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らんぶーたん
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小説インフィニットアンディスカバリー

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第四章 光の英雄


<一>


 オラデア砂丘の西端に首都を置くフェイエール首長国。砂丘に点在していた各部族の寄り合いから始まったこの国も、今では首長の世襲制へと移行し、首長国とは名ばかりの王制が敷かれている。砂と岩ばかりの過酷な環境下での生活には、それなりの指導力を持った者へ権力を集中させる必要があったのかもしれない。今の王制はその名残と言ってもいい。
 とは言っても、政治体制を変えただけで国民の生活が成り立つはずもない。言うまでもなく、現在の体制が敷かれる以前からフェイエールの民を支えていたものがある。他国との交易だ。
 食糧事情の厳しいフェイエールにも鉱物という特産品があった。特に、首都の外れより広がる山岳地帯は良質の鉱物が取れることで知られ、今も複数の鉱山が国を挙げて運営されている。その鉱物と食料を交易し、国民の胃袋を支えるわけだが、その為には、交易路であるオラデア砂丘の治安維持が必須だった。広大な砂丘を国軍のみで支えることは難しく、その為、フェイエールでは傭兵を雇うことが常態となっていた。
 ドミニカは、そんな傭兵の一人という話だ。
 当然、ドミニカはオラデア砂丘の地理に詳しく、自分の庭と言ってはばからない。そんな彼女が、ルカとロカを砂丘の出口まで送り届けてくれるというのだから、断る理由もカペルには見つからなかった。
「じゃあ、よろしくお願いします」
「任せておきな」
 白い歯を見せてそう言うと、ドミニカはカペルに顔を寄せて耳打ちした。
「坊や、二人きりだからってアーヤに変なことするんじゃないよ」
「し、しませんよ! 人聞き悪いなぁ」
 カペルはびくりと後ずさると、大きな声を出してしまった。隣でアーヤがきょとんとしている。
「どうだかねぇ……」
「あは、あははは……」
 あの夜のことをドミニカに見られたのか見られていないのか。それを彼女に問うわけにもいかず、カペルは乾いた笑いを漏らすだけだ。よくわからないといった顔をしているアーヤを見れば、この話題を続けるわけにもいかないと、カペルはルカとロカに話をふった。
「ルカ、ロカ、気をつけてね」
「カペル、約束だからね!」
「やくそくなんだから!」
「はは……。わかってるよ」
 二人がフェイエールへと戻ってくるまで、ヴェスプレームの塔攻略へは向かわない。攻略戦が始まりそうになったら、カペルがそれを引き伸ばす。二人との約束だ。だが、二人のことを考えて、カペルは反故にするつもりでいる。怒るだろうが、それで済むならその方がいい。
「じゃあ行こうか、おちびさんたち」
 母に会えるということで元気を取り戻した二人と、走り回る二人をたしなめながら歩くドミニカを、カペルとアーヤはしばらくの間、見送った。
 日差しは徐々に強くなってきている。
「じゃあ、僕らも行こうか」
「はぁ……。フェイエールに帰ると思うと憂鬱」
 アーヤが珍しくうなだれている。
「どうして?」
「……着いたらわかるわよ」
「ふーん」
 なにか過去にやらかしていたりするのだろうか。わからないが、着いたらわかるということなら、今、詮索する必要もない。どちらかというと、周辺のモンスターを撃退したとはいえ、ショプロン村が再び襲われたりしないかの方がカペルは気になっていた。
「ファイーナさんたち、大丈夫かな? もうモンスターに襲われなきゃいいんだけど」
「……だ、大丈夫じゃない? 村にはそれなりの備えもあるみたいだし。もうカペルが気にする必要もないんじゃないかな」
「そうかなぁ。でも、一段落したら顔を出しに行かないとね。だってファイーナさんに何でもしてもらわ——」
「いい加減にしなさい!」


 堅牢な外壁は、外敵からではなく、強烈な日差しと砂嵐から街を守るためのものだ。門をくぐり、その外壁を抜けると、フェイエールが誇るメインストリートが伸びていた。
 交易の盛んな街だけあって、メインストリートは露店と人だかりで埋め尽くされている。世界中の品々が砂丘を通過してフェイエールに集まり、バザールを形成しているのだ。バザールに並ぶのは食料だけでなく、武器や防具、装飾品からいかがわしい本まで、およそ奴隷以外のものは何でもござれと言わんばかりの多様さだった。
 物珍しさにきょろきょろとあたりを見回し続けるカペルは、アーヤが人混みの中の誰かを睨んだことに気づかないでいた。
「すごい活気だね。お祭りなのかな?」
「えっ、ううん。ここはいつもこんなものよ」
「へえ、そうなんだ。って、アーヤ、どうしたの?」
 喧噪に浮かれていたカペルは、アーヤがフェイエールに帰るのが憂鬱だと言っていたことを忘れていた。上の空で答える彼女を見てそれを思い出す。
「……私、行くところがあるから」
「えっ?」
「じゃあ、また後でね」
「えっ、ちょっと……。あー、行っちゃった。トイレかな?」
 憂鬱の理由を聞く時間も与えられず、カペルは雑踏の中に一人残されてしまった。仕方なしに、初めて訪れた街の景観を見回す。
「……ここ、どこ?」

 通り沿いの露店を覗きながら、カペルはメインストリートをぶらぶらと歩いていた。宿か城に行けばシグムントたちの居場所もすぐわかりそうなものだが、腹の虫のご機嫌伺いの方が優先順位が高かったから、急ぐことはしなかった。
 壁にもたれかかり、オラデア名物と銘打たれていたオラデアチキンサンドをほおばりながら、人の流れをぼんやりと見ていた。
 活気のある街だ。
 いろんな街を見てきたが、ここほど人が生き生きとしている街はなかった。環境が厳しい分、生きることに懸命だからかもしれない。この雰囲気なら、アーヤが育った街というのもうなずける。
 しばらくそうしているうちに、日も傾き始めていた。そろそろ宿にでも行ってシグムントたちの居場所を聞こうかと思った矢先に、聞き慣れない声が聞き慣れた名前を呼んでいるのが聞こえた。
「シグムント様ー!」
 声の方を見てみると、メイド服姿の女性が息を切らせて走っている。女性はカペルの前で立ち止まるなり、言った。
「グスタフを見ませんでしたか、シグムント様?」
「はい?」
「ですから、グスタフですよ。グスタフ。昨日お引き合わせした姫様のペットです。覚えていらっしゃらないんですか? 見かけによらず物覚えの悪い方なんですね……って、申し訳ございません、失言でした!」
 彼女の剣幕に押され、カペルは半歩後ずさりした。黙っていればどこかのお嬢様で通用しそうな容姿も、これでは台無しだ。
「いや、その、えーっと」
「どうされたんですか、シグムント様?」
「それ! ……僕、シグムント様じゃないんですけど」
 封印軍に捕らえられて以来、いったい何度目の人違いなんだろうか。いい加減に慣れてしまったが、一人くらい「フルート吹きの癒しのカペルさん」と声をかけてくれてもいいのにとも思う。
「だってほら、どこからどう見ても……。あっ、もしかして偽物さんの方ですか!?」
「そうです、偽物さんです」
「言われてみれば確かに雰囲気が違うような……。覇気がないというか、頼りがいがなさそうというか。ってまた失言でした、ごめんなさい!」
「い、いや、いいんですよ、気にしてませんから。はは……」