそはやれる気がする。そう思えるのは……やっぱりあいつのせいなんだろうか。
 カペル……。
 アーヤが物思いからふと我に返ると、ファイーナも何か考え事をしていたのか、黙りこくっていた。村に着いてからずっとこんな感じだ。
「どうしたの?」
「……やっぱりカペルさんも連れて行くんですよね」
「ええ」
「カペルさんは、確かに剣の扱いも上手だし、頼りがいもあります。だけど」
「あいつに頼りがい、ねぇ」
「ありますよ! でも……カペルさんに戦いは似合わないと思います」
「そうかな?」
「そうですよ……」
 カペルの話をするファイーナを見ていると、アーヤはふいに尋ねてみたくなった。カペルのことをどう思っているのかと。嫌な予感もするが、考え始めると我慢できなくなってくる。
「……ファイーナさん」
「はい?」
 それで名前を呼んでみたはいいが、継ぐ言葉が出てこない。黙ってしまうとさらに言いにくくなるのがわかっていても、アーヤは言い出せずにいた。カペルの顔が思い浮かび、自分が言いにくいと感じていることに腹が立って、彼に当り散らしてやりたい気分になる。
「どうしたんです?」
 黙っていても仕方がない。意を決して、アーヤは続けた。
「カペルのこと、その……どうなのかな、ってさ。もしかして気に入っちゃったりしたのかなー、なんて……」
 はっとした顔を見せると、ファイーナは俯いてしまった。
 湯気で表情がよく見えない。
 ただ、沈黙はそう長くは続かなかった。
「……うん、そうかも」
「そう」
 心臓が一つ強く打つ。湯に温められたのとは別に体温が上がったような気がして、アーヤは思わず下を向いた。湯に浮かんだ月と、湯に沈んだ自分の身体が同じように揺れて見えて、意識をそちらに逃がす。
「アーヤさんはどうなんです? カペルさんのこと、どう思ってるんですか?」
「私は……」
 言いかけたときに、衝立の向こうで物音がした。
 アーヤが反射的に身を丸め、それをかばうようにファイーナが物音のした方向とアーヤの間に割って入った。
「誰?」
「にゃあ〜」
「……猫?」
 鳴き声は一度きりで、気配は遠ざかっていくのが感じられた。もしカペルが覗きに来たのだったら月印の力で焼き払ってやろうと思ったが、どうやら違うらしい。
 ほっと胸をなで下ろすのもつかの間、ファイーナの問いに答える途中だったことを思い出して、なで下ろした胸が苦しくなる。
 話が途切れたせいもあって、逆に言い出しづらくなってしまった。
 ファイーナも同じらしく、お互い、視線をそらしたまま黙ってしまう。
 沈黙。
 あたりに聞こえる虫の音がやけに明瞭に感じられる。
 湯船の中で揺れる湯が、ちゃぷちゃぷと音を立てている。
 どれくらいそうやって黙っていたのだろう。沈黙を破ったのはファイーナだった。
「……じゃあ、食事の後片付けも残ってるから、私、行きますね」
「う、うん」
 アーヤはほっとして、身体の力が抜けるのを感じた。ファイーナの質問に、今はまだ答える自信がない。自分でもわからないのだ。
 ファイーナが背を向ける。
 沈黙が気まずかったのもあって、アーヤはなんとなく声をかけようとした。
「それじゃあ、ファイーナさ——」
「私、負けないから」
「あっ……」
 絶句したアーヤは、ファイーナが去っていくのを黙って見ているしかなかった。
 アーヤはしばらくの間、呆然としていた。
 それから、隠れるようにして口元まで顔を湯につけると、溜息を漏らした。目の前で気泡が生まれ、そして次々と消えていく。
「聞かなきゃよかった」
 心のもやもやは、気泡のようには消えてくれない。


「いやー、危ない危ない」
 そう呟きながら、人気の無くなった夜の広場をカペルは歩いていた。
「もう少しだったんだけどなぁ。惜しかったなぁ……」
「何が惜しかったって?」
「ド、ドミニカさん!」
 カペルが顔を上げると、そこにいたのはドミニカだった。手には愛用の槍を持っている。
「いや、べ、別になんでも……。その、ドミニカさん、こんなところで何を?」
 ドミニカはにやりと笑うと、槍をぶんと振り回し、切っ先をカペルの鼻先でぴたりと止めて見せた。
「あ、あの」
「食後の運動だよ。鍛錬は欠かせないのさ。こう見えても私はプロの傭兵だからね」
 こう見えてもも何も、どこから見てもプロの傭兵ですよ、とは思っていても言えない。
「坊やもどうだい? ちょっと付き合いなよ」
「遠慮します。僕、そういうの苦手でして」
「そうなのかい? それなりに使えると聞いてるけど」
「僕の本業はフルート吹きですよ」
「フルート?」
「あの、アーヤから聞いてません?」
 どうやらフルート吹きとは紹介してくれていないようだ。まさか本当に「ただのカペル」で終わらせてしまったのだろうか……。
 こうしてしばらく話してみると、少しおっかないところはあるものの、ドミニカも優しい人なのだろうということはわかってくる。豪快に感じる笑い方も嫌みな印象はまったく感じさせず、気の良い姉御肌といった雰囲気は、慕う人も多いのだろうと思わせるものがある。たぶん、アーヤも彼女のそんなところに惹かれているのだろう。
「……しかし、坊やもいろいろ大変だね」
「そうですよ。こうやって戦うのなんて、ほんとは嫌いなんですから」
「いや、そっちもそうだけど」
「えっ?」
「……まっ、そのうちわかるさ。嫌でもな」
 含みのある笑みを見せると、ドミニカは視線を月に移した。頬の横で月明かりを照り返す槍の切っ先が、ドミニカの瞳に影を映し込む。
「坊や、アーヤのこと、しっかり守ってやるんだよ」
「いやあ、それが守られてばっかりでして」
「ははは。アーヤの言っていた通りだ。おもしろいやつだね、あんた」
「アーヤが僕のことを? な、なんて言ってたんですか?」
「知りたいかい?」
「そりゃもう」
「……ふふふ。やっぱいいよ、あんた。気に入った」
「どうもどうも。で?」
「フルートはまた今度聞かせてもらうとして、私はもう戻るよ。じゃあな、坊や」
 そう言って、さわやかに笑いながらドミニカは行ってしまった。
「え、ちょ、だからアーヤはなんて言って……。はあ、行っちゃった」
 アーヤのことを守れ、か。
 今のままでは守られてばかりだ。だからといって、急に強くなれる方法なんてあるはずがない。なぜなら……。
 青白い光を夜空にたたえながら、月はいつもの場所に鎮座している。一番近い鎖は西の山へとおりていて、そこが次の戦いの地、ヴェスプレームの塔のある場所だと教えていた。